狐に御伽噺その三
「僕はあんまり気乗りしないんだけどね」
「あれ」
曝の意外な言葉に、功刀は拍子抜けする。先日、喫茶店で話した時には、「連続婦女暴行殺人」事件の顛末に食いついてきた癖に、同マンションの階下で起こっていた「刺殺事件」に対しては難色を示した。功刀には、曝の基準が理解出来ない。
協力は望めないか、と落胆したが、その後直ぐに「でもまぁ、手伝うよ、どうせ暇だしね」と 手のひらを返す。
「気乗りしないなら、無理にとは言わないが」
「というか、折角だったら、昨日話してくれた事件の方に巻き込んでほしかったってのが本音だね」
「昨日?」
「婦女暴行付きの連続殺人鬼の方だよ。犯人のおっさんに、直接話しを聞いてみたかったし」
話しを聞く。という言葉の端には、冷たさが混じっている。
「話しを聞いて、返答と機会と巡り合わせ次第では、殺してどこかに埋めたいもんだよ」
「物騒だな」
そんな物騒な事を、さも当然のように言われても困るのだが。
「反省も後悔も無く、自己満足の為に他人を傷つけて生きている。そんな判りやすい悪党が生きている事が許しがたいね。許しがたい。いまからでも、なんとか会う方法はないものかな」
一見すると、のんきな少年の様にも見える曝の凶暴性を良く知る功刀は、それが冗談や誇張ではない事が判った。どちらかというと、やりかねない。
狂人さながらぶつぶつと小声で呟く曝にはらはらしながら、功刀は地下鉄の階段を下りた。財布を取り出し、曝の分の切符を合わせて買う。手伝ってもらう上に、移動費まで支払わせるつもりはなかった。
地下鉄が来る頃には、曝もいつもの調子に戻る。
「それで、なんだっけ、その七日前さんの殺人事件。あんまり詳しい話を聞いてないんだけど」
「七構な」とすぐさま訂正する。「俺も詳しいという程でもないが、とにかく、俺達が向かう先は、犯人候補の家だ」
「なにそれ、『犯人ですか?』って聞くつもり?」
「留守を狙って、いつも通り部屋を漁らせてもらう。探し物の中に、血の付いたナイフが含まれただけだ」
「僕が犯人なら、血の付いたナイフなんて家に持ち帰らないけど」
「まぁ、何も見つからなくても、俺は困らない」
それが正直な所だった。カンラには、何もみつかりませんでした、と報告をすればいい。困る事など何もない。
「探偵の癖に」
と、曝が冷やかしてくる。
「何も無い所から、何かを見つけるのが探偵じゃないの? もしくは、何も無い所から、何かを作るのが探偵だ」
「それはきっと神様の仕事だろうな」
辺りは叙々に暗くなっている。夜の闇が、牙を剥き出しに全ての光を飲み込もうと、伏せて隠れている。そんな姿を想像した。もう直ぐ、辺りは完全に暗くなるだろう。電灯が薄ぼんやりと光っている。
「このアパート?」
曝が不満そうに言う。新居に不満を持っているかの様だった。「おんぼろだ。幽霊アパートだ」と騒いでいる。功刀も同感だった。幽霊が出そうなアパートというよりは、アパートそのものが幽霊の様でもある。
アパートを囲う塀には、『平和荘』と書いてある。曝はそれを、『ピンフ荘』と読んでいたが、恐らく、『へいわ荘』で間違いはない。
「ぜんぜん平和そうじゃないよ」
「これから、泥棒に入られる訳だしな」
言いながら、崩れそうな階段に足をかけた。「キィ」と、ウグイスの鳴き声の様な音が聞こえる。仕事場としては非常にやり辛く、それを補う長所も無い様に思えた。
「二階?」
「二階の、一番奥だな」
人の気配は、無い。そもそもこのアパートに人が殆ど住んでいないのか、一斉に出かけているのか、静か過ぎて耳が痛い。手前の道路に、部活帰りなのか、ジャージ姿の学生がちらほらと見えたが、こちらを警戒している様子も無かった。都会の街中、誰がどこに居ようが、関心を持つ者は少ない。
二階の際端、203号室の前に立ち、窓から中を覗く。カーテンが閉められているが、電気が点いている気配は無い。
「留守かな、寝てるのかな」
曝はそう疑問を口にしたが、寝るには早い時間に思えた。恐らく、留守だろうと当たりを付けて、指紋を残さないよう手袋をはめる。
「水木さん、って言うんだ。水木・修司」
表札を見ながら、曝が言う。
「言ってなかったか?」
「聞いてないね」
一応呼び鈴を鳴らした。二度、三度と続けて鳴らす。
万が一、水木氏が出て来た時には、新聞の勧誘を装うつもりだった。いつも使っている手だ。新聞の勧誘を装えば、怪しまれる事も無く、即座に追い返してくれる。『ちょうど、新聞を取りたかったんですよ』という展開になった事は無い。本物の新聞勧誘員には若干の同情を覚える。
四度目の呼び鈴を鳴らしたと同時、曝が鍵に手をかけた。シリンダーとピックを鍵穴にねじ込み、慣れた手付きで開錠する。喫煙者が煙草に火を点けるかの様な自然な動作だ。数秒の内に、かちりと音が聞こえた。
「無用心だなぁ」
曝がそう言ったが、鍵をものの数秒でこじ開ける男を相手に、何を用心すれと言うのか。
曝がドアを開けて、そのままの勢いで部屋に押し入った。まるで、自分の部屋に帰ってきたかの様に堂々としている。実際に、「上がって上がって」と言っていた。功刀も「お邪魔します」と返す。
片付いた玄関を見て、自分の家も掃除をしないとな、と功刀はこっそりと思う。それから、玄関を抜けた。
そこで、足が止まる。
「あ」「あ」二人同時に声を上げる。「なにこれ」
「そんな馬鹿な」
「うそー」
小声で、言う。
「なんだっけ、この人、殺人犯の疑いがあるんだっけ」
「依頼人はそう言っていたが」
「殺人犯どころか、殺されちゃってるじゃん。被害者だよ」
部屋の真ん中には、死体が転がっている。
とある二人の会話。
「この七構って、偽名じゃないみたいなんだわ」
「え、嘘。書いちゃったよ、偽名の疑いありって」
「俺もなんか良く判んないんだけどさ。そういう事にしてくれって言われたんだ」
「そういう事にしてくれって、なに」
「さぁ。そういう事だから、書き直しだって」
「えー。っていうか、偽名だよね、これ、怪しすぎ」
「名前どころか、身元も良く判らないし」
「こんな怪しい被害者も珍しいよなぁ」




