第二章「黄金の鈴・漆黒の鎌」・3
PPPPPPP・PPPPPPP……ダンッ、ガチャ。
手探りで、といかいつも通り目覚ましを止めた(叩いた)。
翼は寝覚めがいい方だ。新明に比べれば断然にいい。
「ん……うぅ……」
寝転がったまま伸びをする。手がベッドの柵に当たるがいつものことだ。そのまま起き上がろうと手をつく。
「ぁ……ぅん……」
何か妙に柔らかい感触。
(……こ、これはまさか。これも王道か……)
恐る恐るではあるが、視線を自分の左に向ける。
「い、いつの間に……」
そこには無防備な寝顔でいる真咲が寝ていた。
そしてこの部屋は学宮学園の寮。基本的に学園の寮は学校と同じく男女両方が住んではいるが棟が違う。ちなみに一人一部屋が割り当てられている。贅沢だと言えば贅沢だ。ただし成績が悪ければ大部屋に移されることもある。
翼の部屋は……わりと片づいていて足の踏み場がないというほどではない。高く積み上げられた雑誌。十五インチほどのテレビに各種AV機器、ゲーム機器。これほど揃っている部屋は翼を除くと学校に残り数人しかいない。これまた贅沢の一つ。だがばれたらまずい。
「……こっちもばれたらまずいな」
翼が真咲の横顔を見下ろしていると、
「うぅ……ん……」
「起きたか?」
しばらく真咲はぼけ――っとした顔で目を半開きにしていた。
「おはよ―――」
間延びした声。昨日の凛とした声が嘘のようだ。
だが、彼女の目に驚愕の光が浮かぶ。
「…………って、え――――ぅもご!」
叫びきる前に口を押さえた。翼はこのまま気を失って欲しいぐらいでもあった。
「ん――もごぁ!」
暴れるので仕方なく手を話す。真咲も状況がだいたい理解できたのか声を小さくする。
「まさか、起きたら隣にいるなんてね」
心底驚いたように言うが、実際は……
「あのなぁ、昨日押しかけて来たのはお前だろうが、真咲」
「そ、そうだけど……」
と、わけもなく赤面したりする。
「それになぁ……」
翼は顔を近づけ、真咲の額に人差し指を押しつける。
「うぅ」
「お前は上で寝てたろ? それが何で下にいるかな?」
翼が使用しているのは二段ベッド。入学の際、家にて姉弟で使っていたものをそのまま持って来たからだ。たまに遊びに来るクラスメート用に二段目が使われているのだが、昨日は帰って来てから真咲とずっと一緒だったので、真咲に二段目を使わせた。自分の部屋に追い返してもよかったのだが。
『それは無理よ。私の部屋はないわ』
そのときはあまり時間がなかったのでそれ以上追求はしなかった。今は別だ。
「ま、いいけど。それより何で昨日は俺の部屋じゃなきゃまずかったんだ?」
そう言うと真咲の顔から先ほどまでの憤然としたものはなくなって、逆に戸惑ったようになものになった。
「そ、れは。昨日、ちょっと派手にやっちゃったじゃない? だから、全員の記憶を消したのよ」
そう言い、手をぱーっと広げる。
消した。消した。消した。……デリート?
「……おいおいおいおい。それはさすがに、驚きだな」
もう理解する……というか彼女が言うのだからそうなのだろうと、半分開き直っていた翼は適当に相槌を打った。
「でしょうね。昨日の記憶を消して、私は今日から転校ってことになってるの。だから、ね?」
「ね? じゃない。今回だけだぞ」
「そのつもりよ」
真咲はにっこりと微笑んだ。これが、本当の悪魔の微笑みなんだろう。
簡単に朝の食事を済ませると、翼は玄関から、真咲は窓から登校した。なんだかやり慣れているように見えた。
「昨日のことがないってことになると、迂闊に変なこと言えないな」
「ようっ!」
翼の肩が叩かれた。振り向くと頬に人差し指が当たった。新明だった。
「今ごろそんなの誰もやらねえぞ」
「ま、いいじゃん。それより、行くぞ」
「ああ。それより新明」
「あぁん?」
「今日って転校生が来るって話だぜ?」
「は? どっから仕入れた、そんな情報。んなことあるわけねーべ。こんな時期に」
無理もないか。
だいたい「ねーべ」って、と翼は苦笑した。