第二章「黄金の鈴・漆黒の鎌」・19
「血……って俺のじゃないよな」
あわてて自分の着ていたものを確かめる。と。ズボンにもべっとりとついていた。
なぜ?
「…………そういうことかよ……」
なぜ足元がおかしかったのか、真咲が見ないほうがいいと言ったのか。すべてわかった。ここは血の海だ。よく見れば服の切れ端やなにやら赤黒い塊が落ちている。
「ぐ…………ぅっ……」
どこからか声がした。
ふと目をやると貯水タンクの陰に倒れた人がいることに気づく。白い服。白河がつれていた、聖警察の隊員だろうか。
「ぉ……ぃ……お前」
全身ぼろぼろだった。血に塗れている。乾き、赤黒くなったものが顔につき、どこか不気味ですらあった。
「助け…………」
男が手を伸ばす。だが、
「…………なんだ。まだそこにいたんだ」
冷たい声が男の頭上から降る。
「せっかく助けておいたのに。君には言ったよ? 僕のことを本部に報告しなって」
微笑を浮かべた口が不気味に歪む。童顔だからなのか、目は無邪気であったが、その見え方はときと場合による。今は違う。
「命を無駄にするなとも言ったよね? 他の人たちはみんな死んだのに。あぁ、それとも助かりたくない?」
シェイドは虚空から取り出した鎌を男の首に向けた。翼は、
「おい……!」
「あ?」
言葉が続かなかった。
シェイドの殺気のこもった眼を向けられたからだ。金色の瞳。光のない。
がちがちと歯が噛み合わず震えているのがわかる。手足は震え、立ち上がることすら叶わない。
「まったく、今日はほとほとつまらない日だ。興がそがれた。帰るよ、今日はね。真咲もまだ弱いみたいだし、ほら」
彼が指差す先にはフェンスにもたれかかった真咲がいた。明かに消耗している。
「ぜぇ…………っっ」
漏れる息を抑えたつもりだろうが、遠目に見ている翼にもそれははっきりと聞こえた。シェイドには……言うまでもない。
翼が血に見入っているほとんど一瞬の間に真咲はやられた。今ではフェンスに身を預けて立っているのがやっとだ。服のあちこちが裂けていたし、露出した肌からは鮮血が滴っている。
「なにをした……シェイドっ」
「なにも。ただちょっと時間がなくなりそうなんでね、急がせてもらったよ」
そして男を見下ろすと、
「さて、君もそんなに死にたいのなら、今この場で殺すよ?」
ぎりっと男が歯を食い縛るのが見えた。その口が嘲笑に変わるのも。




