サランの興味と仲間
冒険者の朝は早い。
毎朝七時、教会が同じ時間に大鐘楼の鐘を鳴らしてくれて町が動き出すのだが、冒険者は夜も明けぬ黎明時には身支度を終えて冒険に出かけるのが一般的だ。
そうして、今日も朝を知らせる教会の鐘の音で目を覚ました。
いや、色々あるんだ。
冒険者だからって、夜明け前から動くとは限らないって事ね。
「んむ~、まだ寝てるね」
キシキシとハシゴを降りていくと二人が大の字になって寝ていた。
まだ、モスキートが出てきてないから二人とも上半身裸で寝ているね。
澱んだ溝が少ないけど、壊れたバケツの水とかからでもボウフラが発生するから、ガラクタの放置には注意だね。
あ、でも二人ともよく鍛えられているらしくて、筋肉にメリハリがあるのがわかる。
マッチョではないんだけど逞しくて羨ましいよ。
階段を降りて一階の風呂場で顔を洗う。
いつも長い髪を布で真っ直ぐ束ね服の中にしまってから寝ているので、髪に寝癖という寝癖はない。
それから、朝食に昨日塩ゆでしたウサギのモモをパンに挟んで食べる。
昨日風呂から出て来た二人に二匹じゃ足りないからと、出来上がった雪平鍋の中身は消費、追加で寸胴鍋で大量に作ったんだよ。
売れないのは食べる事にしたから、しばらく外食もないかもね。
塩煮だけじゃ味気ないから今日は香辛料の買い物する予定。シチューを作る材料を買いこんどこうかと思うんだ。
小麦粉とジャガイモとタマネギは長期保存が効くから大量にストックしてもいいし、牛乳と人参だけはダメになるから必要な時に買い物に行く。
バターは、ライズに氷結魔法でも頼んで保存しとこうか。
「…サランおはよう」
「おはよ、元気ないね」
階段から降りてきた、飲みすぎて二日酔いの人が挨拶をしてきた。
酒は大好きだが、酒は強く体質なので、親がそうしたようにいつか自分の体に合う酒を見つけるまで一本づつ試していくんだ。
いや、それは飲みなれば強くなるってアレじゃないかな?
ライズは、顔を洗ってから口も聞かないで頭を抱えて居間の壁にもたれている。
「殺してください…」
ど ん だ け~
「サラン、町の女の子みたいに介抱して…」
「水でも飲んどくさ」
たまにろくでもない事をのたまうようになり、そのうちライズはピクリともうごかなくなった。
接客で女らしさを磨いた身ではあるが、二日酔いの前で披露する必要はないよね。
閉店直前に、飲みすぎた人をマスターが店の外に放り出す変わった“介抱”の仕方なら手伝った覚えがあるが、それは望んでないだろし、好きで二日酔いに挑んだ強者ライズを介抱して何になるのさ。
「…それにしても起きてこないね」
「いたいのいたいのとんでけ、いたいのいたいのとんでけetc」
ライズが二日酔いで返事もしないし、二日酔いに効く“呪文”とやらを唱え続ける姿は哀愁を誘う。
▼
気が付いたらテーブルで二度寝してた。
十時くらいか物音で目を覚ますと、ライズは正面で薄目を開いて横になっていた。
一瞬ホトケさんになられたかと思ったわ。
「悪い寝過ごした」
「おはよう。お前何をしてる」
「…っごぼっ!?」
マイトとそれからキッチリ服を着たアランが起きてきた。
風呂場に向かう最中、横になっていたライズにマイトは冷たい視線を落とし、アランは通りすがりにライズの鳩尾付近に蹴りを入れていった。
「服の隙間を狙うな馬鹿者」
ライズに向かってチッと舌打ちしていきました。
…あ、ライズが床にテンペスト。
「…《クリア(浄化っぽい)》」
身を起こしたライズは魔法で周りを掃除した。
服についた魔物の血を落とせたりして便利な魔法だけど、ゲ□も消せるんだ?
「その魔法があれば、トイレの汲み取り要らないんじゃない?」
わざわざ集めて堆肥にしなくても消えちゃうなら魔法で済みそうだよね。
「…いやね。この魔法って対象を分解して気化しているらしいから、多分まだそのあたりにフヨフヨしてるハズ」
「死んじまえバカーっ!!」
「死ねとまでっ!?」
急いでドアを開けて外に避難。
前言撤回、便利じゃなくてその魔法最悪だ!!
「知らなきゃ、気化した下呂を空気と一緒に吸い込まされてたなんて、最悪通り越して極悪じゃないかっ!!」
「あの、大丈夫だから!?もともとは体内の毒素を分解する魔法で完全に無害化されてるって話しだから!」
ライズがあわてた様子で外に逃げたオレを追って出て来た。
「聞いただけで汚いわっ!」
この状況への反応は多分普通だと思う。
べんべー!べんべー!!
