君と過ごす次の夏
「ねえ、夏になったら何しよっか」
私は彼にそう問いかけた。夜だからか彼の姿は私には見えない。肌を刺す寒さに体をブルリと震わせながら返事を待つ。
でも、彼は何も答えてくれなかった。
うんともすんとも言わないかれに「もう」とため息を漏らせば、白い吐息は空気に揺らいで消えていく。
「去年は何したっけ。夏の定番といえば海と山だけど、去年は海にしか行かなかったよね。今年は山がいいかも」
行った、といってもほとんど私が無理やり連れ出した感じだったけど。
彼は昔から引きこもりがちだった。休みの日はいつも自分の部屋でゲーム。学校には来るけど、終わったら寄り道もせずに帰宅。友達はいたはずだけど、その人たちと遊んでいるのを私は見たことがない。
そんな彼を彼のお母さんの助けもあって無理やり連れ出して。ぶきっちょな顔をしてたけど、遊んでいる間に楽しくなったのか、途中からは笑顔でいてくれた。
楽しんでくれたなら連れ出した甲斐があったと、嬉しくなった覚えがある。
「あ、そうだ。海に行って帰りに別れる時にさ、なんか言おうとしてなかった? 何言おうとしてたの?」
そう問いかけると、彼は気まずそうな顔をする気がした。
「あはは、言わなくてもいいよ。だってその後言ってくれたしね」
彼が私に告白したのは、海に行ってから一週間後、八月十四日にあった花火大会のことだった。
その日は珍しく彼から一緒に行こうと言い出してきたんだ。珍しいなと思いつつ、自分から外出する気になった成長によろびつつ。待っていたのは、花火の鳴り響く中での「ずっと前から好きでした」。
ひねくれている彼の、王道中の王道な告白に笑ってしまったけど。そんな私を見ても起こることなく真剣な顔に本気なんだと実感して、つい涙目になりながらOKしたんだ。
「でさ、話戻るけど来年の夏は――あ、雪……」
ふわりと視界に映り込んだ粉雪。もう冬も終わりつつあるような季節なのに。暗闇の中に降り注ぐ純白はまるで星が降ってきているようで、つい言葉を止めてしまう。
まだ雪って降るんだ。少し気分が落ち込んだ。
「私、雪は嫌いだな……」
思い出してしまうから。思い出したくもないのに、思い出してしまうから。
「ねえ、ねえ……」
気がつけば声が震えていた。視界が霞む。それがなぜなんて考えたくもないのにわかってしまう。ぎゅっときつく手を握った。痛いのはきっと寒さで手がかじかんでいるせいだ。
「なんで、なんで……死んじゃったの……!」
目の前の墓石は、もちろん何も答えてくれない。
彼が死んでしまったのはつい二週間前。今みたいに雪が降る夜のことだった。
二人で遊びに行った帰り、横断歩道を渡っているところに車が突っ込んできたのだ。道路が凍っていたせいでスリップしたらしい。
彼はいつも夏が好きと言っていた。特に理由もなく、強いて言うなら夏休みがあるなんて子供っぽい理由だったけど。私はそれをいつもバカにしていたけど、今は私も同じ気持ちだ。
夏が好きだ。
冬が嫌いだ。
夏だったら、右ほほを滑り落ちる雫を汗だと言えるのに。
冬は、私の悲しみを助長するだけだ。
「ねえ、来年の夏は何しよう……」
一人で過ごす夏は、寂しくて嫌なのだ。