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探偵演技  作者: トカゲ
1/7

探偵への道筋

 仕事の時間は七分。

 これは、功刀(くぬぎ)が己に与えたルールだった。他人の部屋に押し入り、タンスや本棚をひっくり返し、金目のものをことごとくポケットに入れていく。所要時間は七分。それ以上でも、以下でもない。

 七分経って、金目のものが一切見つからなくとも、即離脱する。欲を掻きすぎるとロクな結果にはならない。イナゴの様に、わっと来て、わっと去っていく。それが理想だった。

 今回のターゲットは、一人暮らしをしている女性の部屋だった。同業者の中には、「女性の部屋を襲うのは、僕の空き巣道に反している」と称して、女性の部屋を決して襲わない、『空き巣紳士』を名乗る男も居るのだが。功刀は、「馬鹿な」と嘲笑っていた。この、男女同権の時代に、それは差別じゃないか。と。

 エレベーターが開いた。マンションの十六階、一番奥の部屋を目指す。下調べは完全に済んでいた。部屋の主は、平日は十時まで帰ってくる事は無い。現在の時刻は九時。帰ってくるまで一時間の間があるが、それでも七分でケリを付ける。それが、ルールで、誇りだ。

 部屋の前まで、誰とも擦れ違わずに無事辿り着いた。念の為に、チャイムを押して、在宅を確かめようかと思ったが、結局は下調べの段階で得た情報を信じる事にした。立ったままドアノブに『ピック』と呼ばれる道具を差し込み、ねじ繰り回す。功刀にとって、鍵を開けるなど、呼吸と同じ様なものだった。眼で確認しなくとも、指先の感触だけで開錠可能だ。

 これ程の技術を持つものは、同業者の中でも稀だ、という自負が功刀にはあった。俺は鍵という鍵に愛されている。そう思う事もあった。全ての鍵は、俺に対して心を開いてくれるのだ。とも。


 開いた。


 ここまでは順調。


 七分の開始だ。と功刀は一人微笑む。



 部屋に押し入った後、功刀は一切の警戒心を捨てていた。それがしくじりだった。七分だ、と気負う余り、靴も脱がずに足音をたてながら真っ直ぐに歩いた。そこで、信じられない場面に遭遇してしまった。

「あ」

 と、思わず声を出す。

 始めは、何が起こっているのか一切判らなかった。部屋の中心にベッドがあり、その上で、手足が入り乱れた物体を発見した。最初はあくまで一つの物体として認識していたのだが、時間が経つに連れて、状況を飲み込んでいく。

 女性が襲われているのだ。今、まさに。

 下にいたのは、ガムテープで口を塞がれ、両手を縄で縛られながら、涙ながらにこちらに眼を向けてくる女性。そして、上にいたのは、荒い呼吸の脂ぎっている肥満の中年だった。

 中年の男は、今まさに、自分のズボンに手をかけて、下ろしている最中だった。その醜さに、顔を歪める。

「な、なんだ、お前は、何者だ」

 中年の男が、脂汗を流しながらそう言った。手にはナイフを持っている。

「何者だ、と言われても……」

 説明出来ない。空き巣だ、と正直に言う訳にもいかず、黙る他無かった。

 黙っている内に、中年の男はこちらを正面に見据え、ナイフを向けてきた。慌てる余り、功刀は手近に落ちていたハンガーを掴む。掴んだ後、「なんでよりによってハンガーを選んだんだ」と、後悔をした。後悔をしたが、もう遅い。