「いや、本当に大丈夫だから!?」
ライズが手を伸ばしてきたが平手打ちで払い落とす。
「寄るな触るな!ゲ□と姑との同居は遠慮させてもらいます!!液体なら見慣れてるけどとりあえず換気してからじゃないと中に戻らない!」
「ここにきて、まさかの反応!?」
ライズが頭を抱えているが“パンの染み込みショコラティエ”ならぬ“服に染み込みゲ□ラティエ”は嫌だ!
「べんべーべんべー!」
両の人差し指を交差して田舎に伝わるバイキン防御の儀式魔法を唱える。
子供達が、肥溜めに落ちた子供に対し数日間出会い頭に行う儀式です。
イジメかと思われるが、田舎で病気になると薬なんかないからそうなるのも仕方ないさ。
落ちた奴は、肥えをノンじゃったりして、だいたい翌日には寝込むからね。
腹下したり熱出したり症状色々で、べんべー(便平)はある意味快気祝いみたいなもんさ。
因みに、便所に入ってる時間が長い奴もやられます。
ライズには、今後でのゲ□処理を絶対しないと約束させたけど、当然の話でしょっ?
―でしょっ?
▼
いざ鍛冶蔵街へ。
でも、鍛冶屋を目指して出かけたんだけど、結局件の名鍛冶師さんの名前を忘れる事案発生。
店の名前も同様だが、場所は覚えてるらしい。
「それじゃ、テキトーに見て回ろうか」
「そうするか」
歩き出したアランとマイトの背中をついて行く。
「シンガリはまかせろー」
ライズはオレの後ろ。
横じゃないのは、別にオレがどうこうじゃなくて、横より殿のが何かと都合がいいそうだ。
アタッカー二人に投擲のオレ魔法の後衛の順番。
このありがちな戦闘フォーメーションで今から行くのは冒険じゃなくて買い物だぞー。
もしかしてだけど、鍛冶屋にラスボス居るんじゃないか?
「サランは余所見しなーい」
さり気なくライズの横に配置換えしようとしたら怒られた。
「そんなに殿がいいの?」
「殿というより、お守りかな?」
誰のよ?
「後ろに誰かいないとマイトが巻き込まれたりするから必要なんだよ」
「……そっか」
街を歩くだけで、マイトは一体なにに巻き込まれると言うのか、意味も分からないまま道を進む。
マイトへ体当たりしようとして無音で遠くへ弾かれた子供や、オッサン続出。
スリとか掻っ払いの類らしいが、その場に固定され何かを無言で喚いている。
《ウォール》《サイレント》《スタン》をかけるための配置とは恐れ入った。
「大変だね」
「王都と違って貴族なんかが混じってないから楽なもんだよ?」
貴族は掻っ払いとかじゃなくてお家騒動みたいな訳ありが混じってたりで、大変なんだとかかんとか…。
「あそこジャガイモ安い」
「買おう、ライズ魔法袋を頼む」
「うい!」
そんな感じで、気の向くままにコンテナ買いしてゆく二人に戦慄する。
コンテナとは、荷積みに使われる一メートル四方の木の箱なんだけど、それごと買い取ってる…。
最後は解体されて薪になるくらいだし、金を出して買い取るようなもんじゃないよ?
まとめ買いで安くしてはもらってるけど特に値切らないあたり、やっぱりこっちの人と王都では感覚が違うのかな?
それにしても、ライズの魔法袋入りすぎじゃありませんか?
袋の口がコンテナ入るほど広くないんだけど、突っかかりなくスッポンスッポン入ってくのが不思議で仕方ない。
「家具がテーブルと椅子しかないからあの箱を家具代わりにするんだって」
テーブルはマイルズさんが置いてったらしき作業台だね。
ちゃぶ台みたいので妙に、背の低い椅子がセットで置かれてたけど、客に勧めると嫌がらせくらいにはなる程度の奴。
もしくは巨人ゴッコセット。
うん、普通に使いづらいからベタに床に座る方が楽。
あれか、マイルズさん凄腕で有名だったし、厄介な依頼者や客がきたときに使ってたりしてたんだろか?
それはともかく、鍛冶屋さんは市場にはないと思う。
「いや、鍛冶屋じゃなくて流れの武器商人さがしてるんだけど」
王都じゃ露天に掘り出し物が出てたりするから、市場を見てから鍛冶屋に行く予定らしい。
でも田舎だと、そんな奇特な武器商人はやたらいないと思うよ?
