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11 あなたを許すわ。メアリー

「リカルド」は王妃が最初に産んだが死産になった息子、私とアルバートの兄の名前だ。


「リチャード」は、大陸の南にあるエチェバリア王国の公用語で「リカルド」と読む。


 王妃の母はエチェバリア王国の伯爵令嬢だった。王妃は母親の祖国の公用語で「リチャード」になる「リカルド」にしたのだ。


 王妃は本当は愛する夫である国王と同じ「リチャード」にしたかったが国王が猛反対したのでそうしたのだ。


 将来国王になる私の息子に王妃の亡くなった息子の名を付けたところで王妃は喜ばない。


 何より、この子はリカルド兄様じゃない。


 それでも、王妃やリカルド兄様の分まで生きてくれれば。


 私の自己満足だと分かっていても息子の名前は「リカルド」しか思いつかなかった。


 アーサーは「貴女の好きな名前にすればいい」というだけだったし。彼は生まれてくる我が子に無関心で本当に名前が何だろうとどうでもいいのだ。


 そんなアーサーだが私が死ぬ思いで赤ん坊を産み、ぐったりと寝台に横たわっていた姿を見た時は心配と安堵が入り混じった顔をしていた。普段冷静沈着無表情な彼のそんな顔はひどく印象的だった。


「……貴女が無事でよかった」


 アーサーは寝台の脇に跪くと私の右手を両手で取り額に押し付けてそう言ってくれたが、生まれたての我が子に私が言うまで目を向けなったのはどうかと思う。


 私が言ってようやく赤ん坊を抱いたアーサーだが……その時呟いた言葉と彼が見せた表情を忘れられない。


「……げっ! 私そっくり」


 心底嫌そうな表情と声音だった。その瞳には欠片も我が子に対する愛情などない。


 アーサーにしては珍しく感情がこもった声音と表情だったが、それは決して父親が我が子に向けていいものではないだろう。


 国王と妾妃がやって来たのでアーサーは早々に赤ん坊を二人に押し付けた。





「此度はご苦労だった。王太女。未来の国王を産んでくれて感謝する」


 赤ん坊を抱いた国王が国王として私に謝辞を述べた。


「勿体ないお言葉です。国王陛下」


 私も王太女として答えた。


「顔はアーサー様に似ているけど、瞳は、あなたや陛下と同じ紫眼なのね」


 赤ん坊を覗き込んで妾妃が言った。


「お父様、リカルドを妾妃……メアリーにも抱かせてあげてください」


「リ、王太女?」


「「リズ?」」


 私の言葉に、国王、妾妃(メアリー)、アーサーは怪訝そうな顔を向けた。


 無理もない。


 私がこの世で一番嫌っている女に我が子を抱くのを許した上、名前を呼んだのだから。


 私は一度として妾妃を名前で呼んだ事がない。


 現在国王の妾妃は彼女、メアリー・シーモアだけなので「妾妃」といえば彼女をさす。それをいい事に私は一度として彼女を名前で呼ばなかった。


 呼びたくなかった。


 私と弟を復讐の道具にした女を「お母様」とは勿論、名前でさえ呼びたくなかった。


 けれど、それももう終わりにすべきだ。


 私も母親になったのだから――。


「それと、お父様。私の事は公式の場以外では、『リズ』と呼んでくださると嬉しいです」


 赤ん坊を妾妃、メアリーに渡していた国王は虚を衝かれた顔になった。まさか(わたし)がこんな事を言うとは思いもしなかったのだろう。普段覇気満ちた国王からは考えられない顔だ。


