第三章「独りの騎士・孤独の姫」・1
第三章の開幕です。シェイドとの戦いに決着がつき……果たして翼と真咲、そして梓の向かう先とは?
第三章「独りの騎士・孤独の姫」
それは遠い昔の話。
満月が漆黒の空に光り、星々が煌いていた。
月の明かりに照らし出されたのは二つの影。
彼は小さな少年だった。小学校にも通い出したぐらいの年頃だろう。
少年の前には黒い影があった。人に似た形をしているが人ではない。
そしてそれは彼から見ればとても大きな影だ。
本当に真っ黒で、影から伸びる本物の影より黒く、深かった。
影は少年の前で片膝をつくようにしてかがみこんでいる。その頭はちょうど少年の視線上にある。
少年が手を伸ばすと影は顔を上げた。月光が照らした顔は端整な顔立ちの女性のものだった。月明かりのせいか、それとも体調が悪いのか、顔は白く、髪が長く、夜風に揺れている。
女は少年の手を拒むように顔をそむけた。
だが、少年は自分の手を彼女の額に当てた。途端に少年の手から光の粒子が溢れ出る。まるで闇夜に飛び交う蛍のようなそれは女の額から体全体に広がり、取り巻いた。徐々に光は薄く、拡散していった。
戸惑う女を尻目に少年は微笑みを浮かべた。
女の顔にも自然と笑みが浮かぶ。ゆっくりと立ち上がると、その背中にある羽が大きく開いた。漆黒の羽だ。羽がはらり、はらりと舞う。
羽に見入るようにして少年が目を輝かせていた。
黒翼は大きく二度羽ばたいた。地面に生える草がその風圧で倒れ、強風が巻き起こる。
女の体が少しずつ浮かび上がる。
「――――」
女の口が開かれ、人外の言葉が紡がれた。
今度は少年の首に光が溢れた。光はネックレスのような形を形成する。
少年はそれに触れると、空を見上げた。
そこには何もなかった。
見上げる限りの星空。
いつの間にか顔を出した月。
光を放つものは星と月以外なく、少年の立つ場所は闇だった。
見上げる限りの闇。
どこまでも続く、無限。
手を伸ばせば届きそうな、無限。