外の街道に野党とか出来ちゃうから武器の扱う店も制限されてるもの。
「そうなんだ?それでもギルドで腕のいい店を聞いて来てあるからいいよ」
「それが確実だろうが、市場も見るものもない訳ではないからな」
結局行くんだ?
「食料は買えたしそうしようか」
…とりあえず、オレの頭ではシチューしか出来ない大量のお買い物が終わりました。
「はあぁ、あの壷は良い壷だぁぁ!?」
「バカ辞めろ訴えられるぞ」
「ライズ、瀬戸物は潰すしかないから辞めておけ」
途中、真っ黒な壷にライズが心奪われたりしながら、ギルドで聞いたと言う腕のいい職人さんの店に向かう。
ついた店は小さかった、店員らしき人が黙って此方をみているだけで返事もない。
鎚を振り回す野太い腕には無数の火傷の後。
厳めしい目つきでみているが、よく見ると意外に可愛らしい顔立ちのドワーフの女の人だった。
「…いや、新鋭の凄腕だとは聞いてたがコレほどとはな」
「独立してまだ半年だって聞いたから期待してなかったけどこれはなかなか…」
店頭にならんだ刀剣類を眺める二人から感嘆の声が漏れている。
「オレにはドレも同じに見えるんだけど」
「あぁ、どれも同じ人が作ったからじゃないかな」
「…安い品すら、仕上がりにムラがない素晴らしい仕上がりだ」
よくわかんないけどアタッカー二人は絶賛してるよ?
よくわからんから、ナイフのあたりを適当にフラフラしてたら不意に後ろから声をかけられた。
「お嬢さん、なかなかいい腕してるね」
「そおですか。ありがとうございます」
ドワーフさんがいつの間にか後ろに来ていて話しかけてきた。
「謙遜しなくていい、腕のいい投擲屋って奴はただの石でことが済むから武器にそこまで頼らないもんさ」
フフと微笑むドワーフさんだが、一つだけわかった事がある。
―この人の目は確実に節穴だ。
投擲屋なんて専門家じゃないし信用しちゃならん。
「所詮は、なくなる前提の武器だからね。頑丈さだけならこれオススメだよ」
床に置かれた箱の中から、菱形に持ち手のついたクナイを十本出してくれた。
そう言えば、ドワーフって背が小さいんだよ。
似たような箱が床にいくつも積まれてるけど、脚立の代わりとかにしてるんだろか?
「全部鋼だからすり減っても大丈夫なんだけど、飾りが全くないからなかなか人気がでなくてね」
普通はどんな武器でも柄や鍔の装飾に拘るから、ここまで無骨な造りだと売れにくいのだそうだ。
「そこらの安物みたいな鋳造じゃなくて、一本一本丁寧に鍛造してあるけど、在庫の理由で一本五百Gからで構わないよ」
十本でも五千Gか確かに安い、安過ぎて逆に怪しいんですけど?
「百本かうなら4万Gでも構わないよ。なに、仕事の手慰みに作ってたら倉庫が困った事になっちゃったのよ」
可愛らしく笑ってますが、アナタどんだけ作り置きしたんですか。
まさか床にある箱全部ソレじゃないですよね?
「ほう、流石職人だ。俺達にも使えそうなら二ダース貰えるか?」
「的に中たるかは保証しないけど、投げるだけなら誰でも問題ないわ。投擲の経験なかったら練習用に更に一ダースどう?」
「そうか、なら練習用には刃を潰した奴を頼む」
「わっかりました。サービスで的藁もつけとくわ。まいどありー!」
しかも、アランに大人買いされとる。
「これで、みんなで夜遊べるな」
しかも、的当てで遊ぶ目的だったから尚更不安が煽られるわ。
「お金あるのか?」
いや、マジな話心配になる。
「魔族討伐の口止め料が入ってるからお裾分けだ」
…なるほど、関係者に口止め料として払われたからオレには何にも入らなかったんだね。
「性別が変わるなんてナイーブな問題だからな、当分私たちで面倒を見ると話したら向こうから増額してきた」
そのかわり、後の面倒は任されたと。
「そんならいいけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。後々王都に帰る事になるだろうが、それも一月や二月では目的は果たせないし、夜寝るだけなのもつまらんからな」
依頼の数をこなし今のDランクからBまでランクを上げたいんだって、王都だとランクを上げる試験も、数ヶ月単位で待たされるから田舎に来たそうだ。
…王都どんだけ冒険者が居るんだよ。
なに、東西三キロの城塞都市に住人だけで10万人?どんな住宅状況なんですか?
サンデックは一キロ四方壁があるの小型都市だけど、一万人でも割と余裕があるらしい。
( ̄人 ̄)もちつもたれつ