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【序】少年よ大志を抱け

どうも薫る柚茶です。アナタのしる薫る柚茶と同一人物ですが、ログイン失敗し新規登録されました。


どくだみは当分手をはなし今スキの完走を目指します。


サラマンドラ王国の辺境の城塞都市サンデックにて物語は始まる。


地方都市と呼ばれる中でも特に田舎と評されるサンデックだが、土と煉瓦の壁に囲まれた内側では、一万を超える人間が比較的豊かな暮らしをしている。


市場や店が立ち並び賑わいをみせる大通りは雑多で、華やかさこそないものの日が暮れるまで人通りが途切れる事はなく、都会から来た者もサンデックの街を歩く人の多さに驚くのだという。


環境であっても、大通りから外れた裏通りや人気のない地域に入ってしまうと、一転し治安が悪くなるのも世の常である。しかし、そんな近隣の住民しか知らないような細い路地にも慎ましく営業する食堂があり、周りの静けさと裏腹にその一角だけ賑々しい喧噪を発していた。


「サラちゃーん、ナッツちょうだい」


「はいはーい」


トレイに料理や酒を載せてカウンターと客席の往復を繰り返す小さな少女。


食堂“穴熊アナグマ”の看板娘と評判の赤金色の髪をした娘“サラ”は、男衆から注文やセクハラ紛いの声をかけられたりしながら配膳してゆく。

そこに少女特有の柔らかさはなく、少年のような切れのあるキビキビとした所作で迫り来るオッサン達の手をかわしながら通路を所狭しと歩き回る。


「おおい!こっちに干し芋追加してくれ」

「ついでに、おれん所に焼き魚もたのまー」

「はーい了解でーす。マスター干し芋と焼き魚お願いします」


オジサンの集団から声をかけられ、カウンターで料理をしている店主“マスタ”に注文を伝える。


白いYシャツに黄色いエプロンがこの店の制服なのだ。

毎日鍋を振るうマスタの腕は、店内にいるどの冒険者の腕より遥かに太く逞しい。


少女が給仕をするにはやや治安が悪い立地だが、都会の酒場ならまだしも、こんな田舎の食堂で酒を飲む男なんてのはジャガイモかナスくらいしか違わないと荒くれ者が集う食堂に毎日バイトに通ってきている。


