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寿命

作者: アザラシ

 幽霊もお化けも出て来ないので、あまりホラーではない気がします。

 ああ、まったくついてないなぁ。友達の家からの帰り道で事故に遭っちゃうなんて。

 自転車とぶつかっただけだから大した怪我じゃないらしいけど、数日間入院することになった。


 学校休めるから、入院するのは別に良いんだけど・・・とても暇。

 ぶつかった拍子にスマホは壊れちゃうし、病院に置いてある本はみんなつまんないし。テレビだって、いつも子供用の教養番組かニュースしかないし・・・。

 ああ暇。暇過ぎて死ぬ。誰か助けて。


 しゃあない、お母さんに頼んでみるか・・・。こんなにも病院が暇なところだとは思わんかった。

 と、言う訳で、仕事帰りにお見舞いに来てくれた母に、「スマホ頂戴!」と頼んでみたら。


「あんた、なんで病院にいるか分かってんの!? スマホいじって自転車にぶつかっておいて・・・。 スマホは、これからしばらく禁止です!」


 と、一掃された。


「そんな殺生な!?」


 友達のメール、ファッション情報、ゲームのアプリは!?

 それがなくなったら、私、生きていけないよ!?

 それに、私からスマホを奪ったら、美貌しか残らないじゃん!


 ああ神様、私にお慈悲を・・・と、何かの悟りに目覚めそうになったところで、私はあることに気がついた。


 ーーーお母さんの頭の上に、数字がある。

 デジタル時計のような文字が、頭上に三つ。『042』、と。


「お母さん、その頭の上の文字、何?」


 さすがにおかしいでしょ。おでこに書いてあるならまだしも、本当に頭の上にあるんだもん。

 しかも、よくよくみたら、お母さんだけでなく、周りにいる人全員についてるし。


 しかし、お母さんの反応は。


「何言ってんの、この子は」


 ですよねえ。でもあるんですよ。


「だってほら。 鏡見てみてよ」


 そう言って、私はお母さんに手鏡を渡す。

 しかし、お母さんは鏡を覗いてもなにも見えないのか、「そんな後遺症があるんなら、未来永劫スマホは無しね」と冷たく言い放った。


 顔がサアッと青くなっていくのがわかった。




 私にとって死刑にも等しい宣告をされてから数時間後。私は病院の廊下を歩いていた。

 ヤバいヤバいヤバい。考えろ考えろ考えろ。なんとかしてお母さんにスマホを貰うのだ。

 だってスマホないと私死んじゃうし。何もできないし。


 病院から出られるなら、中古ショップとかで買うこともできるんだけど・・・。さすがに病院から逃走するわけにもいかないし、受信料は家に来るし。

 お父さんなら買ってくれるかもしれないけど、我が家の財布を握ってるのはお母さんだし・・・。

 一人では到底、解決できそうに無い。


 どうする?どうしよう。どうしようもない。でもどうにかするしかない・・・。


 相変わらず人の頭の上に出た数字は消えない。

 ああもう081でも028でも知ったこっちゃないよ!!

 見た感じ、若い人の方が数値が大きい気がするけど・・・。あ、あのおじいちゃん数字が000だ。

 って、それどころじゃねええええええ!!


 一人悶々と考えに考え、結局何の案も出ないまま、私はトイレの近くにやってきた。

 うう、どうしようどうしようどうしよう。

 とうとう絶望の奥に落ちそうになった私に、それは起こった。

 トイレの入口近くで唸る私の隣で、いきなり隣にあった公衆電話が鳴り出したのだ。


 リリリリリリリリッ!! リリリリリリリリッ!!


 何々何事!?普通、公衆電話って、こちらから電話かけないとならないよね!?

 なんで鳴ってるのかは知らないけど・・・取った方が良いのかな?

 普通はありえそうに無いことだし、何か重要なことなのかも。

 私は受話器に手をかけた。


「おめでとうございます。 あなたは特別な能力を手に入れました!」


 ・・・は?

 受話器を耳に当てた途端流れ出した中性的で機械的な音声に、私はすこぶる驚いた。

 特別な能力?何か廚二病的な?


「あなたは、人の寿命が見えるようになりました。 頭上の数字がその人の寿命です」


 驚いている私を置いて、その声は淡々と説明を続ける。


「でも、日数は見えません。 数値で見えるのは年単位の寿命だけです」


「は、はぁ・・・」


「ご自分の寿命も見えるはずですよ」


 曖昧に答える私に、その声は答える。

 なるほど、たしかに手鏡で見てみたら、私の寿命は100と出ている。


「あなたの寿命は、他人に渡すことができます。 ただし、これも年単位です。 ちょっと願うと、あなたの寿命はその人に受け渡されます」


「へ、へぇ・・・」


「それでは、さようなら」


 そう言って、電話は切れた。


 ふーん、他人の寿命を伸ばすこともできるのね・・・。でも、代わりに私の寿命が削られるんでしょ?そんなの嫌です。

 私は精一杯長生きして死にます。誰にも渡しません。


 ああ、それよりも携帯だよ!!スマホだよ!!!