「『リズ』という愛称は、あなたが付けたとメアリーから聞きました」


 私の言葉に、国王はメアリーに鋭い視線を投げた。その目は「余計な事を!」と言っている。


 メアリーに「陛下は子供達(あなたとアルバート)を愛している」と言われた時は到底信じられなかった。この女が私にだけは決して嘘を吐かないと分かっていてもだ。


 執務室に乗り込み、産気づいた私に向かって初めて国王は「リズ」と呼んだ。


 ずっと「王女」や「王太女」と呼び、決して(わたし)の名前や愛称を呼んだ事はなかったのに。


 ただ単に、私のお腹の子、将来国王となる子が死産になる事だけを心配しているのだったら今まで口にしなかった私の愛称など呼ばない。


 さらに、考えれば分かる事ばかりだ。


 ――違う。妾妃(これ)の共犯者は、お前達じゃない。


 子の取り替えを知っていて王妃に黙っていた私もアルバートもメアリーの共犯だと言った時、国王はこう言った。


 あの時は聞き流していた。


 あの時の私は、偽りの上で成り立っていたとはいえ愛し愛される母娘関係に終止符を打ち、覚悟していたとはいえ拒絶されて胸が痛かった。


 とても国王の言葉を気に留める余裕などなかった。


 国王も子の取り替えを知っていて黙っていた。


 それは、ただ単に、どちらの母親に育てられても自分の子に変わりないなら、真実がばれて騒がれるのは煩わしいからだと思っていた。


 そう思っているだけなら、わざわざ「妾妃の共犯者は、お前達じゃない」などとは言わない。


 どうして気づかなかったのだろう。あの科白は、まさしく私とアルバートを思いやるものだったのに。


 それだけでなく「共犯者」という言葉。


 メアリーが最初に産み殺されたヘンリー兄様は国王の息子でもある。


 子の取り替えを見て見ぬふりをする事が国王にとっても息子(ヘンリー兄様)を殺された復讐だったのだ。


 国王は確かに、王妃やメアリーの「夫」である前に、私やアルバートの父親である前に、「国王である事」を優先している。


 それでも、確かに私やアルバート、亡くなった子供達に対する愛情もあったのだ。


「お父様にとっての最優先が『国王である事』であっても、子供達(わたしとアルバート)に対する愛が少しでもあるのなら私はそれで充分です」


「リズ」


 国王、お父様は、初めて面と向かって私の愛称(リズ)と呼んだ。


「それは、亡くなった俺の特別で大切な女性の愛称でもあった」


「メアリーから聞いています」


「俺のもう一人の特別で大切な男性が命と引き換えにして俺に国を託した。だから、この先も俺は『国王である事』を子供(おまえ)達よりも優先する。それに――」


 お父様は一瞬だけ痛みを堪えるような顔をした。


「俺もお前とアルバートを復讐の道具にした。こんな俺を父親だと思わなくていい」


「その事は、もういいんです」


 私はメアリーに向き直った。


「――あなたを許すわ。メアリー」


「……リズ」


 メアリーは目を瞠った。


 いつも穏やかで優し気な笑みしか見た事がないと言われる彼女が素直に驚いている。


 ――わたしは、あなたをぜったいにゆるさない。


 三歳の私がメアリーに言い放った言葉だ。


 そう、私が彼女を許す日は絶対にこないと私自身も思っていた。


 けれど――。


「……リカルドを妊娠して、母親になって、あなたの気持ちが分かった気がしたの」


 確かに、メアリーは私とアルバートを復讐の道具にした。


 けれど、我が子(わたし)の安全を望む気持ちもあったから王妃の娘(リジー)と私を取り替えたのだ。


「だから、あなたを許すわ。これ以上、あなたに囚われていたくないしね」


「この女を許せない」「嫌いだ」と思い続ける事は、この女に囚われ続ける事だ。


 私を産んだ女だ。無関心ではいられない。


 それでも母親になった今、もうこれ以上、この女への負の感情に囚われていたくない。


「勘違いしないでね。だからといって、あなたを生物学上以外で母親とは思わない」


 偽りの上で成り立っていた関係でも、私を拒絶しても――。


「――私のお母様は王妃様だから」


「……わたくしを許してくれただけで充分よ。リズ」


 メアリーは微笑んだ。その微笑は泣きそうなものだったが、誰が見ても美しいと思えるものだった。


「お前には不愉快だろうが」


 私とメアリーの話が終わるとお父様が話し始めた。


「王妃の喪が明けたら妾妃が王妃に就任する。お前が執務室に乗り込む前、妾妃とその話をしていた」


「……当然ですね」


 王妃が亡くなったのだ。唯一の妾妃であるメアリーが次の王妃になるのは当然だ。王妃の座を空位にする訳にはいかないのだから。


 それに、身分と容姿以外取り柄がなかった王妃(王妃を「母」として慕っていたが過大評価はしない。人として王太女として、その人の人間性や能力は正確に把握すべきだと思うので)の代わりに、メアリーが王妃の仕事の大半を(こな)していた。彼女が王妃に就任しても誰も文句など言わないはずだ。


「怒らないのか?」


 こう訊いてきたのはお父様だが、メアリーも意外そうな顔をしている。


「どうしてですか? 王太女として当然だと思います。それに、私が何を言ったところで決まった事でしょう?」


「あなたも大人になったという事かしら?」


「……母親になったもの」


 メアリーの言葉に私はほろ苦く微笑んだ。


 そう、私は大人に、母親になったのだ。


「女王になるのは嫌」


「愛する人と幸せな家庭を築きたい」


 そんな事ばかり考えて王女として生まれながら、それに付随する義務と責任を放棄し、愛する男性(アーサー)(アルバート)に全てを押し付けようとした馬鹿な小娘じゃない。















 


 




 






 


 


 






 


























 




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