白馬の王子様はやってこない
勢いだけで書いたので修正するかも
白馬の王子様なんて物語の中の話だ。
現実にはそんなものいやしない。
粗末な服。週に一回か二回、ご飯があればいいほう。灰色の醜い髪も血色の気持ち悪い瞳も。誰もが目をそむける。
――誰も助けてくれない……。
昔は純粋に信じられた。
いつか、白馬の王子様がやってきて私をここから連れ出してくれるって。
けれど、年を重ねるにつれそんなものは居ないのだと存在しないのだと理解した。
「のろま。いつまで掃除してるのよ」
愚図でのろま。馬鹿でまぬけ。
私に名前はなくて、いつだって私を呼ぶ姉の声はキィキィと叫び少しでも癇に障ることがあれば母に鞭で叩かれる。
いつしか、逆らうこともやめた。諦めたといってもいい。
だって、何事にも無関心で何も感じなければ辛いと感じることは無くなるから。
そうすればいつかは終わるから。
「この愚図が! お前のせいで王子様方に笑われたじゃない!!」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
いいと言われるまで頭を上げてはいけない。
いいと言われるまで動いてはいけない。
気が済むまで鞭で打たれ続けてやっと私は開放される。
痛くて、痛くない。そんな、ちぐはぐな感覚と震える体で私は与えられた小さな部屋へと戻る。
それが、私の日常だった。
そんなある日。姉が聖女に選ばれたという知らせが届いた。その日は、珍しく鞭で打たれずホッと息をついた日だった。
もしかしたら、もうこんな生活はしなくてもいい……? そんな僅かな期待と無理だろうという大きな諦念が心をよぎった。
やっぱりというべきか鞭うちは止まらなかった。むしろ、激しくなったと思う。
鞭を打ちながら姉はお前のせいだ、と繰り返す。大方、聖女としての勉強が上手くいってないのだろう。使用人たちも同じようなことを言っていた。
……私に関係はないが。ただ、何も感じず何も考えずやるべきことをやるだけ。
そして、いつか訪れるだろう死を待つだけ。……それだけが、私の救い、なのだから。
その日は、いつもよりたくさん鞭を打たれた。熱い紅茶をかけられ背中の傷に滲みた。
やっと終わったと思えば真冬の雪が降るなか外に放り出された。
冷たい雪が火傷を冷やしてくれて気持ち良い。背中の傷もいつもよりジクジク痛かった。
きれい……。
だんだんと冷たくなる体と遠くなる意識。けれど、最後にみた光景がこんな景色だったならまだいいか、と思ってしまった。
遠い意識の中で声が聞こえた、気が、した……。
意識が戻った時、まず感じたのは温度。雪の冷たさは感じなくて暖かくて安心するような温度。そして、フカフカの感触。
慌てて起き上がれば背中の傷がジクリと傷んだ。
「まだ、起きるな」
低い男の人の声に体がビクリと震える。横を見れば全身真っ黒な男の人が座っていた。
「熱がある。それに、傷も治りきっていない」
そう言われ無理やりベッドに寝かされた。
そうすれば、じんわりと眠気がおそってきて瞼を閉じてしまう。寝てはいけないのに。起きなきゃいけないのに。
何度か目が覚めた。
酷い頭痛と寒気を感じながら看病してくれる男の人がいて、何故か安心してまた眠る。そんなぼんやりとした日が続いた。
パチリと目を開ければ、体調はすっかり良くなっていた。眠気も全くない。強いていえば、少し背中の傷が痛むくらい。
ここはどこ、だろ……。
そんなふうにキョロキョロとあたりを見ても、この部屋がどこかは分からない。少なくとも、私がいた屋敷ではない。だとするとここは……?
