エピローグ「白の天使・暁の翼」・1
久々の更新です。遅れて申し訳ない……。このエピローグに入っている詩は、藤代ゆず様(館波のサイトである闇猫のリンクに彼女のサイトがあるので、興味のある方はぜひ)に書いていただいたものです。素敵な詩をありがとうございました。それでは、ようやくのエピローグです。どうぞ……
エピローグ「白の天使・暁の翼」
闇に溶け出す 紅の色
窓から差すヒカリは
世界を包み込んでいく
ビルを出るとあたりはすっかり夜だった。いや、夜というよりかは明け方に近いのかもしれない。
もともとあまり人気のない場所であったため、翼たち以外人はいない。
シルフィードは報告があるとかで、飛んで帰って行った。明らかに無茶をしていたが、彼女なりの気遣いなのかも知れない。
「暗いねぇ……」
梓が空を見上げ、つぶやく。空に月はない。あるのは水色になりつつある空に無数の星の光だけ。
「……時間おかしくないか?」
翼は自らの腕時計を見てみるが、壊れているようで、秒針が止まっていた。
「理由ならなんとなくわかるけど……やっぱりあのビル結界を張っていたみたいね。それも時間軸まで狂わせるものなんて……ちょっと貸して」
真咲が翼の腕を取ると、腕時計に手をかざした。ぽうっと光ったかと思うと秒針はときを刻み始めた。
「どういうことだ?」
「難しいわよ?」
「じゃぁ、いい」
おもちゃに興味をなくした子どものように、翼はあっさり断った。
時計を見直すと、時間の表示も夜明け前になっている。もう一度、空を見上げてみれば東の空が薄っすら朱色に染まりつつあった。
髪をなびかし 木々を揺らし
激しくも儚い風は
空に 紅と蒼を混ぜていく
一筋の白線を紡ぎだす
「明け方かよ……ったく、明日……というか今日も学校だぞ?」
「そうね」
くすり、と真咲が笑う。それにつられるようにして梓も微笑んだ。
「まったく……それよりも、真咲、お前いつまで羽出しとくんだよ」
彼女の背中から生えた純白の羽を指差し、一言。確かに翼をつけ、頭に角がある姿はまるでコスプレでもしているかのようだ。いくら人がいないとはいえ、さすがにまずいだろう。
「ああ、忘れてたわ」
こめかみから伸びた角をなでるようにすると、角と羽が消えた。同時に服も、翼たちの学校の制服へ変わる。
これが一番しっくりくる。
「忘れんなよ。その姿がお前なんだから」
「そうね……」
真咲は嬉しそうに笑った。
さあ 共に歩んでいこう
たとえ道が見えなくても
君がいれば
別の道だって探せる
「お〜い!」
「和貴っ!」
手を振っている新明に梓が駆け寄った。どこか微笑ましげに見守る真咲と翼。
「な〜に笑ってんだよ」
「いや……梓って可愛いなって思って。それに新明くんみたいな彼氏もいるし……あらあら抱き合っちゃったわよ?」
「だったらお前も抱きついたりすればよかったんじゃないのか?」
「翼に? 感動のキスとか?」
「は。冗談」
「…………案外、冗談じゃなかったりするかもよ」
真咲は隣にいる翼にすら聞こえないような声でそうつぶやいた。無論、翼がそれに気づくことはない。
まったく、鈍感なんだか、敏感なんだかわからなくなるのよね……翼って。
そう思ってみても彼は何も反応を示さない。つまり〈深精神共鳴〉ももう効果切れしているということだろうか。
翼の瞳も両方とも黒く戻ってしまっている。
月明かりが黒を犯す
翼と共鳴していた間、ずっと相手の感情が流れ込んできていた。それは忘れられないことだろう。彼の思っていたことがすべてわかったのだから。梓に対してのものや、真咲自身に向けられたものも。
そしてその内に秘められた……
「ったく……」
なぜだか舌打ちをすると、真咲の肩に手を乗せ正面を向かせる。きょとんとする真咲を尻目に翼は真っ直ぐに彼女を見詰める。
「翼?」
きょとんとする真咲を翼はいきなり抱き締めた。あまりものことに一度引っ込めた羽が羽毛を撒き散らした。
闇を押し出す 星の色
ビルの陰から覗く風景は