「サラちゃん!嫁にきてくれ!」


「やだっ!!」


本日も食堂は平日運転であった。


少女が通り過ぎた後、エールを片手にスプーンを口に運んでいた男は疑問を口にする。


「なあ、今日のシチューなんだけどよ、やけに量が少なく感じないか?」


「エールのつまみにシチューを選択したお前の頭がおかしいんだと思うぜ?」


「でも、コの組み合わせ美味いと思うんだけどよ?」


甘い酒で流し込まれるシチューなんてのは、ほぼ酒の味しかしないだろうと、周りで聞いていたほとんどのものが思った。



「俺はやりたいと思わねーよ。文句があるならサラちゃんかマスターに言えよ」


「サラちゃんに言えかよ。そんなんで難癖つけたら二度と穴熊にこれなくなっちまうだろ」


「日が落ちてから来ても、オレらみたいな冒険者に暖かいもんだしてくれんのここくらいのもんだしな」


「腹好かして寝るのはツレーからな」

「足りねーならなんか頼めよ」


「サラちゃん、シチューだけじゃ足んねーから、黒パンとジャーキーも持ってきてくれー」


「はーい、ただいまー」





「サラ手が空いてきたみたいだから今のうちに飯食べとけ」


「ありがとうマスター」


カウンターにトレイを置いて“オレ”は、厨房に足を踏み入れた。

ここのシチューは美味いのでウキウキしながら大鍋を覗き込むと結構な量が残されていた。


「あれ、今日はシチューたくさん余ってるけど注文少なかったですっけ?」


注文の数を思い出しながらマスターに聞いてみると


「いつも食いに来る奴しかいねーし、今日は酒飲みばっかしか来てねえからこんなもんだ。残り全部食っても誰も怒んないぞ」


「マジすか?いただきます」


大皿で二三杯くらいありそうだったが、昼から働きづめだったのでペロリと平らげてしまった。


「マスター御馳走様でした」


両手を合わせマスターに例を言う。


「どうせ今の時期は、残しても腐らせるだけだから気にせずくってくれりゃいいんだよ」


でも、食べさせてくれるマスターへの感謝の言葉は止められないです。


「うまかったです」


「ははっ、なら本業の仕事やって客としてたまにはこいよ」



「冒険者っつーよりオレ冒険の稼ぎじゃ飯くえないんだもん」


「…まぁ、そうなんだろうけどな」


マスタの視線の先には、酒飲みたちがいるが、ほとんどがボロボロの装備着けていて、とても景気が良さそうには見えなかった。


景気云々でなくとも、流れの冒険者や駆け出しのパーティーが三日ぶりの飯だと泣きながら大通りの食堂で高い飯を食べているのはよくある光景で、この店に来るベテラン冒険者の装備が一新されるほど景気が良くなるとは誰も思ってはいないようだった。


綺麗な鎧をつけた駆け出しほど食べ物や身の回りの物のの値段に見栄を張りたがるのだが、穴熊に来る冒険者は、誰も彼も古くなった装備を修繕しながら大事に使って生きてきた文字通りのベテランばかりだ。


そうした生き方を羨ましく思うもオレには出来ない生き方がそこにあった。


オレの本名はサランというのだが、故郷の村を出て冒険者になったのが一年ほど前、その時に無理をして皮鎧と片手剣を買って冒険者になったつもりだった。


まぁ、物心ついた頃から家を出なくちゃならないとわかっていたから、ギリギリ買えるだけの金を貯めることが出来た。

装備が命を助けてくれると聞いたため買った装備だったのだけど、如何せん下手くそが安物を扱っていたために、何回かの戦闘でボロボロになって使い物にならなくなってしまった。


鉄でできていた剣だけは壊れなかったから、それが心の支えになったが、冒険者登録から1日一食食べるのが精一杯の生活になり、二束三文で売りに出してしまった。


今は、ゴミ捨て場で偶然拾った的当て遊びに使う投げナイフ数本が手元にあるだけで、冒険者らしい活動などとても出来そうもない。


迷い込んで偶然知った《穴熊》で、マスターが冗談のつもりで「女装したらアルバイトで雇ってやる」と話した時には、本気で困窮していたから、悩む間もなく女装して穴熊で給仕として仕事をさせてもらいに来ていた。


そうやって、なんとか生きのびているのがオレの現実だった。

そもそも、初心者が受けれる依頼というのは少なく、魔物退治なんて依頼はコンビからでないと受けれないものばかりなのだ。


仮に魔物を倒せてもオレでは魔狼一匹まともに運べないし、その場で解体をするのは他の魔物に自らを食べてくれと言っているようなものだ。


だから狼型の魔物を仕留めても、街の近くまで運ぶ必要があるのだが、途中で血の匂いに誘われやってきたゴブリンなど他の魔物に襲われ仕留めた獲物を囮にして街まで逃げ帰った事は数えきれない。


普通は、友達とかと一緒に冒険者になるから分業できるからオレほどの苦労する事はないらしい。


だが、囮を上手く使って逃げる技術だけならば、ここらの冒険者連中の中でも抜きん出ていると自称する。


ーまだ生きてるし。



「この辺りって、稼げる魔物は一杯いるけど、一人で狩れるような魔物なんかいないんだから参っちゃいますねー」


閉店後はいつもマスターと話しをしながら店内の掃き掃除をする。


「最近指名依頼の話しきたんだろ、その流れからパーティーとかに誘われたりとかしれねぇのか?」


「アレは、ホントにたまたまでしたよ。前に珍しい草を前に持ち込んだから話が来ただけで一回キリだけですよ。それにバイト初めてからは、覆面してますからねー。正体不明じゃ誰も声かけてこないですよ」



元々、指名依頼は信頼と実力がある冒険者にしか来ないからね。


オレは冒険者の活動をしても、肉になるようなヒトツノウサギを月に数回しかギルドに持ち込んでないし、小振りのナイフ数本と獣の毛皮を着てるだけの冒険者では同じ境遇の駆け出し冒険者でも、試しに誘う事はないだろう。


