第四章「紅の堕天使・紫暗の悪魔」・12
二人が一気に距離を詰める。
人間の動体視力では瞬きをする間もなくミシェルが真咲に斬りかかったように見えるだろう。それほどの速さ。
ギィン!
音の方が遅れて聞こえた。
真咲がバックステップで間合いを広げ、銃口をミシェルに向ける。引き金が引かれ、銀色の弾丸が吐き出された。
「ぬんっ!」
ミシェルはその大剣を振るい、弾丸を叩き落す。剣の重さを微塵も感じさせないほどの動き。続く弾丸は、柄を掴んだ手首を捻り、剣の腹を盾のようにし、防ぐ。
「はぁっ!」
防ぐだけではない。撃ち込まれる弾丸をもろともせず、剣ごと突進を試みた。切っ先が床を舐め、火花が散る。
「ちっ……」
銃弾を撃てるだけ撃つと、横っ飛びに回避。瞬時に左手に顕現させた銃が咆える。
「―――――っ!」
だがミシェルはすばやく呪文を詠唱し、防壁を紡ぎ出す。壁に弾かれた弾丸がむなしく床に散らばった。
「やるように……なったわね」
「貴様こそ……鈍っていないようで、実に嬉しい」
何事もなかったかのように体勢を立て直すミシェルに対し、真咲は内心舌を巻いた。
予想外に相手が強かった。やはり自分が翼といる間に少しずつではあるが、人間の魔力を吸っていたのだろう。おそらく生きたまま吸ったのではなく、殺し、その肉体自身から吸収したといったところか。そちらの方がはるかに早く魔力を補給することができる。
それに自分自身ももう魔力が限界にきていることを悟った。いくら翼という魔魂の持ち主が傍にいたとしても、得られる力は日々わずかだ。そして先ほどシェイドに対して放った分が大きすぎた。
もちろん相手はそれを知っているとしても容赦はないだろう。真咲が殺してきた同胞の怨念を背負っているのだ。負けられるはずもない。
「ふぅ……」
深く息をついた。
おそらくこれが最後の全力での力の解放になるだろう。しかし梓を助けるためには現状でこれ以外に方法はない。
「あまり長くはできないから、これで最後にしてあげるわ」
相手に対しても、また自分に対しても。
「それは嬉しいな。私もそう思っていたところだ」
真咲の手から二挺の銃が零れ落ちる。乾いた音とともに床に落下し、それと同時に彼女の手には片刃の剣が顕れた。はらりと柄から伸びた羽が舞う。
剣は滑らかな軌道を描き、真咲の頭上、上段に構えられた。ミシェルは大剣を引きずるほど下段に構える。




