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刺殺

一度、こういう物語を書いてみたかったんです。

連載という形にはなりますが、ちょっと短めです。


食事中の方はご控えください。

#

「あぁ…また今日も負けたよ…」

稼いだバイト代、全部パチンコに吸われちまった。生活がこれでまた一段と厳しくなる。

もう大学を卒業して3年も経つが僕はまともな職につけないでいた。某国立大学の経済学部を卒業した僕は、国立を卒業したという心の余裕からか、就活もせずにぼんやり過ごしていた。それに、もう少し遊べるだろうと思ったんだ。それが僕の働いていない理由。


「2度とパチンコなんてやらないぞ。」

何度目の誓いだろうか。数に出してしまうと僕の年齢の倍を軽く超えてしまうので言わないでおこう。

でもどうしよう…今月まだ家賃も払ってないや…


ズカッ。


「痛っ。」


「あっ、ごめんね。」


……?

なぜ無反応なんだろう。そしてなぜ無反応なのに僕を睨み続けているのだろう。

そう思って数秒観察していると彼女の口が動いた。


「………は……を…せる…?」

聞き取れなかった。

「はい?もっとはっきり言ってくださいよ。」

「あなたは…人を殺せる?」

「!?」

唐突かつ強烈なその質問は、僕の声を吃らせた。

というよりも彼女の風貌からは全く想像のできない台詞が飛んできたため、20数年生きてきた僕でも脳処理が追いつかなかった。


「君、いくつ?何言ってるの?」


歳を聞いたことに理由はない。必死に思い浮かんだ返事がこれだったんだ。


「私の質問に答えて?あなたは人を殺せる?」


初対面にそんなことを聞くなんて、なんて肝の座った子供だ。


「…はぁ。いいかい?大人をあまりからかわない方がいいよ。そんな質問、下手したら警察沙汰だぞ。誰だか知らないけどいい刺激にはなったよ。んじゃ、さようなら。」


少しイライラしてきた僕は、そう言い放って帰ろうとした。

その時だった。


「…あなた、お金に困ってるんでしょう?」


え……な、…え?


「あなたに殺して欲しい人がいるの。引き受けてくれるなら、一生遊べるくらいの謝礼金が出るよ。」


情けないが、今の僕がその言葉に食いつかない理由などなかった。


「……それって、いくら?」


「そうね…具体的な金額を教えるなら5億円かしら。」


「ごっ!?」

僕がどもるのはこれで今日二度目だ。


「どう?引き受けてくれるかしら?」


悩む余地なんてない。僕はお金が欲しい。

ある人間がこう言っていた。


『つまらないことで悩んだり苦しんだりするのは何故か?金がないからだ。』


汚い話にはなるが、僕はその通りだと思う。

どれほどの努力が実らなくとも、どれほどの大失恋をしようとも、富豪のような資産があればそんなことで頭を抱えることはない。この世で一番大切なものは、お金じゃない。けれど、お金さえあればなんとかなってしまうのがこの世の中だ。お金があれば、人を動かせる。お金があれば女も買える。お金があれば、心に余裕を持てる。お金があれば…


僕の中に潜んでいたそのドス黒い感情は、僕の感情はおろか、僕の身体中を駆け巡っているかのようだった。


「さぁ、どうするの?あなたができないなら別の人に頼むよ。


「…やるよ。僕がやる。引き受けるよ、その殺人。」


「そう言うと思ったわ。というか元からその返事が来るのは知っていたもの。」


「なんだかわからないけど、その金額が手に入るなら僕はなんだってするよ。誰であろうと殺す。5億のためなら芸能人だろうと総理大臣だろうとね。」


「まぁ、男らしい心意気ね。けど期待には応えられないわ。私が殺して欲しいのは、ごく普通の一般人を数人よ。」


「へぇ。」


一般人を殺すために5億円。この子は大馬鹿だ。けど、こんなおいしい話、他にない。


「で、誰を殺せばいいの?」


「3人殺して欲しい人がいるんだけど、まずこの子かしら。」


そう言って彼女は僕に女の子の顔写真を渡してきた。


「江口 小夜子。東中学校に通う、ごく普通の中学生よ。」


「ほう…。わかったよ。」


それから僕は、殺さないといけない人物、ターゲットの情報を一通り聞いた。ターゲットの性格、人間関係、通学時間、好物から好きな芸能人などという、必要の無さそうな情報も。


「じゃ、よろしくね。」


そう言って彼女は人ごみに消えていった。

…なんだろうこの感覚。凄くワクワクするというか、胸が高鳴るというか…遠足前夜の幼稚園児が感じているそれと似ている気がする。やはりお金は偉大だ。考えてみれば何て素晴らしい話なんだろう。たかが3人、殺すだけで僕の人生は煌びやかなものと変わる。バラ色の人生、とでも言い表そうか。これでやっと。やっと僕は変われる。やっと…



