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短編小説集

わんだーらんど・あんだーらんど

楽園とは時に、地獄を創り出すものでございます。

 暑い……



 時計を見るとまだ七時半にもなっていない。

 それなのに外は蝉のなく声が鳴り響き、真昼間のような日の光がカーテンの隙間からこれでもかというほどに差し込み、俺の体を焼き焦がそうとしているのかと錯覚するほどだ。


 「あぁ~……あっつ……。寝汗ひっどいな……」


 この暑さの中二度寝する気にもなれない俺は、皮肉にもこの暑さのおかげで目が覚めた体を起こして階段を下りていく。



 このままでは満足に朝食を取ることも出来なさそうなので俺は一先ずシャワーを浴びてサッパリすることにした。

 寝巻を洗濯機の中へと放り投げて浴室に行きシャワーを浴びる。


 それを終えるとタイミングよく携帯が鳴った。


 「ん……? 朝っぱらからか?」


 携帯の画面を見ると付き合っている彼女からだった。



 ピッ!



 『おっ起きてた。おはよー』


 『どしたんだ、こんな朝から』


 『暑くて早くに起きちゃったからなんとなく。あんたは?』


 『俺も寝れなかったから今シャワー浴びたところだ』


 『そっか』


 彼女はそんな他愛もないことを話しながら何かを考えているように電話越しに『ん~』と唸っている。


 『なした?』


 『……あのさ、今日暇?』


 俺はちらりとカレンダーを確認した、今日は、というか今月はほとんど予定はない。


 『暇だぞ、どっか行くか?』


 『実はさ、商店街の福引で遊園地のペアチケット当たったんだけど期限今日までなのよ。それで良かったら一緒にでもって思ってさ。どう?』


 どう? と聞かれれば俺が答えるべき答えは一つだろう。

 折角誘ってくれたのだ、むしろ断る理由が見つからない。


 『ああいいぞ』


 『良かった。じゃあ十時にそっち行くから、準備しておいてね』

 

 彼女はそう言うと電話を切った。

 俺は軽く伸びをして、適当に朝食を取った。今日の朝食は白米にインスタントの味噌汁、漬物といったおばあちゃんちのようなメニューだ。


 朝食を食べ終えると食器を片づけてテレビを付けた。



 【本日のニュースです。先日、都内在住の小学二年生の男の子が行方不明になりました。男の子は、今月オープンしたばかりの遊園地、「ワンダーランド」にて家族と遊んでいたところ、人混みに紛れてしまい、一緒にいた母親の目から離れてしまったとのことです。母親はすぐに園内のスタッフや警察に捜索願を届出しましたが、依然として行方は分かっておりません。次のニュースです………】



 今朝のニュースは子供が行方不明になったというなんとも暗いニュースだった、しかも場所は遊園地。願わくば、彼女が福引で当てた場所がここじゃないといいのだが。

 しかもよく調べてみるとこの遊園地、開園してからというもの、こう言ったことが多発しているとかなんとか書かれている。一部では都市伝説のように「神隠しの遊園地」と呼ばれているらしい。


 俺はそのことを頭の片隅に置きながら、彼女とのデートに向けて着々と準備を進めていた。




◯◆◇◆◇◆◇◆◯




 ピンポーン……


 ……ガチャッ


 「や、おまたせ」


 「おう、行くか」


 俺は彼女を自分の車の助手席に乗せて、その遊園地を目的として車を走らせた。


 俺と彼女は大学の同級生で同じサークルに所属している。サークルにはそもそもの人数が少なかったので俺と彼女はすぐに仲良くなって交際に発展した。

 ちなみにサークルというのはただ雑談をしているだけのもので、講義が終わった後に世間話をしたりDVDを見たり、と、家にいるのとあまり変わらないかった。


 最も俺の場合は、進学のために実家を出て一人暮らしをしているから、家にいるよりサークルにいる時の方が騒がしくて楽しいのだが。


 彼女は車の助手席でニコニコしながら、遊園地に着くのを今か今かと楽しみにしている様子だった。正直に言って、彼女のこういうところは本当に可愛いと思う。自分にはもったいないくらいだ。



 小一時間ほど車を走らせたところで目的の遊園地へと到着した、遊園地の名前は『ワンダーランド』


 「……マジかよ」


 俺は思わずそう口に出してしまった。隣にいる彼女には聞こえて無いようで、彼女は受付でチケットを渡しパンフレットを貰っていた。



 考えすぎか……。



 俺はそう割り切って彼女の元へと駆け寄った、見たところ親子連れの人たちや俺たちのようなカップルも他に多くいたところを見ると、やっぱり俺の考え過ぎだったのだろう。


 「へー! 結構色々あるんだね! ねね、どれから乗る?」


 「順番に乗るか? 時間はあるんだし」


 「よし、そうしよ」


 スキップ交じりに進む彼女に引っ張られるようにして、俺は順番に遊園地のアトラクションを回った。コーヒーカップにジェットコースター、昼食を挟んでもう一回ジェット―コースター。回転ループのところで昼食が出そうになったのは内緒だ。



 一通りアトラクションを回ると、この遊園地のマスコットキャラクターと思しき着ぐるみがたくさんの子供たちに囲まれていた。

 彼女も大きいお友達ということで子供たちと一緒にふれあっていた。


 「あ、そうだ!」


 彼女は俺に自分の携帯を差し出した。


 「写真撮って、写真」


 「はいはい」


 俺は着ぐるみに腕を回してピースする彼女にカメラのピントを合わせた。


 「んじゃいくぞー、はいチーズ」


 

 カシャッ!



