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探偵演技  作者: トカゲ
5/7

狐に御伽噺

 その昔読んだ推理小説の一節を、功刀は思い出していた。「探偵というものは、事件に巻き込まれる運命にある。探偵がいる場所では、世界が歪み、人が狂う。殺人が起こるし、悲しい事が起こる。だから私は、外に出ない」ようするに、この探偵は外に出るのが億劫なんだろうな、と功刀は思った。泥棒とは大違いだ。



「どうして喋れるんだ?」

 功刀は、「依頼」とやらの話に入るより先に、その事を聞いた。別段、どうしても知りたい、という程の事でもなかったのだが、礼儀として、聞くべきだとは思った。

「判りません」

 カンラの答えは、簡単なものだった。「突然喋れる様になりました。半年ほど前です。ノコと出会う、少し前の事でしたね」

「突然、か」

「物事は、いつだって突然です。産まれてくる時もそうだったでしょう」

 カンラがそう言った瞬間、足元が不意に揺らいだ。地面が揺れているのかと思ったが、そうではない。揺らいでいるのは、現実味を唐突に失った脳髄だ。眠りに落ちる直前の様な、現実味の無さだ。頭を抑えて、これは現実か? と自問する。喋る狐は、現実か?

「おかしいでしょうか」

「何が?」

「キツネが喋るのは、自然ではないですか」

「ごんぎつねも喋っていた様な、いなかった様な」

 覚えていない。肩を揺らす。足元はいまだ、不確かだ。「オウムも喋る」と口を出す。その言葉に、カンラが微笑んだ様な気がした。

「貴方は、不思議な人ですね」

 喋る狐に、「不思議」と言われるのは心外だった。褒め言葉だったのか、それとも貶されたのかも、判断が付かない。

 カンラが、言う。「キツネからの依頼、というのは奇妙な話でしょうが、是非、貴方に受けてもらいたいです」

「依頼?」

 聞き返してから、自分が何者か思い出した。そうだ、俺は『探偵』としてこの場に居るのだ。探偵という言葉は滑稽に思えたが、喋る狐程ではない。

「簡単な依頼です。ある人物について、調べてもらいたいのです。私は見ての通り、キツネですから、街中を歩き回る訳には行きません。保健所の方に捕まってしまいますからね」

「野湖に頼めばいい」

 功刀は、ビニールの様なソファに腰を下ろしている野湖を指差す。野湖は、突然名指しをされた事に驚いた様子ではあったが、功刀は無視する。

「俺じゃなくても良い筈だ」

「調査というのは、探偵の仕事でしょう」

「さあな」

 そうなのか? と誰かに尋ねたい気分だった。「なんにせよ、さっきも野湖に言ったんだが、俺は引き受けるつもりはない。野湖にやらせろとはもう言わないが、他の探偵を探せ」

「喋るキツネが居る。という事を、余り多くの人に知られたくは無いのです」

「自慢になるじゃないか」

「なりませんよ。見世物になるのがオチでしょう」

 カンラは、人の業を呆れているかの様だった。

「もちろん、報酬は弾みますよ」

 と、話を戻す。

「その報酬、後で葉っぱになったりしないだろうな」

 あらかじめ、笑えないオチは潰しておくべきだ、と功刀は思う。「まさか」とカンラが笑った。「正当な報酬です。日本の紙幣ですよ。その点は、心配しないでください」

 狐がどうやって日本の紙幣を用意するのだ、と胡散臭さも感じたのだが、それ以前に、喋る狐が調べたいという人物に興味が湧かない訳でもなかった。

「恩返しでもするのか?」

 と、功刀は冗談半分で聞く。カンラは意味が判っていないのか、首を傾げた。

「罠に掛かった鶴も、舌を切られそうになった雀も、恩返しに向かった、そうだろ? 動物がわざわざ人を訪ねる理由が、俺にはそのくらいしか思い浮かばない」

 言ってから、俺はなんの御伽噺に紛れ込んだ? と功刀は疑問に思う。喋る狐と平然と話している自分が、不思議だった。探偵と名乗っている自分が不思議だった。

「ああ、なるほど」

 カンラが、納得いった、という調子の声を上げる。「恩返し。そういう考え方もありますね」穏やかな口調だ。

「昔話なんて知ってるんですか。ちょっと、子供っぽいですね」

 先程から黙ったままだった野湖が口を挟んだ。

「俺も昔は子供だったからな」功刀は適当に返す。



 諸事情により、更新ペースが落ちると思います。申し訳ありません。

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