…やっと人を殺せるんだ。




足早に帰宅した僕は、どうやってターゲットを殺そうか悩んでいた。

インターネットで殺し方を調べようとしたが、警察にばれた時に証拠が残ってしまうのは嫌だったので、自分の脳だけで試行錯誤してみた。

撲殺…刺殺…毒殺。

僕には人を殴り殺せるような腕力もなければ、人を殺せる程の劇薬も持っていない。

…現実的に考えれば包丁が一番かなぁ。


そう思い台所へ向かい、せめてもの情けにその子を一撃で殺してあげられるように包丁を研いだ。包丁を研いでいる僕は、まるで僕じゃないような、というよりも人間じゃない気がした。



次の日僕は、今まで味わったことがないくらいの気持ちのいい目覚めで1日を迎えた。


「江口 小夜子ちゃん…んふふっ」

きっと今の僕は気持ちの悪い笑みを浮かべている。でも、周りの人間になんて思われたって構わないさ。今の僕には他人に対する恐怖心や警戒心なんてものはない。


江口小夜子が通う学校の目の前まで来た。さすがに校門の前で佇んで待ち伏せているのは不審に思われそうだったので、校庭の裏側に車を停め、身を潜めた。…そういえばどうやって呼び出すか考えていなかったなぁ。それ以外の準備は万端なのに。

どうやって呼び出そう…


そうだ、江口小夜子の好きな芸能人は『川上 修也』とかいったっけ。

ファンレターを週1で送るくらいには熱中しているみたいだ。

さすがになりすますのは無理だが、そのマネージャーになりきろう。


少し浅はかな考えな気もしたが、今思い浮かぶ案はそのくらいだ。

やってみるしかない。



キーンコーンカーンコーン



お昼のチャイムが鳴った。もうそんなに時間が経っていたのか。

聞いた話だと、この中学校はお昼に給食が出ないみたいで、生徒は持参のお弁当か近くのコンビニに昼食を買いに行くらしい。


今か、今か、と身を潜ませていると、江口小夜子らしき人物が一人で学校から出て行く姿が目に映った。

車のエンジンをかけ、彼女が向かおうとしているコンビニに向かった。



「君が、江口小夜子ちゃんですか?」


「…はい、なんでしょうか?」


「私、川上 修也のマネージャー、坂田 充と申します。」


「え!?」


不信感を抱いていたであろう彼女の目が、一瞬で輝きに満ちた。

よし、感触はいいぞ。


「修也にたくさんファンレターを送っていただいておられることは、私も存じでおります。この度、川上修也のファン交流会が内密にありまして、ファンレターをいつも送ってくださるファンの方々と直接お会いしたい、とおっしゃっておられるのです。


「はいはい!」


期待に満ちているその可愛らしい顔を、早くぐしゃぐしゃにしてしまいたくてたまらなかった。


「それでですね、精密な抽選の結果あなた様が選ばれまして、お迎えに来たまででございます。」


「すっごく嬉しいです!!けど学校があって…」


「そうだろうと思いました。なのでご都合が悪い場合は無理していただかなくても結構ですし、都合をつけられるようでしたら学校の方へは私からご連絡致します。」


「えっ、じゃあそれでお願いします!」


「はい、かしこまりました。」


この瞬間、江口小夜子の満面の笑みに負けないくらい僕は笑っていたはずだ。



「さぁ、車の方へどうぞ!」


「はい!」



江口小夜子を車に乗せて、エンジンをかけた。

適当に走ってる間、彼女は心底楽しそうに『川上 修也』の話をしてくる。すべて適当に返した。

誘拐犯ってこんな気持ちなんだろうなぁ。けど、罪悪感は不思議と湧かない。それよりも不審に思われる前に殺さないと。僕の頭の中はそれでいっぱいだった。ガス欠、と嘘をついて人気のない細い道に車を停めた。


「大丈夫ですか…?」


「ええ、なんとか致します。」


きっとこいつは心配なんてしていない。そんなことより川上修也に会いたくて仕方がないんだろう。待ってろ、今すぐに殺してやる。


「少し失礼しますね。」


そう言って後部座席のドアを開け彼女の首を絞めた。


「あがあっ…!!」


まるで水槽から取り出された金魚のように息苦しそうにバタバタしている。

僕は両手の力をさらに強めた。彼女の目からは涙が流れ、鼻からは鼻水、口から唾液をこぼし、必死に叫んでいた。


目の前にあったはずの楽園から一気に地獄まで引きずり降ろされたんだ。取り乱しても無理はない。殺されたことはさすがにないが、僕だってそういう思いをしてここまで生きてきたんだ。どうだ、苦しいかい?君もいずれはこの苦しみを味わう運命なんだ、それを今感じるか先に感じるかの問題さ、安心してくれ。


彼女は気を失った。動かなくなった。


カバンから研ぎたての包丁を取り出し、彼女のみぞおちを目掛けて思いっきり振りかぶった。僕は何度もそれを繰り返した。すると井戸のように血が溢れ出し、臓器であろう物体も顔を出し始めた。彼女が座っていた座席はみるみるうちに赤黒く染まった。


僕は初めて人を殺した。

それは思ってる以上に快感で、僕はすごく気持ちが良かった。

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