 彼女は満足するとマスコットキャラクターに手を振る、マスコットキャラクターも手を振り返した。




 しばらく園内を回っていると段々と日も沈みそろそろ帰ろうかという話になったので、俺は最後に彼女を観覧車に誘った。彼女はそれを快く受け入れてくれ、早速二人で並ぶことにした。

 順番が回ってくると俺と彼女は隣同士に座った。


 「たまにはこうしてゆっくりするのもいいな」


 「ほんとほんと」


 そう言って彼女は俺の肩に頭を乗せた。


 たまに彼女はこういうことをする、全く、可愛らしくて仕方がない。


 俺は方に彼女の温もりを感じながら不意に観覧車の外を見た。

 観覧車からはアトラクションやそれの順番を待つ人たち、帰る家族連れなどが見えた。



 「(ん……? あれって……)」



 さっきのマスコットキャラクターの姿が、俺の視界に入った。先ほどとは打って変わって単独行動をしており、持っていなかったはずの大きめの袋をサンタクロースのように肩にかけて歩っていた。



 俺はただ何かを運んでいるだけかと思い、特に気にしなかった。











 運んでいる袋が蠢くまでは。












 その瞬間、俺はその光景に釘付けになった。あの動き方は、中の物がずれたとかそんな動き方じゃない。もっと流動的な、生き物的な、そんな動きだ。


 マスコットキャラクターは着ぐるみの生地の厚さのせいなのかそれに気が付いていない。



 観覧車がどんどん上昇するのと比例して、その袋の動きが激しくなってきた。



 そして俺は、見てはいけないものを見てしまった。







 袋の糸がほつれていたところから、一本の腕が飛び出してきたのだ。







 俺はその光景に目が離せなかった。


 その腕は大人のものではなく子供のような手だった、しかも中学生とか高校生とかそこいらの年齢の子ではない。もっと幼い子供、小学生とかのものだった。


 マスコットキャラクターも流石に気が付いたのか袋を下ろしてその腕を何とかして無理やり中へ押し戻そうとするが中々に抵抗している。



 そしてついに袋の中からその全貌が見えた。





 口にガムテープを張らされている小学校低学年くらいの男の子が泣きながら逃げようともがいていたのだ。だがその抵抗空しく、マスコットキャラクターは慈悲もなくその男の子を一撃殴る、その男の子は気絶したのかピクリとも動かなくなった。マスコットキャラクターは男の子を袋に入れ直して今度は抱きかかえるようにして持ち直した。



 その瞬間、マスコットキャラクターが、ぐりん、と首をこちらへと向けた。



 俺は反射的に目を逸らした。

 あれはやばい、絶対に目を合わせちゃいけないやつだ。


 「どしたの? なんか顔色悪いよ?」


 彼女が心配してくれた。


 「え、ああ。大丈夫大丈夫!」


 「ほんとに? 何かあったの……」


 「見るな」


 「え?」


 彼女は何かあったのかと外を見ようとしたので、俺はそれを制止した。彼女は何があったのかと俺に聞いてくるが俺は何も答えなかった、答えることが出来なかった。


 観覧車はその間にも高く上がっていき、頂上に達した。

 俺はふと気になってさっきの場所をちらりと見た。




 マスコットキャラクターがこちらをずっと見ていた。




 俺は彼女の目から手を離して視界を解放する。彼女は何があったのかと俺に聞いてきたが俺は「なんでもないよ」と知らん顔をした。その後しばらく彼女は不審がっていたが帰る時にはすっかり忘れて、どのアトラクションが楽しかったとか、お昼に食べたご飯が美味しかったとか、そんな楽し気な思い出を話していたのでそれは良かったと思う。


 その日、彼女はうちに泊まっていった。二人で今日のワンダーランドでの出来事を語り合い、互いに体を寄せ合って深い眠りの底へと沈んでいった。




 翌朝、また「ワンダーランド」で男の子が行方不明になったとのニュースが流れた。


 テレビでその行方不明になった男の子の顔写真を見た瞬間、俺は手に持っていたコーヒーカップを落としかけた。



 なぜならその写っている顔写真こそ、俺が昨日目撃した男の子の顔だったからだ。






 それから数日後、相次ぐ行方不明事件によって、警察がワンダーランドを強制的に調べることになり、結果は黒。


 ワンダーランドは遊園地ではぐれたりした子を攫っては裏ルートで売買し、遊園地を運営するための資金としていたそうだ。



 恐らく、あの子はもうどこか知らないところへと売られていることだろう。




 

 あれから数カ月、俺は未だその時のことを彼女に話してはいない。当初はこんなことを話すべきではないと思っていたのだが、今となっては完全にタイミングを見失った感じになっている。



 今でも俺は、デートなどで遊園地に行く際にそこのマスコットキャラクターの着ぐるみに嫌悪感を感じてしまうことが稀にある。



 一切表情が変わらない着ぐるみが何を考えて行動しているのかが分からない遊園地という場所では、案外自分たちの知らないところで闇の部分が躍動しているのかも知れない。
























 あなたも気を付けないと、あの夢を与える表情筋のないマスコットキャラクター達に連れて行かれるかも知れませんよ。

 



 夢のような「ワンダーランド」ではなく、地獄のような「アンダーランド」に。




 私たちは、閉園後の楽園ユートピアが本当に楽園ユートピアのままなのかどうか、分かったところで何もできません。




 ただ出来るのは、神に仕える敬虔なシスターのように、地獄ディストピアで無いことを祈ることくらいですから。

皆様も、気が付いたら闇の部分に足を踏み入れていた、なんてことがないようお気を付けください。

それでは、またいつか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女がいてくれて、本当に癒しになりました! 主人公一人で向き合うには、ちょこっとヘビーでしたからね! ホラーものにカップルは、お約束のような、安心感を覚えてしまいます! [気になる点] …
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