「どっちを大事にしてんだ、それじゃ本末転倒じゃねぇか」


「今はバイトが大事です。顔で冒険者は出来ないし就職だって顔じゃできないでしょ?」


「その女顔に立派なヒゲ生えるまでなら面倒みてやるよ。てか、せっかく冒険者になれたんだから簡単に挫折してんじゃねえよ」


「結構な夢みて冒険者になったんですけど、実際に敵対したら昔話の英雄がどんだけ無茶したのかわかりましたよ」


冒険者になる条件は、体内魔力の有無だけだが、一般人で魔力持ちというのはとても少ない。。

オレは簡単な肉体強化の魔法位なら何とか使えるが、魔法使いみたいに放出出来るだけの魔法力はなかった。


「俺はもう冒険者相手の商売くらいしか出来ねえってわかってっから仕方ねぇけど、サランみたいな冒険者が魔物退治してくんねぇと町全体が干上がっちまうんだぞ」


マスターも昔は冒険者に憧れて身体を鍛えた時期があったんだそうで腕周りなんかはベテラン冒険者達と遜色ない見た目をしている。


「そりゃわかってますけど、餌増やす必要ないじゃないですか」


「自分を餌とかお前…」


「自ら危険を冒さないのが一流の冒険者なんでしょ?」


「一流かどうかはともかく、自分から危険な場所に行くのはバカなだけだが、もう少し頑張れよ」


「無理です!」


「即答かよ!」


魔物討伐による流通網の確保は大事だと分かっているが、治安を守る行動をできる力もない。


魔力持ちならそれだけで魔物を倒しやすくなるが、普通の魔物くらいなら一般人でも倒せない訳じゃなくて、マスターも田舎にいた頃に薪割りのオノで狼型の魔物を倒した事があるそうだ。

正直、マスターにも勝てるとは思わない。


オレみたいにソロのまま有名になった冒険者は数多く存在するが、そちら側に行けるのは、鬼のような大男や強靱な肉体に恵まれた男や、高い魔力を持った魔法使いの女性限定という限られた存在である。


冒険者の噂話しで聞くオレの容姿はまんま毛皮の小男で定着してるし、身長も体格も一般的な女性以下。


それでどうして冒険者として堂々と名乗れようか?


この食堂には、ギルドの事務職の人もくるんだけど、冒険者サランの顔は知らないか忘れてるんじゃないかな?かな?


忘れてくれてなかったらエライこっちゃ…。


「それだよ。冒険者やりにきたくせに、今じゃ小銭稼ぎで満足しちゃってんだもんよ」



「冒険者だけだったら今頃骨か糞になってます!小遣い稼ぎな訳ないじゃないですか、バイト始めてからは飯が食えて笑えてるんすから!だいたい客として来てた頃はたまにしか客が居ないような感じだったのに、“サラ”のおかげで今じゃ日が暮れても客足が途絶えないくらい繁盛してるんだからサラだって捨てたもんじゃないじゃないですか」


オレ自身は確実に間違った方向に成長してますが、店にもオッサン達にも悪い事ばかりじゃないと思いますよ。


「確かに、繁盛してるのはお前のおかげでもあるけどよ。俺としちゃ目をかけた冒険者が活躍してくれるほうが店のいい語りぐさになるんだがな?」


―ゴメン無理だ


「黙るなよ…オイ」


言葉には出さずに無言で掃除を続け、その後マスターと幾つか話をしながら作業を終える。

裏手の井戸で化粧を落としてから店内で毛皮に着替えマスターに別れを告げて、今の寝床がある倉庫街へとに歩を進める。


あれだ、まともな借家は高いけど冒険者向けに作られた窓のない倉庫ならギルド経由で安く借りられたから宿賃が尽きてからはそこに身を寄せている。

金のない錬金術師や下働きの子供なんかも倉庫に住み着いていたりするのだが、倉庫に住むほど困窮するような人間はそれほど多くない。


あっと言うまに底に辿り着いてしまったオレは、根本的に冒険者に向いていないらしかった。


◇(寝起き)◇


朝方、ガンガンと倉庫の扉を叩く音で起こされた。スライド式の鉄扉の建て付けが悪く音が響くだけだがあまり気分のいいものではない。


てか寝起きに喧しされて腹が立つ。


「誰だよ喧しい!」


脱いでいた毛皮を頭から被り叫ぶ。

寝起きでやたらカスッカスの声で年寄りみたいな声になってしまった。


ドアを叩いた本人に悪気はなかっただろうが、ボロボロの扉のノックは優しくするべきだと主張したい。


「ここに、森の地形に詳しくて安く冒険者がいるとギルドから聞いてきた者だ」



答えた声の感じから、若い男みたいな印象なんだが安くってなんだよ?