 とりあえず、今度お母さんに、隙をみて聞いてみよう・・・。




 その声が言っていた通り、さっき見た、数字が000だったおじいちゃんは、その日の内に亡くなった。

 その後も数字が000の人から亡くなっていったけど・・・私はそれをただ見てるだけ。

 罪悪感が無いとは言わないけど、それでも私の寿命が削られるのは嫌だなぁ・・・。


 スマホは相変わらずもらえないし・・・。そろそろ死にそう。

 数字が000の人のことより、自分のことを心配しないと、死んじゃうよ・・・。




 そして、退院を明日に控えたある日のこと。

 私より小さい、幼稚園くらいの女の子が私の部屋にやってきた。

 その子の数字は000だった。


 この子、今日死ぬんだな・・・。でも、私もそろそろ死にそうだから、同情できないよ・・・。

 よろしくお願いします、と言うお母さん。その手には、水色のスマホ。いいなぁ・・・。

 さすがに、この人に「この子、今日死ぬよ」って言ったら怒られるよね・・・って、そうだ!良いこと思いついた!


 その女の子が部屋を出て行った時、私はその子のお母さんに言った。


「あの子、今日死ぬよ」


「えっ・・・?」


 まあ、普通はうろたえますよね。他人にそんなこと言われたら。

 でも、私は構わずに続ける。


「私なら、あの子が死ぬのを助けられるよ。 そのスマホをくれたらだけど」


 これが私の作戦。もし娘が大事なら承諾するはずでしょ。


「な・・・何言ってるの! そんな話、信じられないわ!!」


 まあ、最初はそうだろうね。でも、あの子が今日死ぬのは確か。緊急事態になったら嫌でも動くよね?

 その子の母親がこちらを睨んで後ろを振り返った時、丁度看護師と思われる人が慌てた様子で入ってきた。


「大変です! お子さんの容態が・・・非常に悪化しています!」


「え!?」


 ほらきた。やっぱり私の予言は当たるのよ。


「まさか・・・本当なの?」


 母親がゆっくりこちらを振り返る。その顔は蒼白だった。

 まあ、1分前まで信じられなかったことが今実際に起こってるんだもんね。しょうがないよ。

 私は表情一つ変えずに答えてやった。


「そうだよ。 そのスマホをくれたら助けてあげる」


 さあ、もう選択肢はないよね。


「だったら助けて! スマホでもなんでもあげるから!!」


 そう言うや否や、その母親は私にスマホを押し付けて来た。

 ちょっ、痛い痛い!もう少し優しく渡してくれませんかね。


 でもまあ良いや。貰ったからにはちゃんと寿命を伸ばしてやらないとね。

 さて、いくら渡そうか・・・一年でいっか!


 それで、渡すには・・・そうだ、軽く祈れば良いんだよね。

 じゃあ、あの子に、私の寿命を一年・・・。


「ねえ、あの子はこれで大丈夫なの!?」


 母親が必死に聞いてくる。

 まあ・・・できたんじゃないかな?


 すると、確証が無い私に胡散臭そうな目を向ける母親の後ろのドアがまた開き、今度は安心した様子の看護師が入って来た。


「お子さんの容態が治りました! 奇跡です!!」


「ほ、本当ですか!?」


 そう言うと、母親はその看護師と一緒に部屋から出て行った。

 まったく、助けてやったのは私なんだから、お礼くらい言いなさいよね。

 スマホ貰えたからまあ良いけどさ。


 ともかく、これで私の生活はまた彩りで溢れるわ!

 さっそく何しようかな。ゲームのアプリ入れても良いし、電話帳に友達を登録しても良いな。


 そんなことを考えていた私の元に、また電話がかかってきた。スマホからだ。

 この母親の知り合いからだろうか?でも、一応出るか・・・変な奴だったら切れば良い。


 私はなれた手つきでスマホを耳に当てた。


「あなたの寿命は無くなりました」


 耳にあてるや否や聞こえた声。紛れもなく、あの時公衆電話で話した時の声だ。

 それは良いんだけど・・・この声は今なんて言った?寿命が無くなった?


「ああ、それね・・・私、一年しか渡してないんだよね」


 私の寿命の残りはあと099年のはずだよ?


「いえ、あなたの寿命は最初から001だったはずですが」


 え?


「ああ、鏡で見たので勘違いしちゃいましたか?」


 え?


「鏡で見る風景は左右が反対になるーーー常識ですよね」


 え?

 私は手鏡をポケットから引っ張りだし、自分の頭上を見る。

 そこにあるのはーーー000という数字。


「それでは、さようなら」


 プツッという音がして通話が終了する。

 私は鈍い痛みを頭に感じつつ、床に崩れ落ちていった。

 デジタル時計の数字の001は、鏡で見たら100に見えるよねって話です。

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