第四章「紅の堕天使・紫暗の悪魔」・6
「ちょっと待て……」
「……?」
怪訝そうな表情を浮かべるシルフィードを翼は片手で制すと、目を細めた。
なんだ? この感覚……
すん、と鼻を鳴らしてみる。においではないらしい。……しかし翼は何かを感じ取っていた。
「……〈深精神共鳴〉?」
眉を寄せ、シルフィードが翼には理解できない単語を出す。
まさか……ただ単に魔力供給のみを目的とする悪魔との契約でそこまでの能力を?
彼女の口にした〈深精神共鳴〉とは簡単に言えば、契約下にて、契約者と契約対象は意思の疎通だけでなく、視覚や聴覚を共有することができる。だがそれはあくまで信頼関係におかれる二者の間でのみ可能なことで、悪魔と人間の契約でその能力が発現することはなかった。
シルフィードと白河でさえ、意思の疎通程度しかできないというのに……
この少年――折笠翼……一体何者だ?
「……何だ?」
「どうしました?」
外見上は平常心を保っているように見せる。無駄に動揺はしない。
「何か……見える。左目だけ」
「おそらく……これは私の推測ですが、それは天城真咲の見ている光景でしょう。あなた方は〈深精神共鳴〉をしています。要するに、彼女と感覚を無意識に共有しているんです。左目だけ天城真咲の視覚とシンクロしたのでしょう」
翼が首を傾げた。
「つまり……真咲の場所がわかるのか?」
「あなたが望めば」
「随分、自分勝手な力なんだな……」
シルフィードの言葉に口をへの字に曲げたが、より多くの情報を得ようとしたのだろう、目を閉じる。
感じる。
真咲の感じている風を。
風が当たる……頬と足がぴりぴりとした痛みを伝える。切れているのだろうか。
感じる。
真咲のかぐにおいを。
排気ガスのにおいだろうか……それと室外機から漏れるにおいもした。
感じる。
真咲の見るものすべてを。
ビルの……屋上。足元に原型を留めないほど切り裂かれた肉片が転がっていた。
感じる。
真咲の息づかいまでも…………
いつにも増してあらい。
「見えた……ここから南に一キロちょっとだ」
「行きましょう」
翼に対する疑問を押さえ込み、シルフィードは純白の翼をはためかせた。