「…森の案内なら高い金出してベテラン冒険者を雇え!誰かと仲良くお散歩できるほど余裕はねえっての!」


ギルド経由の日当で一日中雇ったとしても安いだろうが、冒険者が誰かと一緒となるとこっちの命の保証は全くされてないんだよ。


たとえ相手が誰であれ危ない仕事は断るべきだ。


「当分オレは町から出ねえから他を当たれ」


扉越しに声をかけると粘るわけでもなく扉の前から遠ざかっていった。


怒鳴り散らしたオレもオレだが、返事もなしに帰るとは困ったものだ。


でもまあ、周辺は生臭い匂いもしているし、マトモな神経ならこんな所にいる人間といつまでも話をしていたくないと思うだろう。


これも一応指名依頼に入るのかも知れないが案内役や護衛みたいな同行依頼は受けるたくない。


だいたいの人がオレより強いのだと分かっている。オレが弱いのを目の当たりにされるから受けたくない気持ちが強い。


よし、ひと月は冒険者ギルドにも行かないようにしよう。



そして翌日、オレは変わらずバイトに汗を流す。


「サラちゃん」


「はいはい、今いきまーす」


食堂の常連冒険者マイルズさんの言葉に足を向け。


「サラちゃん、コイツになんか旨いもん食わせてやってくれ」彼の指差す先では、小綺麗な服に身を包んだ少年がそれとわかるほど気落ちしうなだれていた。


年上のこうした姿は、あまり気分のいいもんじゃないですが、どうしたんですかね。


「私のお勧めはいつでもシチューです」


「ああ、温かいもんならそれ食わせてやってくれ。ギルドでみてらんないくらい落ち込んでたからよ」


ピクリとも動かない少年だが、身なりはそれなりに良さそうだし、貴族ではないにしても金持ちのボンボンが街娘に失恋でもしたんだろうか。


「なんか、酷い落ち込みようですね~?ここのシチューは美味しいですよ」


「サラちゃんも毎日あればっかり食べててよく飽きないと思うよ」


「むしろ、みんなが食べないのがおかしいんでーす」


営業スマイルでマイルズに答えてカウンターに移動する。


「マスターシチューをお願いします」


「聞こえたよ、そのままもってってやれ」


カウンターにはシチューの入った木皿とパンが置かれていた。歩いて十歩もない店内とは言え仕事の速さには驚かされる。

なだめすかされる少年の前にシチューを置いて、マイルズからシチューの代金をもらった辺りで他のテーブルから声がかかったのでそのまま仕事を続け、うなだれていた少年の食べ残しされて放置された皿を回収していたら床にいくつも水の落ちたシミが出来ていた。


涙?


なんかあったんだろうかとマスターに聞いてみた所マスターは事情を知らされていたようだ。


「ああ、昨日あいつのパーティーが森で魔族と出くわしたらしくてな、そん時の戦闘でアイツの身代わり大怪我した仲間がいるらしくてな、それを気に病んで飯も食わないからマイルズが連れてきたらしい」


