仲介役 野湖(15歳)・職業「学生」
「探偵さん」
「そんな馬鹿な」
出会い頭、功刀は思わず声を上げた。そんな馬鹿な。
「何が馬鹿なんでしょうか」
「いや……思わず。今、俺をなんと呼んだ?」
「探偵さん」
「そんな馬鹿な」
功刀は頭を抑える。「どうして俺が探偵なんだ」
「先程の会話を聞かせて頂きました」
少女は、飄々とそう言ってのける。喫茶店を出て、曝とも別れ、一人になってさてこれからどうしようか、と悩んでいる矢先に「探偵さん」と声をかけられた。これは、なんの悪戯だ? と功刀は疑問に思う。
「君は?」
尋ねると、少女が丁寧に頭を下げた。中学生程度にも見えるが、その落ち着いた仕草から、案外年を食っているのかもしれない、とも思う。
「私の事は、野湖、とお呼びください」
「ノコ」
と、功刀はオウムの様に返す。「聞かない名前だ」
「ええ、始めまして、ですから」
「なんの用だ?」
なんの算段で、俺に近づいてきた? と功刀は警戒する。相手が、年端もいかない少女だからといって、油断する材料にはならない。むしろ、一見すると無害な程、後が怖い。しれっとした顔で、騙される恐れがある。というより、騙された事がある。
「無駄口は好かない、という事ですか。流石、探偵ですね」
野湖が、一人感心したかの様に、両手を組んでうんうんと首を振る。その仕草は、若干芝居じみていて、功刀は判断を改める。大人ぶっているだけだ、と。
「なんの用だ?」
もう一度、聞く。
「決まってるじゃありませんか。寿司屋に行けば寿司を頼みますし、遊園地に行けば、遊具を楽しみます。探偵には、もちろん依頼です」
「そ、そうか。もちろんか」
正直な所、やはりこう来たか、という気持ちもあったが、だからと言ってどうすればいいのか判らなかった。嘘を止めるには、どうしたらいい?
「貴方を、凄腕の探偵として見込んで、お願いがあります」
「見込み違いだ」
見込み違いも、ここまで来れば感動的だった。
「いえ、私の眼に狂いはありません」
野湖は、自信たっぷりにそう言い放った。俺の何を見た? 功刀はそう問いただしたかったが、野湖は遮る様に続ける。
「実を言うと、依頼をするのは私ではないのです。私は、仲介です」
「仲介?」
「はい。会ってほしい人物がいます。依頼内容も、その方に直接お伺いください」
「断る」
功刀は、斬る様に言う。引き受ける訳にはいかない。
「え?」
断られるとは思っていなかったのか、それとも、断られるにしても、こうも簡単に断られるとは思っていなかったのか、野湖は唐突に冷静さを失う。「え、あの」と、口を動かす。
「せ、せめて、お話だけでも」
「悪いが、俺は忙しい。他の仕事もある。引く手数多というやつだ」
功刀は続ける。
「俺以外の探偵を雇えばいい。探偵なんて、本屋に行けば直ぐに見つかる。そこら中に転がっている筈だ」
どんな依頼かは判らないが、偽者の探偵を雇うよりは、本物の探偵を雇ったほうが良いに決まっている。冷たく言い放ち、早い段階で諦めて貰いたかった。
「お、お願いします」
野湖は、思いの外食い下がった。「信用出来る方にお願いしたいんです」
「俺は信用出来るのか?」
「先程の、依頼人の方を見れば判ります。あの女性は、貴方に感謝していました」
先程の女性、と功刀は頭を捻る。ああ、と思い至った。二日前、連続婦女暴行殺人鬼の手から、偶然とはいえ助ける羽目になった、あの女性だ。
「彼女は、依頼人じゃない。オマケだ。仕事の過程で、偶然助ける事になった」
「結果よりも、過程にこそ価値がある、と思うんですよ」
明らかに動揺しながら、野湖は言う。
もっと早い段階で、「勘違いなんだ」と説得するべきだったか、と思いながらも、もう一度言う。
「とにかく、俺は引き受けない」
「う」
野湖が俯いた。諦めたのか、それとも説得の材料を思索しているのか、それは判断が付かないが、どの道、間違っても引き受ける気はなかったので、関係が無かった。むしろ、俯いている隙に、さっさと立ち去ってしまおうか、とさえ思った、
「うう……」
のだが……。
「ううう」
「判った」
先の展開が、読めた。野湖は今にも泣き出しそうに肩を揺らしていて、鼻を啜る音が聞こえた。既に、周りの視線が集まりつつある。それはずるい。
「話だけなら聞いてやる」
引き受けない。と十秒前に言ったばかりなのに、早くも前言を撤回している自分が情けなかったが、こうなってしまっては仕方が無い。もう少しだけ、探偵ごっこを続ける事にした。
「本」
野湖が顔を上げた。案の定、目が赤い。鼻水も出ている。言ってしまえば、手遅れだった。周りの視線が集まってくる。
「本当、ですか?」
「依頼を受けるとは言っていない。とりあえず、話だけは聞いてやる」
と、言いつつ、嘘の連絡先を教えて、とりあえずこの場を逃げるつもりだった。のだが、事態はまたしても、予想外の方向へと捻じ曲がった。
「あ、ありがとうございます!」
野湖が一転、笑顔になる。萎れていた花が、唐突に開いたかの様な変化だった。そして、
「さぁ、いきましょう。依頼人の元へ案内します」
「え」
思わず、裏返った間抜けな声を上げた。「ちょっと待て」
「なんでしょうか?」
「今からか?」
逃がさないつもりか? と功刀は勘繰る。
「善は急ぐべきなんです」
そう言う野湖は、今にも走り出しそうな勢いですらあった。
功刀・無口で無表情。クールな癖に、どこかへぼい。そんな主人公です。




