乙ゲーよりお昼寝が大事です②
こんにちは、たまです。
本当の名前は木下珠子ですが、先生にもたまとしか呼ばれない私です。
担任のせんせーも、名前を覚えているか微妙な所です。
酷い話ですねえ。もう四年も付き合いがあるっていうのに。
…まあそれは置いといて。
"物語"の始まりである入学式から、一ヶ月が過ぎました。
その間にも"ヒロイン"さんはせっせとイベントを起こしていたようです。
とは言っても、本来起こる筈のイベントの半分にも満たないようですが。
ポチなんて出会いイベントから壮大にフラグをへし折って、それから一度も会っていないそうですし、辰樹先輩は再来週に控えた体育祭の準備で大忙しみたいで、こちらも"ヒロイン"さんとは接触していないとの事。
その他の"攻略対象"も、一部を除き素気ない態度で接しているようです。
一部というのは、ポチから事情を聞いていない人達とそれから校外の"攻略対象"さんです。
つまり"ヒロイン"さんは現状起こせるイベントを全てこなしているんですねえ。
凄い運、なのかそれとも…。
"ヒロイン"さんが"転生者"なのか、それともただのヒロイン属性を持った"普通"の女の子なのか。
今はまだ様子見、というところなのです。
と、偉ぶってみましたが難しい事は全部ポチに丸投げですよ、はい 。
だって私関係ないですしぃー。
体育祭の準備忙しいですしぃー。
中間テストもそろそろですしぃー。
春は眠くてやる気出ませんしぃー。
え、語尾がうざい?
それは失礼しました。
こんな事言ってるってお母さんに聞かれたら怒られてしまうので、どうか内密に…!
さて、こんなお馬鹿さんな事やってないで。
皆さん、五月十日が何の日かご存知ですか?
そう、後藤さんの日…嘘です、うちの寮がご馳走の日です。
しょぼ!って思いました?
でも、うちの…というより私の住む寮はなんと寮母さんがいません。
そもそも我等が聖肖学園は全寮制でして、全部で五つの寮に全生徒と先生が暮らしています。
一般生徒の住む常磐と卯花、特待生の住む烏羽、先生達の住む真朱、それから各学年の成績優秀者三名ずつだけが住む事を許される金糸雀の五つ。
私はまあ成績も優秀なので金糸雀に住んでいるのですが 、今年の金糸雀寮生は各学年三位までの九人と、寮監の先生が二人の十一人なのです。
少人数なので勿体無いという本音と、早めの自立と協調性を促すという建前の元、料理から何から自分達で行う生活を余儀なくされています
そのおかげで皆仲はいいんですけどね。
閑話休題。
金糸雀寮の食費は、寮内にある専用口座に毎月振り込まれます。
それを生徒会会計も務めている先輩監視の元、三食きっちりやり繰りしているのです。
勿論無駄遣いなんて許されませんので、毎月余りが出ます。
その繰り越し分でちょっとした贅沢が出来るのが、毎月十日なのです。
ちなみに先月はお弁当を作って皆でお花見でした。
山菜おこわと車海老のカルパッチョ?が美味しかったです、はい。
今月は何でしょうねえ。
いつもの食事は当番制なのですが、この日ばかりは料理部の部長さんのめーちゃんが全部作ってくれるのです。
これがもう絶品でして…じゅるり。
こんな事考えてたらお腹空いて来ました。
今日はお昼寝も十二分に出来てないですし、早く帰らねば。
……ならないのですけども。
「………あの、すみません」
「うぜえ、消えろ」
「な、なんでそんなこと言うんですか!」
「うぜえっつってんだろ」
わーいイベント中ですよー!
全然嬉しくないんですけどね。
放課後ちょっとだけ本を読もうと思って図書館に寄ったらこれですよ!