「こんな所に、魔族なんているんですか?」


「聞いた事もねえよ、でも助けに入ったマイルズが見てるんだから間違いねえだろ」


「ふーん?そんなのが居たんじゃ商売あがったりですね」


「…危ないらしいから、当分森にゃ入るなよ」


「バイトが忙しくてたすかりました」


「アホ、草原でも行ってこい」

「………」


「無視すんなっての」


けど、昨日の今日でこうだもん。やっぱりあん時に前向きにならなくてよかったよ。


食べ残しは数口食べてあっただけだったので、こっそり洗い終わったスプーンを探していたらマスターに“汚いから棄てろ”と怒られた。


普段食べ残しなんかないから勿体無いと思ったんだけど、マスター的に食べ残しのつまみ食いはアウトらしい。


いくら女装とわかってても美少女の給仕に食べ残し食べさせるのは外聞が悪いそうだ。


「でも、魔族って強いんですよね?その人が生きてるだけマシとか考えたらいいのにね」

魔族と人族は昔から敵対してるが個の力は魔族の方が圧倒的に強い。


下級魔族なら1人でベテラン組の中堅冒険者パーティーを軽々と相手どる程に強いと言われている。

ただ、先の大戦で個体数が激減し、大陸中央の広大な樹海深くにあるという魔族領からは出て来ていないらしい。

つまり一生を人類圏で過ごす限り、魔族に遭遇する機会はまずないと考えていい。


ドラゴンや魔族と戦うのが冒険者冥利に尽きるとは言うが戦わず生きてられるなら、その方がいい。


「マイルズが言うには死に際にランダムに呪いかける奴らしくてな、トドメはささずに離れた場所で衰弱死するように捕らえさせなきゃならないんだそうだ。

で、倒さないように取り囲んでいたらマイルズ達の隙をついて、奴さんの仲間に大怪我を負わせてさせてまんまと逃げたらしいぜ」


で、あのうなだれていた少年は魔族を殺せたのに躊躇った自分を悔いているのだそうだ。


「大した自信ですよね。オレじゃ逃げれるかも怪しいじゃないですか」


「聖属性持ちらしいからな。マイルズの奴が今代の勇者になるのはアイツなんじゃないかって話してたくらいだから相当強いんだろうな」


「あ~、オレも聖属性らしいのあるけど魔力低いから攻撃はさっぱりですね」


奥義“暗がりでならボンヤリ光る”防御膜くらいですな。


「お前絶対後衛とか支援向きだぞ」


「そんな話した所で、大した魔力がないから意味がないんですよ」


「それもそうか、そうゆう話だったな」


女性ならまだしも男の魔力は破壊面に作用しやすく、他人や物対し付与や回復をするなどの魔法は女性の向けの傾向が高い。


自分に防御膜を付与するのが精一杯の後衛とか仲間にしたいと思う者もあまりいないだろう。


肉体が立派なら楯役くらいにはなれたかもしれないが、そんな恵まれた体はない。


至れり尽くせり、足りないものばかりでだけどね。


「そんなら、とりあえずでも仲間にしてみたいって奴がいたらどうするよ」


「ああ、断りますよ?」


手持ち無沙汰でチリトリにゴミを集めながら即座にマスターに答えてた。


「前の連中で、そうゆうの後の対応も知ってるし、がっかりされるの嫌だから尚更ソロの方がいいです」


同じように行動した相手の期待が蔑み混じりに変わりゆくのなんか見たくない。



それから数日後、穴熊はかつてない静寂に包まれていた。



「今日はもう店じまいにするしかないか」


ランプに火を入れようかと思う頃にパッタリ客足が途絶えてしまったからだろうか、マスターが早々に片付けを始めてしまった。


「なにも魔族がみつかったからって夜間外出くらいしてもいいと思うんだがな」


呪いをバラまく性質からか、廃棄魔族と呼ばれる捻れた角を生やした奴が街の近くで若い冒険者と一戦やらかした一件。


その報告を受けて、街の領主直々に夜間の見回りが強化された。


ベテラン組も自発的に夜間の見回りに参加し、物々しい雰囲気に、一般人も外出を控えているようで。日が落ちる頃には街を歩く人がまばらになっている。

普段なら、日が落ちてから出かける男達がいるのだが、それすらない状況と聞いた。


現領主は老齢で、ベテラン組は若いときの戦争やらで魔族の怖さを知っているから、当時のやり方に従っているらしい。


準戦時状態とかで、大戦中は常にこんな感じだったらしいが、大戦はオレが生まれるよりずっと前の話だし、三十代前半からその下の冒険者とかにもちょっと実感がないと言う。


んで、案の定と言うか若い冒険者が何人かギルドで苦情ついでに騒いだらしいが、ベテラン組に諭されて大人しくなったなんて事があったと食事に来た冒険者に教えられたよ。


「サラも怪しく思われない内にあがっとけ」


「うぃー、むっしゅ」


店から出るときは、いつも毛皮被るんだけど、明るい時間に帰るから久しぶりに被らないで帰る事にした。


冒険者は外回りの警戒してるからそんな時にフラフラと小男サランで歩いていたらナニイワレルかわからない…。


