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 その屋敷は、王都に並ぶ貴族のものにしてはやけにこじんまりしていた。とはいっても腐っても貴族、平民の家よりもずっと大きく豪奢ではあるが、今はしんと静まり返っており人の気配がしない。いくら屋敷の主が不在とはいえ、仕えている者もいるはずの屋敷にしてはずいぶんとさびしく、冷えていた。

 衛兵が乱暴にドアノッカーを鳴らすと、わずかに時間を置いて扉が開く。衛兵が視線を下ろすとそこには、白髪頭をひっつめ髪にした、背の低い老婆がメイド服に身を包んでいた。



「……いらっしゃいませ。ご足労頂き申し訳ございませんが、あいにく当館の主人は不在です。何用でしょうか」

「この館の持ち主は審判の間の裁きにより貴族籍を剥奪された。よって、当人立ち合いの上、館の捜索を行う。使用人をすべて集めろ」

「集めろも何も、当館の使用人は私めロニアだけです」



 そういってロニアは衛兵の差し出した命令書を受け取る。彼女の三白眼が細められ、値踏みするようにたっぷりの時間をかけて手元の書類を眺めた。紋章の偽造もなく、法に則って作られた命令書だ。ロニアは不機嫌な顔で衛兵を見上げると、責任者を問うた。



「責任者は私だ」

「……王子自らお出でになるとは、余程の罪なのでしょうね。しかし、エレナリア様はどういったお立場でしょうか?」



 サニーニの隣に立つエレナリアは、困ったような顔でほほ笑む。



「クロード様……いえ、クロード・グラウカの親族には連絡がつかなかったものですから。ですので、元婚約者としてわたくしが立ち合いを希望しましたの。彼の味方も必要ですから」

「先代様は随分と前に光りの階段を登られたので、致し方ないことでしょう」

「ええ、彼の両親が亡くなったことはわたくしも十分存じております。ですが、彼の妹…………リラシナも召喚に応じないなんて、もしかしたら何か、と思いましたの」



 ロニアの眉がピクリと動くが、彼女はそれを悟らせないようにくるりと背を向けた。



「確認致しました。ご案内しましょう」



 サニーニの命で、サニアはグラウカ邸の執務室へと案内する。小さな屋敷は老婆の言う通り人手が少ないのか、廊下の隅には埃が溜まり、照明の魔石が切れている場所もある。エレナリアはその惨状に眉を顰めた。



「随分と手入れがなされていないようですね」

「先ほども申しましたとおり、このサニアひとりでお世話をさせて頂いている状態です。将来的にこの屋敷でお過ごしになるはずだったエレナリア様には大変申し上げにくいことですが、わたくしめではこれが精一杯でございます」



 心にもないことを言うような平坦さで、サニアは告げる。それに対してエレナリアはふんと下品に鼻を鳴らし、甲高いヒールの音を響かせながら案内しようとしていたサニアを追い越す。そして今更ながら優雅さを取り繕うように扇で口元を隠し、柔らかな声をだした。



「わたくしがご案内いたしますわ。こちらの屋敷には幼少のみぎり何度も訪れておりますし、何よりクロード・グラウカの手の者では信用に欠けますもの」





 書斎やクロードの自室をはじめとした執務に関連のありそうな部屋に兵や文官を送り込み、満足そうな様子でエレナリアはぱたぱたと手元の扇を動かす。



「いくら貧相……いえ、かわいらしいお屋敷と言えど流石に今日1日だけでは終わりそうにありませんわね」

「隠し部屋があるとも知れん」

「まあ、そんなものが」

「しかしどこの隠そうとも我が国の優秀な兵たちならば、必ず見つけ出す」



 既にクロード・グラウカの罪の証拠となる書類は、兵たちの懐に忍ばせてあった。はじめからわかり切っていた芝居の幕引きを確認するように、エレナリアとサニーニは視線を絡ませ合う。



「……だが、むやみに我が国の資産であるこの屋敷を荒らすのは忍びない。お前が素直に話すのならば、最低限に済まそう」

「さて、私は見られて困るものなど所持していた記憶などありませんので。私の潔白は、私自身がよく存じております。もし何かが発見されたのなら、それはいったいどこからもたらされたものなのでしょうね」



 クロードは彼らの内心を見透かしたようにあざ笑った。口の端が吊り上がり、影のように暗く歪んだ笑みだ。それを見たソニアは痛ましそうに目を伏せ、小さく首を振る。

 するとエレナリアは何かを思いついたように、サニーニの両手をとってぱっと花が開くような笑顔を見せる。



「そういえばわたくし、聞いたことがありますわ。この屋敷にある隠し部屋のことを!」



 その言葉を聞いた時、クロードは彼女の綺麗に並んだ歯をすべて引き抜き、かまどに放り込みたくなった。しかしこみあげてくる彼女への忌々しさと困惑を飲み込み、探るように見つめる6つの瞳を素知らぬ顔でやり過ごす。



「確か、主人の寝室にあるのです」



 ――何故お前が知っている。

 クロードの腹の底を煮え立たせる怒りなどには気づきもせず、エレナリアはぺらぺらと軽い唇を動かす。



「主人の寝室ならば既に捜索の手が入っているはずだが」

「あれはクロードの寝室ですわ。屋敷の主のものではございません。以前、『あなたがお嫁に来るのだから』とグラウカ夫人が色々とわたくしにお教えしてくださったのです」



 ふふん、とエレナリアは得意げに笑った。彼女の吐息に吹き飛ばされるように、クロードは脱力する。

 ――ああ、女とはなんと忌々しいものなのか。目の前のエレナリアも、生みの親など地を蹴り飛び立った後すら俺に面倒事を押し付けてくる。

 深く目を瞑り息を飲み込むクロードに、サニーニのやけに楽しそうな声がかかる。



「では、案内してもらおうか」



 それはクロードには自身の死刑宣告より酷く暗く、地の底から響いた気がした。

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