迷惑すぎる奴、また沸いて出るの巻
元勇者、転生したらただの人……のはずですが、しかし。
突き飛ばされたような衝撃と同時に、足が地面を捉えた。
ぎゃっと色気の無い悲鳴をあげた女の子をとっさに抱きこんで、庇うように自分が下になって転がる。
受身は取ったけど、防具も無いのに二人分の体重で叩きつけられた。痛い。
「わ、え、ちょ!」
腕の中の女の子がなんか叫んでるけど、言葉になっていなかった。無理も無いよな、これ。
それにしても俺をまた巻き込むのはいい加減にして欲しい。
そう思ったけど、いつまでも現実逃避してても仕方ない。まずは状況を整理しよう。というわけで起き直った。
周囲の環境、とりあえず生存可能。呼吸可能な大気があるという意味で。
温度もまあ、生きていくのに問題は無い。ちょっと寒いけど。
座ってるのは児童公園の土の上ではなくて、石でできた床の上。道理で痛いわけだ。
とりあえず、すぐに死ぬような環境じゃない。
そう判断して、パニクってる女の子を抱えたまま、しばらくの間、子供相手みたいに背中をとんとん叩いてやった。
「……すみません」
俺にしがみつくような姿勢になってる女の子が、涙目になって言った。
カラコンをしてるわけでもないのに黒目がちな、小動物系のかわいい子だ。俺が抱きかかえられる小柄な子だけど、その、胸の柔らかさはしっかりある。
うん、事故です事故。偶然こうなってるだけで俺はヤマシイコトシテマセンヨ。
「立てそう?」
「あ、はい……って、わっ!」
腕の中でじたばたし始めたのでリリースしました。
やっぱりこれは小動物です。うちの猫そっくりのリアクションです。心行くまでモフりたい。
「ええと、すみませんでした……ってここどこ」
周りを見回した女の子が、思わず地が出ましたという口調でつぶやいた。
そりゃまあそう言いたくもなるよね。
俺には見覚えのある光景だけど、普通の日本人なら知るはずもない。
12畳くらいの部屋の中、石でできた祭壇に大蝋燭をともした燭台が二つ。壁にも灯明皿が備え付けられてるけど、真っ暗闇より少しマシという程度の明るさしかない部屋は、神殿の地下にある祈祷の間だ。
そして床には本来あるはずのない、淡く光る魔法陣がある。俺が生きてた頃には欲望の召喚陣と呼ばれてた、術者の欲を適える人間を浚って来るのに良く使われてたやつだ。
「近所じゃないことは確かだよね」
うそは言ってないです。
「落ち着いてますね?」
「慌てて良い事あると思う?」
どう考えてもろくな事にならないし。
「……ない、です」
「そゆこと。さてと」
俺もその場に立ち上がると、魔法陣の外にいた神官が感激したような声を上げた。
『新たなる勇士を遣わされた女神に感謝を!』
聞き覚えのある言葉でした。
『ざけんなコラ』
今は聖剣も手元に無いけど、連中の好きにさせるわけにいかないだろう。やつら狂信者だし。
『なんと、女神は勇士に言葉もお与えになったか!』
『んなわけあるか、俺はアルバス・ザルドスだ。てめえら何を勝手な真似してやがる』
アホどもを牽制するために、俺は懐かしい名前を名乗ることにした。
『なんだと!アルバス殿は二十年前に亡くなられたはずだ!』
うん知ってる。
荷竜車の前に飛び出したどっかのオコサマを救けようとして、自分ははねられて死んだんだよね。異世界版トラック転生ですよこんちくしょうめ。
それで日本に転生したので一般人ライフを満喫してたんですが、どうやら俺のお人よしは、いっぺん死んでも治ってなかったらしい。すくなくとも夜中の児童公園で召喚されかかってた女の子をつい助けようとする程度には、治っていなかった。
『女神の慈悲で転生したのに、おまえらがバカやるから戻ってきたんだろーがボケ』
実は成り行きなんだけど、そうも言えない。
『よその未婚の娘を浚ってくるとかどういう了見だ?ああ゛?』
天井のどこかでかすかな音がしている。そうすると俺が今やるべきなのは、このバカどもの気を引く事だろう。
『勇士召喚とかいってこんな娘を誘拐して、おまえらの代わりにこき使う気か?おまえらいい年した男ばっかりのくせに、雁首そろえてよその娘っこに頼る気満々か。恥を知れ恥を。おまえらそれでも男か』
『しかし我らは神官、祈りをささげる身ゆえに戦いには向きませぬ』
『武神官いるだろが。そうじゃなくても、こんなちっこい娘っこの後ろに隠れてプルプル震えてる気か。おい、そこのデブ、おまえが体当たりしたほうがよっぽど効くだろうがよ』
お布施取りまくって肥えてんだ、その脂肪で生臭ボンバーでもかましてろ。
前世を思い出しながら自分でも呆れるくらい流暢に悪口を言っていると、扉をぶち破る音が派手に響いた。
『神妙にしろ、違法召喚の咎で拘束する!』
異端審問官の制服を着た男が、近くにいた神官をぶん殴りながら宣言した。