私の位置から姿は見えませんが、声的に"ヒロイン"さんと三年の寅若大雅先輩だと思います。
大雅先輩は学園の番長さんですが、金糸雀寮に住んでいて読書好きという一面もあったり。
見た目は和風な強面の辰樹先輩と違って、どちらかというとマフィアみたいな感じです。
顔は恐いけど寮では皆のお兄ちゃんなんですよー。
一般の生徒からは、辰樹先輩とかなり仲が悪いと思われているみたいですが、そんな事ありません。
寮の部屋はお隣さんですし、この前も二人で遊びに行って逆ナンされたーと辟易した顔で帰ってきてましたから。
「先輩その本好きなんですか?私もなんです!」
「あ、そう。…で?」
「で、って……あんまり知ってる人いなくって嬉しくて」
「あ、そ」
先輩にあそこまで冷たくされて、それでも話し掛けようとする所は凄いなあと思います。
私には絶対に出来ないですねえ。
だって私繊細なので。ええ。
大雅先輩はまだ話し掛けようとしてくる"ヒロイン"さんに小さく舌打ちをすると、本を片付けて入り口で様子を伺っていた私の方へ歩いてきました。
慌てて私が踵を返すと、少し歩いた所で先輩は追い付いてしまいました。
どうやら"ヒロイン"さんは追い掛けてまでは来なかったようです。
「俺の趣味じゃねえな」
「先輩ドMですもんねえ」
「ドMじゃねえよ。ややMだから。そこ間違えんな」
大差ないですよ、という言葉は飲み込んでそうですか、とだけ応えました。
格好いいしモテるのに何とも勿体無いことです。
まあ、本人の趣味なので私がとやかく言うつもりはありませんが。
そう言えばゲームの大雅先輩もこんな人だったんでしょうかね?
だとしたら、”ヒロイン"さんだと先輩を落とすには少し物足りない気がするのですが。
もし先輩を落とす気なら、ファーストコンタクトで「邪魔」と足蹴にするぐらいしないと…。
ちら、と図書館を振り返ると、見えない筈の彼女の姿が見えた気がしました。
「今日のご飯はなんでしょうねえ…」
「さあなあ。……そういや今日辰樹達遅くなるってよ」
「なん、ですと…!?」
「まあ体育祭も近いしな」
「…えー……」
いつもなら晩ご飯は18:30からで、遅くなる人は待ちません。
けれどご馳走の日は皆揃って、が鉄則なのです。
つまりは晩ご飯が遅くなってしまう、という事で。
……仕方ない寝ましょう。
今日は暖いですし。
朝から干して来たブランケットも、今頃ふかふかになってる筈ですし。
「晩飯まで寝るんじゃねーぞ」
「な、なんの事でしょう」
「そろそろ中間だろうが。暇なら一年に勉強教えてやれよ」
「……………あい」
番長のくせにこの真面目さんめ!
なんて思ってません。
思ってないからほっぺた潰すのだけはやめてください!
ポチも辰樹先輩も大雅先輩もお母さんみたいですよ、ほんとに。
いい人達ばかりですがね。
たまにはもっとのんべんだらりとした一日を送りたいものです。
以前そうポチに言ったらお前はもう十分気ままな生活してるよ、と言われてしまいましたが。
その時のポチは疲れていたようで……はて、どうしてでしょうね?
さて、せっかく教えるのならみっちりスパルタでいきましょう。
伊達に主席をキープし続けてるわけじゃないのです。
えー…数学と英語と物理と。
三人同時に見るくらい余裕です。
私はやれば出来る子ですから。
「あ、二人共おかえりー」
「おー、たでーま」
「ただいまです、鶫さん」
寮の入り口でにこにこと私達を出迎えてくれた鶫さんは、金糸雀寮にある温室の庭師さんで、普段は学校の用務員さんをしていらっしゃいます。
優しいお兄さんで、よく日向ぼっこに最適なスポットを教えてくれるんですよー。
「今日はこっちでご飯ですか?」
「うん。めいちゃんがどうぞーって言ってくれたからねえ」
「めーちゃんもう帰ってるのですか」
「さっき帰ってきたよー」
「晩ご飯楽しみですねえ」
「そうだねえ」
「………お前らさっさと入れ」
のんびりお話していたら、ドアを押さえてくれていた大雅先輩に怒られてしまいました。
「……?」
ドアを通る時にふと視線を感じた気がして、後ろを振り返りました。
けれど、だれもいる筈ありません。
ここは金糸雀寮生以外入る事が出来ませんから。
だから、気の所為なのです。
見知らぬ男の人がそこにいた、なんて。
私の見間違いなのです。
To be continued……?