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魔法使い、喫茶店に寄る

 魔法でなんとかなるだろう、と言われても、無理なものは無理なのだ。そのことを持たざるもの――私がそう呼んでいるだけで、言ってしまえば魔法を使えない人々のことである――は分かっていない。魔法というものは不可能を可能にするわけではない。できないものはできない。瞬時にしてどこか遠くへたどり着くことなんて、低級の魔法使いであるこの私には不可能なのだ。


「なんでさ」

「時間が必要だ。三日……いや、一週間は欲しい。一週間あれば」

「遅いよ」

「それでは無理だ。先程から言っている通り、私にはできない」

「なんでさ」

「時間が……ああもう、堂々巡りではないか」


 ふらりと訪れた喫茶店にて、店員の少女に絡まれて小一時間。初めはにこやかに「お客さんはぁ、魔法が使えるっぽいですねぇ」などと声色高く接してくれていた少女も、今となっては頬に手のひらをつき私を上目遣いで睨めつけている。その貧乏揺すりはやめたほうが良い。いや、なんでもない。舌打ちは勘弁してくれ。眼力が強い。怖い。


「魔法使いは瞬間移動が使えるもんなんじゃないのって聞いてんの」

「だから私は」

「低能」

「低級。いや、低能でも間違ってはいないのか……。いやいや。そう、まだ未熟なのだよ。すぐにでもどこかへ行きたいのかい? 良ければ私が途中まででもお供するよ」

「あんたひ弱そうだしそれなら一人で行ったほうがマシかな」


 この、小娘……。

 店のおすすめ商品であるらしい、舌が痺れるほどに甘い茶色の水と共に言葉を飲み込む。喉に詰まる。なんだこれは。粘性があるぞ。この辺りは初めて訪れたが、こんな飲み物が流行ってたまるか。脳内旅行記に書き込んでおこう。毒を出す店があるので注意、と……。


「おっさんには合わないみたいだね。まあ、単純にまずいんだけど、それ」

「私はおっさんでは」

「おっさんはさ、作り物じゃないよね。今ので確信したよ。決めた。連れて行ってよ」

「なんでさ」

「味が分かる人と一緒に世界を見て回りたかったからだよ。ほら、何してんの? 立って立って」


 別に私は味に自信があるわけではないのだが。

 ……まあ、彼女の気持ちも分からないこともない。

 魔法というものは使い方一つで生活を楽に、豊かにできる。そう、たとえ部屋に閉じこもっていようがどこか遠くへ買い出しに行こうが、自らの分身を作り出して接客を任せることなど造作も無いことなのだ。


 店内を見回す。一見すると席が埋まりにぎやかな様子だが、誰一人として飲み食いせず、無表情で身動きも取らずお互いに何やら話し合っているだけだった。


「気味が悪くてさ。分かるでしょ」

「まあ、確かに」

「瞬間移動なんて別にいらない。なんなら魔法もいらないよ。話。話が聞きたい。人の声で、話が聞きたい。おっさん、旅の人なんでしょ」

「おっさんでは」

「名前聞いてないし」


 確かに。

 そう、話し出すとほんの僅かに長くはなるのだが、初対面の相手を驚かせることができる鉄板のネタがあるのだ。この話をせずに私の名を語ることはできない。子供の頃はからかわれたものだが、今となってはありがたく思う。それでは聞いてもらおうか。私の。私の名前は――


「なんか長くなりそうだしいいや。それじゃあよろしくね、おっさん」[了]

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