王女様は、獣人の王子様の本当の想いを知りたくて
シャルロットは、一人、沈んでいた。
最近、ライムが、ライオンの姿になってくれないのである――。
人間の王女と獣人の王子の恋の物語。
シャルロットは、部屋に入って、小さくため息を吐く。
部屋の中に誰もいないのを確認して、鏡に映る自分の姿を眺めた。
長い金の髪は少しウェーブがかかっており、その瞳はエメラルド・グリーンのようだと謳われる。
その碧の瞳に合わせて、深緑のドレスを身に纏っていた。
王宮の者たちは、誰もがシャルロットの美しさを褒め称える。
しかし、シャルロットには、そうした賛辞が意味のないものに思えてならなかった。
自分が、真に愛する者に振り向いてもらえないなら、その美しさに何の意味があるのだろう。
今日も、ライム王子は、いつも通りだった。
いつも通り、整った笑顔で、恭しい態度で、接してくれる。
それが、シャルロットの胸を締め付けるのだった。
ライム王子の崇拝は、近衛騎士としての崇拝であって、それ以上ではないのだ。
ライム様は、本当は、私のことをどう思っているのだろう。
あの日、シャルロットは、確かに聞いたのだ。
ライムがアルフレッドに「王女を愛している」と口にしたのを――。
しかし、その言葉は、直接、自分に向けられたものではなかった。
だから、シャルロットには、信じられなかった。
誰かに、そんな風に、愛の言葉を打ち明けられたのは、初めてだったのだ。
シャルロットは、その想いが本当なのか、どうしても確かめたかった。
ライムに、直接、確認したいのだが、勇気が出ないのだった。
私は、ライム王子のことを、どう思っているのだろう。
シャルロットは、自分自身にも、問い掛けてみる。
だが、シャルロットには、自分の気持ちがよく分からなかった。
あの日以来、シャルロットは、ライムに話し掛けられる度に、ドキっとするようになった。
今までは、普通に話せていたのだが、最近は、目も合わせられない。
それまでは、ライオンの姿になったライムの頭を普通に撫でていたのだが、
あの日以来、そのことを思い返すと、顔が赤くなるようになった。
それが恋と呼ばれるものなのかどうかが――シャルロットには、分からなかった。
そういえば、あの日以来、ライム王子は、ライオンの姿を見せてくれなくなった。
何故なのだろう。
もしかしたら、私は、何か、ライム王子の気に障るようなことをしてしまったのだろうか?
そして、朝が、また来る。
今日こそ、ライムの本当の気持ちを知りたい!!
シャルロットは、思い切って、部屋のドアを開ける。
「おはようございます、シャルロット様」
ライムが、シャルロットにいつもの笑顔を向ける。
「おはようございます、ライム様」
シャルロットも、笑顔を向けようとするのだが、何故か笑顔にならず、俯いてしまう。
だが、シャルロットは、顔を上げ、再び、ライムに話し掛ける。
「ライム様、お伺いしたいことがあります」
シャルロットは、真剣な眼差しでライムを見る。
「何なりと」
「ライム様は……」
「はい」
「いえ、何でもありません」
そう言うと、シャルロットは、少し顔を俯けた後、足早に駆けて行くのだった。
これが、最近のいつもの日課だった。
そして、シャルロットは、立ち止まり、再び後ろを振り返る。
これでは、いつもと同じ流れになってしまう。
今日こそは、ライムに、確認しなければ。
でも、シャルロットは気付いていなかった。
何故、シャルロットがそこまでライムの気持ちの確認に拘るのか、その理由に。
「ライム様」
シャルロットは、真っ直ぐにライムを見つめ、そして――
「お好きな方は、いらっしゃいますか?」
「はい、シャルロット様」
ライムは、いつものように、恭しく、跪き、頭を深く垂れながら答える。
「その方は……ライム様のすぐ側にいる方ですか?」
ライムは、そのまま、頭を上げずに答える。
「はい、仰せの通りでございます」
「あの……その方は」
シャルロットは、顔を赤らめながら、更に問い続ける。
「どんな方ですか?」
「シャルロット様」
ライムは、顔を上げずに答える。
「気高く、お美しく、そして……」
ライムは、真っ直ぐにシャルロットの方を見る。
視線が絡み合う。
「ライム様」
シャルロットは、俯きながら言う。
「ライム様、これ以上は……」
「いいえ、シャルロット様、私が」
ライムは、真っ直ぐにシャルロットを見つめる。
「続きを申し上げたいのです」
「ライム様」
ライムは、シャルロットの手を取り、手の甲にそっと口付けをする。
「お許しくださいませ、シャルロット様」
「ライム様……」
「そのお方は、いつも私に幸せを与えて下さるのでございます」
シャルロットは、目を見開いて、ライムを見つめていた。
「シャルロット様」
そう言うと、ライムは再び頭を垂れる。
「そのお方は、今、私の目の前にいらっしゃいます」
シャルロットは、それが誰のことなのか、今度ははっきりと分かっていた。
しかし、シャルロットは、返事をすることが出来なかった。
どう返事をすればいいのか、分からなかったのである。
シャルロットは、後悔していた。
この国の王女として、王からは大国ゼルメスの王妃となることを望まれている。
あるまじき失態であったとシャルロットは思っていた。
その気持ちとは裏腹に、シャルロットはその場から動くことが出来ず、
ライムから視線を逸らすことも出来なかった――。
ライムは、困惑していた。
つい自分の気持ちのままに、本心を打ち明けてしまったが、
シャルロットの立場を思えば、自分は身を引くべきであった。
だが、溢れる感情を抑えることが出来なかったのだった。
ライムは、王子として、自分は、あるまじき失態を犯してしまったと思っていた――。
二人は、お互いに、自分は身を引かなければならないと思っていた。
そんな二人の姿を、王は、そっと陰から見守っていたのであった。
ここまで読んで下さって、本当に、ありがとうございます。