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7 妊娠と胎動

 初夜から一ヶ月後、私の妊娠が判明した。


 ……うん、当然の結果だ。


 将来女王になると決意した私は、あれから勉学に励み十七歳になる前に飛び級で卒業した。それからはアーサーと共に国王の補佐をしている。


 以前はアーサーが父親の宰相の補佐をしていたが、アルバートが宰相の養子になったため宰相の仕事の補佐はアルバートがするようになったのだ。アーサーほどでなくてもアルバートは充分有能だ。周囲の評判もいいらしく私は内心ほっとしていた。これなら私が女王になっても弟を殺せと言い出す者はいないだろう。


 新婚だからと一ヶ月、国王から休暇をもらった。


 それをいい事に、この一ヶ月、私が「もうやめて」と懇願しても「もう嫌! 無理!」と泣き喚いてもアーサーは散々いいようにしてくれたのだ。


 妊娠が発覚して私が真っ先に感じたのは、子供が出来た喜びではなく安堵感だった。


 王太女としての義務を果たしたからではない。


 これでもうアーサーと肌を重ねなくて済むからだ。


 アーサーを愛している。


 ……どれだけ体を好き勝手されても嫌いにはなれない。


 それでも、()()()()()()()()には、正直ついていけない。


 怜悧で冷静沈着、理性的で禁欲的(ストイック)、普段周囲に見せているそんな姿とは真逆なのだ。


 いつかアルバートは「人間が普段見せている姿は、その人のほんの一面に過ぎない」と言っていた。まさに、アーサーが普段周囲に見せているのは彼のほんの一面に過ぎず……私にだけ見せる「あの時の姿」もまた彼の一面なのだろう。


 アーサーが愛人を作るなど耐えられないと思っていたが……これなら作ってくれたほうがいい。嫉妬より体が大事だ。


 それに、もうすぐアーサーの子を産むのだ。


 この子がいてくれれば、私はきっと耐えられる。


 夫の浮気にも、王太女としての重責にも。


 私はまだ膨らんでもいないお腹を撫でた。





 私の妊娠が判明した後、当然ながらアーサーは私を抱かなくなった。


 そして、別室で寝るようになった。


 私が妊娠のせいで体調がすぐれず寝込むようになったからというより……もう(わたし)を抱く必要がなくなったからだろう。


 この一ヶ月の普段の彼からは信じられない行動は、(わたし)を妊娠させるためだったのだと考えれば合点がいく。


 ……私を愛しているから抱いてくれた訳じゃない。


 王太女の夫としては正しい。王太女(わたし)を妊娠させる事が王太女の夫となった彼の最重要の務めなのだから。


 まあ、それでも一応、毎日会いに来て気遣ってはくれる。


「……王太女としての義務を果たすつもりだったのに、あなたに仕事を押しつけて、ごめんなさい」


 妊娠が判明してからずっと体調が悪く寝込んでいる私は、政務をアーサーに押しつける事になってしまった。


 国王はアーサーの能力を見込んで王太女(わたし)の夫にした。彼を将来の王配、実質的には「王」にするために。


 私に最も望まれているのは王太女としての能力ではなく後継者を産む事だが、それでもアーサーに全てを押しつけるのは申し訳ない。いくら彼にとって政務が苦ではなく楽々こなせるものであってもだ。


「そんな事は気にしなくていいです。貴女はまず、お腹の子を無事に産む事だけを考えてください」


 いつも無表情なアーサーとは思えないほど今の彼の表情は、まさに妻を気遣う夫だ。


「ええ、そうするわ」


 この子は私とアーサーとの最初で最後の子供になるだろうから。


 この子を無事に産んでみせる。


 この子が将来テューダ王国の統治者になるからだけではない。


 愛する夫(アーサー)に愛されない私の支えになってくれるだろうからだ。





 妊娠六ヶ月目頃、()()は起こった。


「アーサー! いる!?」


 寝室の左の扉の向こうが私の私室、右の扉の向こうがアーサーの私室になっている。


 ばあん! とアーサーの私室に通じる扉を開け飛び込んできた私に、アーサーは動揺する事なく冷静に諭した。


「リズ、落ちついてください。転びますよ」


 いつも冷静なアーサーだが、妊娠してからの私の行動が気が気じゃない様子なのだ。お腹の子に何かあったら、また私を抱かなくてはならないから面倒なのだろう。


 今は早朝、私はまだ寝間着だが、アーサーはしっかり服を着こんでいる。


「ほら!」


 私はアーサーの優美な手を取ると強引にお腹に触らせた。


「……あ」


 さすがのアーサーも目を瞠っている。


 タイミングよく、ぽこっ! とお腹の子が蹴ってきたのだ。


「さっき動いたのが分かったの! 早くあなたに知らせたくて!」


 興奮気味な私と違い、アーサーはすっかりいつもの冷静さを取り戻していた。


「せめて上着を着てから知らせに来てください。初秋でも油断すると風邪をひいてしまいますよ」


 アーサーは自分の上着を私の肩にかけた。


「鍛錬がありますから」と出て行こうとするアーサーに私は慌てて声をかけた。


「アーサー、安定期に入って私の体調も戻ったから主治医に相談したらね、無理をしなければ仕事もしていいし、夜会も参加していいって許可してくれたの。今までは、あなたにばかり負担をかけていたけど今日からは仕事もするし夜会も参加するわ」


「そんな事、気にしなくていいですよ」


 有能なアーサーにとっては仕事も夜会での社交も(わたし)の助力がなくても、どうという事はないのだろう。


「仕事はともかく、夜会の参加は、皆、妊婦の王太女(あなた)に気を遣うでしょう。おとなしくしていてください」


「……そうね」


 確かに、アーサーの言う通りだ。


「……せっかく妊婦用の盛装を着るのを楽しみにしていたんだけな」


 妊娠してから妊婦用の盛装も何着か作っていたのだ。どのドレスも美しく着るのを楽しみにしていたのだが、周囲に迷惑をかけてまで参加するのもどうかと思うので断念した。





 アーサーが部屋から出て行き、一人残された私は、すっかり興奮が醒めてしまった。


(……普通、初めて我が子の胎動を感じたら、もっとこう、感動したり興奮したりしない?)


 アーサーを「普通」に当てはめられない事はもう分かっているが。


 ある危惧を抱いてしまった。


 アーサーは義務だけで生きている人間だ。


 そのために、王太女(わたし)と結婚し……愛してもいないのに媚薬なしで私を抱き妊娠までさせた。


 アーサーは我が子を我が子ではなく、ただ単にテューダ王国の未来の統治者としてしか見ていないのではないか?


 アーサーは誰も愛せない。


 アーサーの両親は愛し合っていて我が子である彼の事も愛している。けれど、彼のほうは両親に対して丁寧に接してはいるが、そこに愛はないように思えるのだ。二年前の夏休みの間だけだがペンドーン侯爵家に滞在してそう感じた。


 そんなアーサーだ。


 自分の子であっても愛せないのではないか?


 親子であっても必ず愛せる訳ではないのは身に染みてよく分かっている。


 国王だって我が子である私とアルバートを愛せない。


 ……私も愛してくれているのを分かっていても、あの女を愛せないのだから。


 アーサーに「この子を愛して」と強要はできない。強制や強要で愛せるものではないからだ。


「……大丈夫よ、吾子。お父様(アーサー)があなたを愛せなくても、お母様(わたし)があなたを愛するわ」


 お腹に手を当てると、またぽこっ! とお腹の子が蹴ってきた。






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