「それじゃまた明日きます」


「おぉ、また頼むが気をつけて帰れよ」


「はーい」


そうして、店から出た所で火事の時くらいにしか鳴らされない半鐘が盛大にならされた。


街の入口近くにある倉庫街の方向からで、後ろから来たベテランの冒険者が風のように駆け抜けていった。


ああ、やっぱり自分とはちがうんだとまざまざと見せつけられる気分だ。


その中には食堂をいきつけにしている者がこちらを見て少し驚いたりしていたが、声をかけていくような暇はなかったようでどんどん先に進んでいってしまった。


どうやら、火事とかではなく魔族が町に入り込んでいるらしいのだが遠目に見たところ変化はないのでそのまま倉庫街に向かう。


倉庫街についた時、入口は兵士と冒険者で封鎖されていた。


毛皮を被ると不審者扱いされそうなので、素顔をさらしたままサラとして冒険者たちに話しかけていいものか迷っていると中から鉄がヒシャゲるような轟音が聞こえてきた。


どうやら迷惑な話しで、倉庫街の中で戦闘をしているようだ。

悲鳴とか叫び声も段々とこの付近に近づいて来ているようだ。


「……ぉいおいおいおい。このままじゃこっち来ちまうんじゃねぇか?」


「ベテラン冒険者のボサノヴァチームが戦ってんだから大丈夫だろ?」


「けどよ、いくらマイルズのおっさんがいても他の奴がってのもあるだろ」


「だとしても、領主様の騎士隊とボサノヴァでだめならオレらが何しても無理じゃねえか」


「そうだけどよ…」


ボサノヴァはマイルズさん率いる冒険者のグループで、街の兵士たちより強い集団だ。


町で一番腕利きの冒険者と、暴徒の鎮圧など対人戦に特化の騎士団や兵士が勝てないなら、この町で誰も魔族を倒せる者がいなくなる。


見張り役の冒険者も弱い人たちじゃないが、確実性を期すために少数精鋭で魔族を追いつめているらしい。


「さっき入ってった若いグループのリーダーが追い詰めたって話しだし大丈夫なんじゃないか?」



「王都から来たばっかって奴らか、そいつら腕利きだったのか?」


「そこまで知らねーよ。後でギルドから怒られっから、あんま無駄話してらんねーだろ」


「わあってるよって、お嬢さんはこんな所ウをロウロしてないで家へ帰んな」


無駄話をしてたから、行けそうな気がして、さりげなく通り抜けようとしてたら呆気なく行く手を阻まれた。


まぁ、無理もないか。


「いえ、私の寝床がそこにみえてるんで…」


「…はぁ?マジかよこんな娘が倉庫街にすんでんの?」


「穴熊の看板娘だろ冗談は勘弁してくれ、戦闘に巻き込まれでもしたら寝覚めが悪い」


通路の真っ正面の小屋を指さしたのだが、シッシッと追い払われた。


「それから騒ぎがおさまっても今夜ははいれねぇだろうから本当だったとしても誰か友達の家にでも泊めてもらいな」


友達なんていないし、今日の寝床ないじゃん。


「…魔族ぜったい許さないチ○コもげて死にやがれ」


キシリと歯をかみならしながら騒ぎの中心である魔族に呪いの言葉を吐き出すと、見張り役の人たちが股関を抑えて後ずさった。


ドスン


そうやって粘っていたら、背後の通路に重たいものが落ちてきた。


「がっ、あっぢっ!糞バケモンが今に見てやがれ」

人を黒く塗りつぶしたようなそれは、砕け煤けた鎧を体からバラバラとはがし取っていく。焼けて赤くなった鎧と、黒く煤けた顔に血走った目がギラギラと怒りに燃えていた。


ーチビった。


幸い、魔族ではなく冒険者だったようだが、焼けた鎧を肌から引き剥がすその人物の尋常ならざる様子に恐怖を覚えて今度はオレが後ずさった。


その音に反応した冒険者の血走った目とオレの目が交差すると、その冒険者は聞き覚えのある声で話しかけてきた。



「…なんでサラちゃんがこんな場所にいるんだ!?」


「マイルズさんです…か?」


「おぉクソ折れてやがる、悪いみっともない所みせちまったな」



とか言いながら、火傷した皮膚が剥がれた体にポーションをぶちまけ、折れてしまったらしい足には自ら治癒魔法をかけ始めた。


…みっともないとかなんとかよりその表情との落差が恐ろしい。


「お前ら、見張り役は兵士に任せとけ、サラちゃん連れてギルドまで伝令頼めるか?」


「構いませんが、ギルドにはなんて伝えるんすか?」


「おう、“やっぱ無理だった”て伝えてくれやっ!早く行けギルマスのじじい呼んでこい頼んだぞ!!」


言うがはやいかマイルズさんは、呆然とする見張り役の兵士たちの横を、装備もつけずに駆け抜けていった。


「無理“だった”なんのじょうだんだ?」


ドン


そして、一際大きい音が辺りに響いた。


しばらくして、伽藍堂になった胴体からボタボタと血をたれ流し異形が奥から歩いてきた。



(ー人ー )多謝

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