第二章「黄金の鈴・漆黒の鎌」・6
「……まずは昨日のシルフィードとかいうやつのことから頼む」
「シルフィード、ね。あいつがいるのは対悪魔用聖警察の《ヴァイス・エンジェル》よ。表向きには公表されていないものだけど、だいぶ昔から存在していて、本部は日本国外にあるの。それに正確には警察ではなく、それを隠れ蓑にしているにすぎないのよ。そしてシルフィードは部隊長。コマンダーってこと」
そこまで言うと一度言葉を切った。翼はまだ訊きたいことがあった。
「何者なんだ?」
「それが一番の問題ね。うん、そうね。私と同類。でも悪魔じゃない」
「?」
「精霊以上の魔人未満の存在ってとこかしら。でも魔人と同等の力を使うことができる。まぁ天使に近いかもしれないわね」
翼はよくわからなかったが、
「魔人ってのはお前みたなのを言うのか?」
「簡単にはね。もっと詳しく話してもいいけど、今はちょっと理解に苦しむかもよ?」
「なら、いい。面倒な話は苦手だ」
「ま、早い話、私を狙っている。そしてもう一人。彼女の契約者の白河大輔。こいつは曲者よ」
翼はここでシルフィードは女だったのだと思った。どうも中性的な声や顔立ちだったためわからなかった。
「あの後ろにいた銀髪か?」
「そうよ。あいつについては詳しくは知らない」
「……はっきりしないな。それで、何で狙われてるんだ? 昨日はあっちの手違いかと思ってたけど……間違えて手配するような連中でもないんだろう?」
真咲は首を振った。
「……わからない」
「何で?」
「寝てたのよ。十年前まで百年間!」
しばらく間を空けて、真咲は一息に言った。
「あ、それは、まあ、寝る子は育つってか?」
「……五月蝿い」
翼は今の言葉に押し殺したような殺気を感じた。
「……まあ、そういうことにしておこう。で、何だっけ? 聖警察?」
「正しくは滅魔を掲げる《聖滅魔専用部隊上級魔昇華中隊・極東支部》」
「……覚えられねえよ。それが何かの理由で真咲を追っているわけだ」
「それにあなたもね」
「俺も?」
翼は自分を指差し、首を傾げた。
「そう。あなたに秘められている魔魂と呼ばれるものを求めてね」
「まこん?」
「読んで字の通り、魔力のこもった魂のことよ。悪魔やそれに類するものはそれを糧として生きているの。もちろん魔魂を求めなくとも普通の人間の魂にも魔力はあるけど、魔魂に比べれば微少。本当にごくわずか……と言うよりないに等しいわね。だから魔魂をもつ者がこの世に現れれば必然的に狙われるのよ」
真咲は暑さをしのぐように手で顔を仰いだ。前髪が汗で額に張りついていた。
「なるほど。でも今になってか?」
「おそらく、覚醒したのね。魔魂が……」
ちょうど昼休みの終了のベルが鳴った。続いて重い鉄扉の開く音。
「あ! 翼、ここにいたんだ!」
翼と真咲に声をかけたのは息を切らした梓だった。構内を走っていたのか頬が紅潮し額に汗粒が浮かんでいる。
「お? 梓、どうした?」
「倉本さん?」
二人はベンチを立ち上がって訊ねる。
「あれ? 天城さん……あはっ! 二人でいっしょにいるなんて、いろんな意味でラッキーかも」
一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに笑顔になった。
「そんで、何かあったのか?」
「そうそう、今日の放課後、ヒマ?」
「たぶん、ヒマだと思う」
「私は大丈夫よ」
「ならさ、天城さんの歓迎会をしようってことになったんだけど……」
いつの間にそうなるんだ、と翼は思ったが、
「別に構わないぞ」
「それは……ありがとう」
真咲は嬉しそうな笑みを浮かべた。それに応えるように梓は笑うと、
「どういたしまして……」
そしてくるっときびすを返す。
「……それと早くしないと次の授業遅れるよ?」
梓の手には次の授業用の教科書やノートがあった。よりによってクラス移動のある授業だ。
翼は腕時計を見た。授業開始まであと二分。
くそ、完全に忘れていた。