第二章「黄金の鈴・漆黒の鎌」・11
「その前に一回寮に戻ってもいいか?」
振り向き、真咲にそう言う。
「あ、それならあたし、一回家に戻ってもいい?」
梓は顔を上げると訊ねた。
「いいわよ。そういえば梓は家から通学してるのよね」
思い出したように真咲が言った。確かに梓は学園では珍しく家から通学しているのだ。彼女の親が著名であるためその家は豪邸そのものだとも翼は知っている。
「うん。親にも言っておかないといけないし」
「そうね。じゃ、早く帰りましょ」
真咲が梓の手を取る。
「あっ……」
その瞬間。
音がした。
表現しようのないような。生まれてから初めて聞く音。堅い音ではない。柔らかい、粘着質のある音。
次に思ったのは、それを聞かなければよかったということ。そして振り向かなければよかったということ。ただの街の雑音、人の声、その中の一つとして聞き流してしまえばよかった。
「え? ―――――!」
「ん? ――――!」
「何? ―――!」
振り向いた三人の視線の先には、何かの塊があった。黒いとも赤いとも取れる。布のようなものがまとわりついていた。さらに言えば塊を中心として赤い染みが広がる。とろりとした液体。
まっさきに動いたのは真咲だった。塊の近く、彼女たちが歩いていた道の横にある駅ビルの屋上。薄紫色になって来た空を背景に光るネオンの先を見上げる。
「これって……」
梓が塊から発せられている、むせ返るような濃い空気に口元を覆う。翼も顔をしかめる。
「……人間だよな? 真咲」
翼は苦虫を噛みつぶしたような顔で真咲を見た。
原型を留め切ってはいないが、翼の言う通りだろう。切り刻まれたような痕が無数につき、血が表面を覆い肌の色がどす黒く見える。むせ返るような空気には血の匂いがこもっていた。
真咲は頷くと、
「そうよ。それにあれ」
真咲の指差す先。ビルの屋上。
「何もないじゃ――?」