2.胸に積もるもの
こんにちは。太陽と月第二話です!!
今回はRIAとネコの作品になります。
カラーン、カラーン
鐘の音が響き渡る。ナハトは、心なしか哀愁漂う音を聞きながら、行き交う人のあいだを歩いていた。
下町の真ん中にそびえる煉瓦造りの時計塔。その鐘は蜜色の光を反射して、塔のてっぺんでキラキラと輝いている。
古くから変わらずにそこにある音は、心持ちによって様々に聞こえるらしい。時に荘厳に、時に楽しげに、時に優しく…。
この鐘を合図に多くの露店は片付けを始める。あっという間に人通りが減り、先程までの賑わいが夢だったかのようだ。
少しずつ、甘蜜色の光と入れ違うように、影が街を覆っていく。暗くなり始めた道には、家々からの暖かな光が溢れていた。
腕にクマのぬいぐるみを抱えた小さな少女が、大人びた風貌の三つ編みの少女に手を引かれて歩いている。時々視線を交わし合う様子からは2人の仲の良さが伝わってきた。
「お姉ちゃん!帰ったら昨日の続きの絵本読んでね!」
どうやら彼女たちは姉妹らしい。姉と呼ばれた少女は、妹のふわふわの巻き毛を愛おしげに撫でる。
そんなありふれた光景がナハトには、どこか愛おしくてすごく暖かく見えた。
ここなら、誰もナハトのことを知らない。この辺りでは有力な家の出であるナハトは、昔からそれなりの優秀さを求められてきた。それに応える努力をして、そこそこの結果は残してきたと思う。それが嫌な訳では無い。ただ…ただ、時々すごく窮屈に思える。
(心配されているかもしれないな…。何も言わずに出てきてしまったし)
特にソレイユには叱られるかもしれない、とナハトは内心ため息をこぼした。それと同時に、屋敷に仕える2人の少女を思いを馳せる。
さっきの姉妹とは違うけれど、あの姉妹の間に流れる空気もナハトは嫌いではなかった。個性の豊かな少女たちだが、時折見える姿からお互いを大切にしていることが伝わってきた。それを口にしないせいか、偶にすれ違っているように見えるのは残念だったが…。
(いつから…いつからだろう?モルは、少し変わった…)
幼かった頃にはもう戻れないのだと、他でもないナハトが1番よくわかっていた。それでもかつての面影を追い求めてしまうのは、自分が弱いからなのか…。
下町の家族とナハトの家族は違う。そう分かっていても、さっきの姉妹の間にあった暖かな愛情に憧れてしまうのだ。
「ナハト様!」
そう呼ばれて、ナハトは予想とは違う人物の声だったことに驚いた。その影は、僅かな夕日の残光を背にして肩で息をしている。
「ナハト様、勝手にいなくなられたら困りますっ」
「ごめん…」
「ナハト様?」
「いや、てっきりソレイユが来ると思ってたから」
ナハトがそう口にした瞬間、ソーレの表情に影が落ちる。少し反省しながらもナハトはソーレを促して帰路に着いた。
「……はぁ」
家のダイニングテーブルで物思いにふけるソーレは、もう何度目かもわからない溜息をついた。
時刻は深夜。
仕事を終えて家に帰り、姉妹揃って遅い夕食を済ませる時間帯。
いつもの朗らかな性格は何処へやら、珍しくソーレの気持ちは沈みっぱなしである。
「……はぁぁ…」
またしても溜息。
そのまま崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏すと、額とテーブルが当たりゴツンと痛そうな鈍い音を立てた。
死んだ魚の目をした彼女の頭の中を駆け巡るのは、つい先ほどの出来事。
誰にもなにも告げずに黙って屋敷を出て行ったナハトの事である。
街の喧騒の中で1人佇んでいた彼の、あの寂しそうな横顔が頭から離れないのだ。
モルゲンとナハトの仲が険悪なのは前々からの事なのだが、あんな顔を見てしまうと、やはりどうにもやりきれなくて、もやもやとした感情ばかりが心に残ってしまう。
「……レ。…ソーレ!」
ハッと顔を上げると、テーブルの向かいの席に座るむくれつらのゾネがいた。
「……あ。 ごめん、ちょっと考え事してた…なんの話だったっけ?」
慌てて笑顔を作りながら答えると、ゾネが益々頰を膨らませる。
「さっきから、暗〜い顔で溜息ばっかついてるからどうしたの?って聞いてるのに…。
空返事ばっかで全然答えてくんないじゃん!」
「嘘、私そんな溜息ついてた?」
「ついてたよ、というかつきすぎ!…………なに?恋煩い?気になる人でもいるの?」
「は⁉︎そんな訳っ…?!」
「あ〜、恥ずかしがらなくてもいいって!私は勿論応援するし!で、お相手は……やっぱりモルゲン様とか?それともナハト様?」
「いやだから本当にそういうのじゃなくて…!」
乙女モードのスイッチが入ってしまったゾネにはソーレの弁解が聞こえないようだ。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人をソレイユが些か呆れたようにたしなめる。
「楽しそうなのはいいけど、夜に騒ぐのは控えなさいよ。うるさいし、隣の家に迷惑かかるじゃない」
その言葉で素直に口を噤んだ2人に、やれやれと苦笑した彼女は、少し心配そうな声色で続けた。
「それと…、ソーレ、今日はもう休みなよ。朝から色々と仕事任せちゃったし疲れたでしょ?夕飯の片付けは私とゾネでやっておくから」
「え、でも……」
ソレイユだって…と言いかけた言葉は妹によって呆気なく遮られる。
「ほら、いいからいいから!」
ほとんど追い立てられるように席から立ち上がったソーレは、釈然としない気持ちに駆られた。
元気がないソーレを心配しての優しい言葉、普段ならばそう素直に受け取れるのだが、今聞くとどうしてもいいように受け取れなかったのだ。
それにつられるように、今朝の姉や、夕刻のナハトの言葉を思い出してしまったソーレは、重い体を引き摺るようにのろのろと階段を登る。
キッチンから聞こえる2人の楽しそうな声には聞こえないフリをした。
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