第四章「紅の堕天使・紫暗の悪魔」・18
その隙に翼は梓の元へと駆け寄った。
「梓……」
彼女の額にはびっしりと汗粒が浮かび、呼吸が荒く、浅い。目の焦点も合っていないようで、翼の声に反応はするが、その姿をはっきりと捉えてはいないのだろう。ぼんやりと見返してくるだけ。
「つ……ばさ?」
搾り出されるようにして出た言葉。
「そうだ、俺だ。梓、大丈夫か?」
彼女の両頬を挟むようにして、自分の顔に向ける。触れた頬は熱にでも侵されているかのように熱かった。ぼんやりとした瞳に自らの顔が写される。
「翼……」
先ほどよりもはっきりとした口調でそう言う。翼はその声に一安心すると、
「大丈夫か?」
だんだんと意識が戻ってきたのか、はっとするような仕草があった。
「……う、うん。なんとか。あたし……は?」
「さっきミシェルとかいう金髪に魔力を吸われてたらしい。とりあえず、こっから外してやるから、じっとしてろ」
翼は懐に入れてあった銃――新明から預かったもの――を取り出すと、構える。
両手首足首にあった枷をそれで破壊すると、梓を十字架から下ろした。
「立てるか?」
「び、微妙」
実際、梓は立っているのもやっとというほどで、翼の肩を借りた。
「あ、ちょっと待ってろ」
梓を壁際に連れて行き、翼自身は真咲に歩み寄る。
その姿を見た瞬間から……いやどこにいるかもわかっていた。何を見ていたのかも。感じていたのかも。体のぴりぴりとした痛みと真紅の左目がそれを語っている。しかしそんな痛みなど無視をする。