 仕方なく、ハンガーを中年男に突きつける。これで、どうしろと言うのだ? と自問する。

「落ち着け」

 功刀は早々に、勝ち目なしと判断した。ハンガーとナイフでは勝負にならない。「お前がナイフを置けば、俺もハンガーを置いてやる。話し合いで解決しようじゃないか」

「いい所で邪魔しやがって、くそ、この、小僧め」

「ナイフを置かないなら、吊るす。この、ハンガーで!」

 やけっぱちにそう言った矢先だった。

 先程まで、中年男に圧し掛かられていた女性が、いつの間にやら花瓶を高々と振り上げていた。眼は殺気立ち、殺してしまっても問題なし、と言わんばかりの強張りだ。

「う」

 先の展開が読めて、功刀は耳を塞いだ。女性は一切の遠慮も加減も無く、全力で花瓶を中年男の頭に、―――


 ―――振り下ろした。


 豪快に、花瓶が割れる。中の水が飛び散り、功刀にまで掛かった。

 勝負、あり。




「大丈夫か?」

 功刀は女性に駆け寄り、声を掛けた。目鼻の尖った、気丈そうな女性だった。その昔、若返りし頃、似た女性に痛い目に合わされた記憶が蘇り、少々引け腰になった。

「んー」

 と、両手を差し出してくる。縄を外せ、と言っている様だった。逆らわずに、両手の縄を外すと、女性は自ら口のガムテープを外し、首を振った。

「……ぷはっ」

「どうも、こんばんは」

 とりあえず、挨拶をした。それから、

「礼を言われてもいい立場だと思うんだが、どうだ?」

「あ」

「あ?」

「あなたは?」

「……」

 そう来たか。と顔をしかめる。説明のしようが無い。実際、鍵の掛かった家に押し入っている身なのだから、通りすがりで説明が付く訳が無い。「貴方の家に空き巣に入ったのです」そんな事、口が裂けても言えない。

「まぁ、そんな事より、警察を呼ぶといい。俺は、直ぐに帰るから」

「ま、待ちなさいよ!」

 女が金切り声を上げた。反射的に、身体が震えた。怖い。純粋にそう思った。女性は明らかに興奮していて、返答次第では、功刀にも花瓶をぶつけかねない様子だった。実際に、今度は火曜サスペンスの凶器になりそうな置物を手に持っている。

「お、落ち着け」

 ついさっきも、こんな問答を中年男とやったな、と思いながら、降参を示す為に両手を挙げる。白旗があるのなら、振ってもいい。

「貴方は、何?」

「通りすがりのものです」

 思わず敬語になった。

「そんな訳無いじゃない!」

 そりゃそうだ。

「貴方、もしかして、この男とグルなんじゃないの!」

「え」

 女性の中で、どの様な心理が展開されたかは判らないが、視線は、明らかに敵を睨むものだった。今にも襲い掛かってきそうな、そんな気配がある。「そんな馬鹿な」

「じゃあ説明しなさいよ!」

 女性の興奮は収まらない。暴行されかけたのだから、当然か、とも思う。思うのだが、それはあんまりじゃないか、と泣き出しそうになった。俺は、アンタを助けたじゃないか、と。

 ただ、説明が出来ない。空き巣だと白状すれば、女性は直ぐにでも置物で殴り掛かって来るに違いない。「女を殴る趣味は無い」と言う訳でもないのだが、それ以前に、こちらの手持ちはハンガーだった。勝負にならない。

 そこで、不意に閃いた。この状況に現れても、違和感の無い類の人間が、たった一つだけある事に。

「探偵」

 功刀は、静かに言う。

「俺は功刀。探偵の仕事で、この男を調査していた」

 思えば、以後の面倒事は全て、この些細な嘘が原因だった。


 始めましての方もそうでない方も。トカゲと申します。どうぞよろしくお願いします。


 いつまでも似た様なパターンばかり書いてはいかん、という事で、今回は若干趣向を変えてみました。

 今回は探偵もの、という事になりましたが、推理は無い可能性もあります。推理ばかりが探偵ではない、というのが主張です。


 だからあえて文学。これは文学じゃない、と感じた方、ごめんなさい。他に思い浮かばなかったんです。

 と、言いつつ、もしかしたら推理にジャンル変更をするかも、とか考えています。


 なにはともあれ。

 功刀、迫真の「探偵演技」、開始です。



 追記。

 なんだかんだと、ジャンルを「推理」に変更しました。お騒がせして申し訳ない。

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