9 私の最愛の妻(アーサー視点)
「わらわは、おまえとなど、けっこんしとうはない!」
王家とペンドーン侯爵家だけのお茶会で国王は私と王女殿下の婚約を宣言した。その途端、王女殿下が泣きそうな顔で叫んだ。
なぜ、この子は泣きそうな顔で、こんな事を言うのだろう?
言葉通り、嫌悪感も露に私を睨みつけて言ったのなら、私はリズに興味を持つ事などなかった。
私にはリズやアルバートのように胎児の頃からの記憶などない。
赤ん坊の頃から両親に王宮に連れて来られリズに会っていたらしいが、私が彼女を認識したのは国王に彼女との婚約を宣言された時だった。
正確には、言葉と表情が一致しない言動に興味を覚えリズことエリザベス・テューダという少女を認識したのだ。
そうでなければ従妹(本当は違うが)で婚約者だろうと、リズもまた私にとってその辺の石ころと変わらなかった。
リズが言っていた事は、あながち間違いではない。
人が羨む容姿も立場も私にはどうでもよかった。
けれど、わざわざ死ぬ気にもなれなかったから惰性で生きていただけだ。
そんな私が本当の意味で「生き」始めたのは、リズを認識してからだ。
リズと出会い彼女を愛さなければ、私は彼女が言うような「義務だけで生きて」、人間として生きる事はなかっただろう。
リズが女王となるのが嫌で国を出奔するのなら、それでもよかった。
私はついて行くだけだ。
リズがいないのなら、私がこの国に留まる理由などない。国王や周囲の私にかける期待など知った事ではない。
けれど、リズの性格上、女王としての重責が嫌で逃げ出したとしても弟に全てを丸投げして安穏と生きるなどできない。
必ず帰ってくる。
だから、私は将来女王となる彼女の婚約者に相応しい人間であると周囲に示し続けた。それがリズの目には「貴族としての義務感だけで生きている」ように見えたのだろう。
リズは王女だ。他国の王族や皇族に嫁がせるのが普通だ。国王が私の能力を買ってリズの婚約者にしてくれなければ、リズはどこかの王族や皇族に嫁いだだろう。
国王は周囲にも我が子達にも示す事はなかったが、娘と息子を愛している。
国王が国王である事を優先していなければ、こんな私をリズの婚約者にするはずがないのだ。
王宮から少し離れた森の中。
私は、どう見ても堅気に見えない五人の男達といた。
彼らは私のために汚れ仕事を請け負う私の私兵。そのため彼らは《アーサー王子の影》と呼ばれている。
本当なら出産中の最愛の妻の傍にいたいのだが、どうしても片付けねばならない仕事があった。
私達が待っていた馬車が目の前で止まり、リズの侍女グレンダに引きずられるように降りてきたのは、彼女と同じ王宮の侍女服姿の少女だ。少女は私を見て顔を輝かせた。
栗色の髪と瞳の可憐な少女だ。顔立ちが似ている訳ではないが、その外見特徴は妾妃の元部下でリズの元侍女、現在ヴォーデン辺境伯夫人(前ヴォーデン辺境伯、エリックの養父は愚息が仕出かした事に責任を感じ、エリックが学院を卒業後、彼に辺境伯位を譲り引退したのだ)となったあの女、ケイティ・ヴォーデンと同じだ。
ケイティ本人には何もできない八つ当たりも兼ねて容赦なくいたぶってやろう。
そう思うのは、ケイティが私を毛嫌いしているからではない。リズがケイティが自分がこの世で一番嫌っている女の元部下で、当初は妾妃の命令で自分を監視していたと知っても変わらず彼女を信頼しているからだ。
自分でも子供じみた理由だと思うが、リズが私以外の人間を嫌悪であれ好意であれ心を寄せるのがどうしても許容できないのだ。
少女は王太女付きの新米侍女ヨハンナ。
リズは、たまたま新米侍女達の会話、王妃が死亡した話を聞いてしまったと思っているようだが、本当は違う。リズが散策で通るだろう場所にいて王妃の話題になるように誘導し、わざとリズに聞かせたのだ。
なぜヨハンナがそうしたのかは分かっている。彼女はリズが妊娠中なのをいい事に「私を愛人にしてください」などと宣ったのだ。無論、即行で断った。
その腹いせに、リズに精神的打撃を与えたかったのだろう。一応出産予定日間近に決行したのは、リズがショックで産気づいても、リズの腹の子、テューダ王国の将来の統治者は無事に生まれてくると考えたのだろうが……馬鹿な女だ。
子供が無事に生まれようが駄目になろうが、リズの肉体であれ精神であれ傷つけた時点で、私も妾妃も国王もその相手を絶対に許さない。地の果てまで追い詰めるというのに。
私に愛人志願してきたのはヨハンナだけでない。王太女の夫、王子の義務として参加した夜会でも何人もの貴族夫人に迫られた(さすがに未婚の令嬢はいなかった。結婚前の火遊びは眉をひそめられるからだ)。
無論、こちらも即行で断ったというのに、中には、本物の媚薬を飲まされそうになった事もある(無論、回避した。あっさり飲まされるほど間抜けではない)。
リズは「飲んで」と真正面から迫ったが、彼女達は飲み物に混ぜるか、口移しで強引に飲ませようとした。リズが彼女達のようにできなかったのは、リズの性格ではそういう事が思いつかないからだろう。
テューダ王国で立て続けに男爵家や子爵家の不正が発覚したり、数人の男爵夫人や子爵夫人がお茶会や夜会で無視されるか、あからさまな嫌味を言われたり、娼館で元は貴族だと分かる女性が働かされていたり、という出来事が起こるようになった。それらが私に愛人志願してきた女達だったり、彼女達の婚家や実家だったりすのは……気のせいだ。
――全く舐められたものだ。
確かに、男は妻の妊娠中に浮気する確率が高いと聞くが、それに私まで当てはまると考えるとは。
他の女で代用できるのなら今現在別室で一人寝に耐えてなどいない。……まさかその行動がリズに妙な誤解をされているとは、この時は思いもしなかったが。
それに、あの程度の女達が、あのリズの代わりになれると本気で考えているのが、まず理解できない。
リズに自覚はないが、ただでさえ誰よりも綺麗だったのに、愛の行為を知り妖艶さがにじみでるようになった。さらに妊娠してからは聖母のような神々しさまで加わった。
リズに夜会の参加を断念させるために「妊婦の王太女に皆、気を遣うでしょう」と尤もらしい事を言ったが、ただ単に輝かしいばかりに美しくなったリズを私以外の男の目に触れさせたくなかっただけだ。
冷静沈着で理性的と言われる私だが、リズに関してだけは自分でも呆れるくらい独占欲が強いのだ。
次話もアーサー視点です。