世界に散りばめられる
「ちょ、馬鹿。本当にやるっ?」
腕の中で真咲が頬を紅くし、じたばたともがくが、翼はおかまいなしに強く抱き締めた。
「お前がやれって言ったみたいなもんだろ……」
「だからって……」
しばらくもがいていた真咲だが、翼の言葉にじっとなる。されるがままというか、翼の胸に頭を寄せた。
音を吸い込み 声をはこび
悲しくも優しい雲は
空に虹のカケラを映してく
僕の心を誘いだす
「なんで、私なんか助けに来たの?」
訊きたくても訊けなかったこと。おそらくこのタイミングを逃したらずっと訊けないままになってしまうかもしれない。そう思い、真咲は切り出した。
「なんでって……あ〜、なんでだろうな。何と言うか……放っておけなかったというか……ここでお前の手を離したら、お前はずっと一人なんじゃないかって思ったら、不安になったんだ。だから……って何言ってんだよ、俺」
最終的に話がまとまらなくなり、舌打ちをした。そんな翼がやけにおもしろく、真咲は含み笑いを漏らす。
さあ 共に探しにいこう
もしも道が途絶えても
君とふたりで
肩を並べて歩く
「……笑うなよ」
「ごめん」
「それより……」
翼が改まった口調で言った。
「お前こそ、何で俺を置いて行ったんだ?」
そして、軽く真咲の体を押し離すようにして相手の顔を見詰めた。
そんな目で見られたら、嘘なんてつけなくなってしまう……
真咲は小さくため息をつき、口を開いた。
涙の記憶は夢が染める
「あなたを傷つけたくなかったらか……って言ったら納得してくれる?」
「随分と、まともでありきたりな理由だな」
「そうかもね……でも、私はあなたには生きていて欲しいから。罪を負うのは私、あなたは生きていてもらわないといけない」
自分と翼とでは犯してきた罪の重さが違う。
それはいくつもの屍に代えられ、重ねてきた時間に代えられ……
醒めるような朝日が
僕らを照らす
あの日のうたは
まだ 響いている…
「ひゃっ?」
ごつっと翼が拳で真咲の額を小突いた。
「わかってない。お前は。そんなやわな奴なのか? 俺は、お前にとって?」
まったく、真咲はどれだけ一緒にいたとしても、自分を頼るということはないのか。ふと少し不安になる。それほど自分は頼りにならないのか?
「契約者って言ったか? よくはわからないけど、俺じゃなきゃ駄目なんだろ?」
「うん……」
「だったら、頼れっていうのがまだ無理だとしても……手伝うぐらいはさせてくれよ。真咲を一人にはできないんだ」
モノクロのセカイが
霞んでは 消えていく
泣きたいときは
立ち止まってもいいから
まだ自分の腕の中にある彼女を見ると、目を驚いたように開いていた。
一瞬だけ訪れる、二人の時間。世界。
『一瞬だけ』というのは、彼ら以外にもこの場にいるからだ。
「な〜にしてんの?」
梓が横槍気味に口を出す。もちろん顔は悪戯げな笑みを浮かべてはいるが。その隣では新明までもがにやにやと笑っている。
「いったいこの短期間に何があったんだか。翼も手が早いねぇ」
自分たち以外の存在に気づくと――というか思い出すと――慌てて体を離す。
「ばっ……違う!」
「何がよ〜?」
「そ、そうよ、梓。私と翼は――」
少し休んだら
また 進める気がした
君の足音を
追いかけるよ
言い繕おうとする真咲に梓が畳みかける。
「関係ない〜? 一人にできない〜とか、傷つけたくないとか言ってたクセに」
その屈託のない笑みと瞳がやけに怖い。そう思うのは翼だけだろうか?
「ま、明日にはクラス中の噂だろうな」
新明の言葉のことが実際に起きるだろうと想像し、今から気の滅入る翼と真咲だった。
ビルの向こうからゆっくりと、紫がかった空を橙に染め上げるようにして朝日が昇りつつあった。
それはいつも通りの朝がきたという合図であり、また日常に戻るという安心でもあった。
見上げた空には
ふたつの雲。
次で最終話となります。あとがきなんかを濃い目に書こうかな、と考えていたり(ぇ