一人で生きて一人でシネ
目を覚ましたとき視界に映ったのは、人が丸ごと入りそうな巨大な口だった。
「くそっ、口がくせぇんだよ化け物が…」
もはや全身にこびり付いていた返り血乾き、少し体を動かすだけでバリバリと薄い煎餅を割るような音がした。
長い時間意識を失っていたようだが、魔力の高さのせいで死んだドラゴンには腐敗がなく蠅もたからない。
魔力から産まれた化け物は、消化されエネルギーに変えられてしまう肉以外の素材は生きた年数とほぼ同年月の間存在し続けるとされている。
一本一本がヘタなナイフより鋭い牙は、短剣程の長さから大剣ほどの巨大な犬歯まで揃っている。だが、討伐者を握りつぶせる大きさの手の爪意外なほどに小さく鱗がそのまま延びているかのような錯覚を覚えた。
生物のウロコと爪はエナメル質であるからか、人や獣とちがい皮膚の一部である硬い鱗がある竜はツメではなくウロコが発達し爪の役目を果たしているらしかった。
「くあ、飯にするか」
鱗を剥ぎ皮を引きちぎるようにして剥がした討伐者は、露出した肉にかぶりついた。
内臓が一番美味いのだが、己以外の全ての生き物がエサにされている化け物であり、幾人もの旅人や商人がこの付近で姿を消している以上中身をどうにかしてからでなければ口にしたくもなかった。
幸いヘビのようにエサは丸呑みにしていたようだから、おそらく胃液はかなりの強酸であると考えられた。
例えドラゴンの生命活動が停止していたとしても、馬ほどの生き物くらいなら胃酸が溶かしてくれるはずだ。
例え死骸であろうと、ドラゴンに生き物が近寄らないならば討伐者のいるそここそが最強のセーフゾーンである。
竜の肉を噛み締めながら討伐者は崖の下に広がる緑の大地を見下ろした。
人が作り出した道を闊歩するのは、地球では絶滅した恐竜のような生き物が群れをなして進んでいく。
あのまま街道を進めば街に被害が出るかも知れないが、この世界のニンゲンがどうなろうと、討伐者の知った事ではない。
自らの“平和”のために、討伐者から穏やかな日常と世界を奪った憎き存在。
見た目は地球の人間とかわらないが、ミジンコやバクテリアや猿ではなく世界最初に生まれたと言うニンゲン。
呼び出したのは一部のニンゲンだが、古から異世界から勇者を召喚し生き残り続けたニンゲンどうしようもなく歪な生き物であった。
異世界から人を奪う略奪者にして、努力を忘れた堕落したクズ。
一緒に召還された友達は既に失われて久しい。
世界唯一の聖剣手に世界中を奔走したが、最初から守ろうとしていたモノに裏切られていた彼の死に様は凄惨そのもの。
掠り傷一つで魔王を死に至らしめたオリハルコンと呼ばれる金属で作られた聖剣の正体は、高濃度の放射線を垂れ流しにするプルトニウムだった。
悲しそうなフリをしながら報告しに来た王女が彼の意志を次いでくれと、友人の婚約者気取りの女がオレの胸に飛び込んできた。
その時から激しい憎しみのおかげでニンゲンを仲間と認める事が永遠に失われた。
寝汚く蔓延るニンゲン。ニンゲンこそ化け物を超えた更なる化け物である。
▼
なんて言う劇を帰りに見てしまいました。
乱闘騒ぎはギルド施設内では御法度であるが、とりあえずウチは無罪放免。
天井板がクルクル看板みたいに回転し続けたマイトは放置ないと更に新たな危険が訪れるらしい。
放置しといたら支点になってる場所ハゲそうだけど、アランに「マイトの髪と命どちらが大事だ?」なんて真剣な顔で尋ねられた。
そこまで重大な被害あるんですか?
で現状では、二次被害を抑えられるのがオンナの人膝枕だけらしい。
ライズが美女や美少女に介抱されたい人が羨ましがる“英雄体質”とか言ってましたガ、なんなんですかね。
王都にいた受付嬢さんは、膝枕して介抱してたって話してたけども、いくら心配てもギルドの真ん中で膝枕はやりたくないよ。
私はだけどな、受付嬢さん年上としての庇護欲に精神をやられたか、お持ち帰りしたかったのかな…。
そんなマイトの自力での回復を見守っていたのは事務所の人からもしっかり見えていたらしい。
介抱はなんというか無理でした。
膝枕は床座らなきゃならないし、年上の男の頭を触るに強い抵抗を感じた。
元男とは言え女だが、これでも男だったから、年上の男の頭を膝に乗せるとか無理。
それに、頭の襟足とかチクチクしそうな感じもするしね。
ああ、今カーゴパンツだから刺さりはしないんだろうけど、膝枕ダメ絶対!
あ、さっきみたいな劇はギルド近くの路上で時折演じられているんだけど、討伐者は実在の人物で、ギルド設立の原因でもあると言われているらしい。
ギルドが設立される前の話らしいけどね。
今は、異世界から転生したと言い張る人はいても、冒険者がいるから異世界召還はされていないらしいです。