「起きたのか」
静かな声が聞こえた。看病してくれていた人だと分かった。
扉の音なんて少しも聞こえなかったから驚いた。
「体調はもういいのか?」
そう聞かれて、コクリと頷く。
大丈夫です、ありがとうございました。そんな意味を込めて。
「そうか」
差し出された水入のコップを見て喉がかわいていることに気づいた。一口飲んでその冷たさにびっくりして、一気に飲み干した。
「まだ、いるか?」
コップを返しながら首をふる。
そうか、と言い傍にあった椅子に座った。
そして、しばらくの時間がたった。彼は何も話さないし、私は何も話せない。
どのくらいそうしていたか。
「……お前は聖女なのか?」
とうとつな質問に驚いて、すぐに首をふった。
もし、私が聖女なら体の傷は治せたはず。喉が焼かれて出ない声も治せるはず。
真黒な手袋をはめた手が頭にふれた。
そのまま、撫でるように何度もふれる。
「ならいい」
その言葉と共に彼はいなくなった。
それから、日が過ぎていった。
屋敷に戻らなきゃいけない。そのことを伝えようと身振りで説明すれば、問題ないと一言で終わってしまった。
だけど、私はあの場所に戻りたくはない。
私があの場所で無関心で無感情で耐えることが出来たのは誰も助けてくれない。誰も助けに来ないのを知っていたから。
でも、もう昔のようにはいられないかもしれない。
体の傷がほとんど治ったころ。
彼――クロウ様は今日も小さな花束を手に私に会いに来ていた。
あの日から、小さなお土産とともに訪れては何も言わず帰っていく。この前、ようやく名前を知ったばかり。
私が知りたいことは何も教えてくれない。
文字が書けない私はそれで聞くことも出来ない。結局は身振り手振りでしか会話の手段がない。
その日、クロウ様は女の人を連れてやってきた。
「わーお、可愛い子」
赤髪の綺麗な人。
「私はリンス。医者兼魔術師」
そう言って私の体のあちこちを触り始めた。
体を触られるのは少し怖い。何もされないと分かっていても身構えてしまう。
「どこで拾ってきたのよこの子」
「人間どものとこから」
この子も人間でしょ、なんて呆れ声に首を傾げる。
それを見たクロウ様はこちらが驚くくらい眉間にシワを寄せてリンス様を睨む。
まるで黙ってろみたいなことを言っているみたいに。
「傷さえ治れば、あとは大丈夫。それと……」
青色のガラス瓶を差し出された。片手サイズの割と大き目なガラス瓶の半分ほどまで中身が入っている。光が反射してキラキラと光って綺麗。
「喉焼かれて声が出ないんでしょ。それで治るはずよ」
なんでもない事のようにあっさりと言うリンス様に反応が遅れた。
慌てて頭を下げてお礼を言えばそれじゃと部屋を出て行った。
私の手の中にはガラス瓶が残ったまま。夢じゃない。ガラスのしっかりとした感触で現実だと実感できた。この場所にきてからすべてが夢のようで、いつか覚めてしまうのではないか。全部夢で起きたらあの地獄が始まるのじゃないか不安になる。
「飲まないのか?」
飲みたいけど不安で心配で。どうすればいいか分からなくて。
「大丈夫だ」
だけど、その一言で私の不安なんてなくなってしまう。
ポンッと音がしてガラス瓶の蓋がはずれた。
意を決して口に含めば甘い香りと味がした。
「……あっ」
声が出る。声が出てる!
嬉しくて、嬉しくて涙がこぼれて止まらない。
久しぶりの自分の声はかすれて聞き取りずらいけどとても懐かしく感じる。
もう、聞けないと思ってた。話せないと思ってた。
「あ、りがと、ございます」
ずっと使ってなかった喉は少し痛むけど、ずっと言いたくて言えなかった。
一番に伝えたくて知ってほしかった私の気持ち。
なにもかも諦めて死を待ってるだけだった私を救ってくれて。
もっと、言いたいことはあるのにだんだん眠くなってくる。薬のせい、なのかな。やっと話せたのに、今言いたいのに。
だけど、瞼は下がって私の意識は暗くなった。
目が覚めたら次の日だった。
そばにはクロウ様がいた。これまでのことを全部話してくれると。
まず、初めにクロウ様は魔族、悪魔なんだと話してくれた。
その証拠に真黒な羽と耳みたいなのを見してくれた。リンス様はサキュバスっていう種族らしい。
私を助けてくれたあの日。クロウ様は聖女、姉を殺しに来ていた。魔族にとって聖女は脅威そのもので見つかったらすぐに殺してしまうらしい。けれど、姉は聖女ではなかった。そして、外で倒れていた私をみつけ連れて帰った。ということらしい。
「なんで、私を助けてくれたんですか」
「お前が聖女だったから」
それは絶対に違う。私は聖女ではない、あの時もそういったはず。
「いいや、お前が聖女だ。……今は少し違うが」
クロウ様が言うには、私は覚醒前の聖女で魔国(クロウ様達が住んでいる魔族の国)の瘴気で魔力がすっかり変質してしまった。人間が、魔国にいれば瘴気で精神がおかしくなってしまうらしい。だけど、私は聖女だったから耐えられた。魔力を変質させるという手段を使って。
私にはその違いが分からないのだけど、クロウ様は居心地のいい魔力だと言っていた。
全て話し終えてクロウ様は私に聞いた。これからどうしたいのかを。
私、私は……。
「クロウ様と一緒にいたいです」
その言葉にクロウ様は初めて笑った。
そして、私の名前はセリィになった。
クロウ様がつけてくれた名前。初めての自分の名前。嬉しくて嬉しくてたまらない。
あれから、私のいた国はなくなったと聞いた。私の家族がどうなったのかは分からない。
ピンチを助けてくれる白馬の王子様はやってこなかった。
でも、黒い悪魔はいつも私の隣にいる。
*セリィ*
元聖女
クロウ様大好き
*クロウ*
悪魔
公爵なんていう割と高めな地位の人
*リンス*
サキュバス
ただの良い人
*姉&母*
クロウに報復され済み