7話 先輩
「澪、お願いがあるんだけど。澪には霊感があって除霊ができるんだよね。」
同期の友人の柚月から相談を持ちかけられる。
柚月は、はたから見ると目立たず、どこにでもいるようなごく普通の女性。
いつも明るく、女性らしい柔らかさで、誰とでも仲良くしている。
日頃から人に甘えたり、頼ったりして、相手の懐に入り込むのも上手い。
ただ、職場では、大変な仕事も、何も苦労していないように仕上げる力はすごい。
このことに気づいている人は少ないと思う。
みんなから見ると、柚月がいるPJはどうしてかいつも順調だと不思議がられている。
それは、柚月が、目立たずに、PJをしっかりと推進しているおかげ。
もちろん、その理由の一つは、ITの基礎知識や業務知識がとても深いことにある。
ただ、それだけじゃなく、自分の意見をしっかり持っていて、ぶれないからだと思う。
しかも、相手には自分で進めていると思わせつつ、柚月の考えに誘導できる所がすごい。
あくまでも相手を立てて、相手の成果にするから、相手も柚月と一緒だと気持ちがいい。
それは、人の気持ちとその動きを理解する力が高いから。
ちょっとした表情から人の気持ちを読み取ることができるのだと思う。
それに対応する方策の引き出しが多い。持って生まれた能力で、羨ましい。
しかも、自分の手柄にせずに、周りの人達のおかげだと言うから嫌われるはずがない。
ただ几帳面な所もあり、顔には出さないけど、実は苦労しているのかもしれない。
そんな柚月が、申し訳なさそうに私に相談があるという。
「霊は見えるけど、結構、危険なことも多いし、あまりやりたくないのだけど。でも、柚月のお願いなら、しかたがないか。」
柚月からお願いされると、断る気になれないのが柚月の憎いところ。
「ありがとう。私の先輩に、怯えている人がいるの。霊の仕業じゃないかって。除霊ができたら、その先輩の旦那さん、高級フレンチのお店を経営しているらしいから、ご馳走になろうよ。」
「なんで、何もしない柚月もご馳走になるのよ。」
「まあ、いいんじゃない。紹介料ということでさ。」
私は、柚月の先輩という女性の家に連れていかれる。
目の前の、30代後半の女性は私の腕にすがり、怖さに震えていた。
狂乱の一歩手前という感じ。でも、まずは、話しを聞かないと、進められない。
「何に困っているんですか?」
「毎日、怖くて、怖くて、なんとかしてください。朱音からは、優秀な除霊士さんだと聞いています。」
「分かりました。落ち着いてください。私は、霊が見えたり、霊と話せたりするだけで、除霊そのものができるわけではないんです。ただ、同じ会社で勤めている先輩のお願いだというので、まずは、助けられることもあるかと思い、今日、お伺いしました。で、具体的には、何が怖いのですか?」
「3年ぐらい前から、ときどき霊みたいなものが見え始めたんです。最初は、道歩いていると、横の家の玄関に気配を感じたので見てみたけど誰もいないとか、自転車を運転してきた女性の後ろに、子供がいると感じて見てみたら、子供用のチェアはあるけど、誰も乗っていないとか、不思議なことが時々あったんです。」
「なるほど。」
先輩は、すぐに霊から逃れたくて、立ったまま話していた。
でも、先輩の足が震え出し、立っていられない様子でソファーに倒れ込む。
私達も、ソファーに座り、話しを聞くことにした。
「また、朝日ですごく爽やかな公園で、3人の男子学生がいて、楽しく話しているようだったけど、よくみて見ると、そのうち1人が、1人の学生の肩に両腕を垂らして、肩に乗っていました。まあ、いじめているのかな? と思い通り過ぎたんですが、後で考えて見ると、いじめられているとしても、腕が乗っけられていた人、明るく話していたから、今から考えると変だったなと思ったんですよ。」
「それで。」
「その後、この家でも、なんか人の気配があって、気にしないようにしてきたんですけど、ここ数ヶ月、夜、まだ旦那が帰ってくる前に、すごい形相をした人が、私にぶつかって来たんです。怪我するとか、そんなことはないので、実際の被害はないんですが、怖くて怖くて、もうメンタルが持ちそうもない。」
「もともと、幽霊を感じやすいんでしょうかね。この家には、そんなに嫌な空気は感じないのですが、何なんだろう。申し訳ないですが、2晩ほど、この家で一緒に過ごしてもいいですか。」
「旦那も、私のことを心配しているから、大丈夫です。うちは、まだ結婚したばかりで、ここは子供部屋にする予定だけど、まだ子供がいないから使ってください。ベッドはないので、布団を敷きますね。旦那もいるので、お風呂とか使うときは言ってください。ご飯はどうします?」
「ご飯は気にしないでください。その辺で、適当に食べますから。」
「では、こちらへ。」
この家で、ご夫婦と一緒に過ごすことになった。
でも、特に殺気とか感じないし、何がいるのか分からない。
旦那さんが原因かもしれない。旦那さんが浮気している女性の生霊とか。
その日は何もなく終わり、翌日、先輩と会話を重ねた。
「結婚はいつされたんですか? かっこいい方ですよね。」
「そろそろ1年目の結婚記念日っていう感じなんです。私、一目見て、この人だと思い、積極的にアプローチして、なんとかゲットしたの。」
「こんなこと聞いて失礼かと思うんですけど、旦那さん、モテるとすると、今でも、多くの女性が誘ってきて、浮気とかしている可能性あると思うんですけど、どうですか? 誤解があると困るので、言っておきますが、浮気相手の生霊という可能性もあるのかなと思って。」
「まず、旦那は私一筋だって、いつも言っているし、その目は嘘をついている気はしない。また、すごい形相の霊は、間違いなく男性だと思うんです。」
「そうなんですね。じゃあ、違うかな? 何か、男性から恨まれることって、ありますか?」
「あえていうと、今の旦那と結婚する前に、別の男性と付き合っていて、その人とは別れたのですが。」
「その人は、いまだにあなたと結婚したいとか?」
「それは違うと思う。あちらからふってきたの。他の女性ができたとかで。私は、その頃は、彼のこと、それほど好きでもなくなっていたから、それもいいんじゃないと思って別れたの。」
「じゃあ、その彼も、あなたを恨んでいないと。」
「そうね。」
「じゃあ、誰なのかな?」
その晩、部屋で、何が原因かと考えていた。
その時、なぜか赤ちゃんの泣き声のような音が聞こえる。子猫の鳴き声なのかもしれない。
先輩は若いご夫婦だけど、この辺は、高齢者ばかりで、赤ちゃんはいなそうな気はする。
赤ちゃんを連れて親のところに戻ってきているとか。
でも、考えてみると、赤ちゃんという可能性はあるかもしれない。
根気良く続けていると、30分ぐらいしたあたりから、相手が話しかけてきた。
「お前、邪魔。」
「どうして。」
「お母さんと一緒がいい。お前は邪魔。」
「その人、お母さんなんだ。どうして、死んじゃったの?」
「言いたくない。」
その後、私は、強い力で、3度ほど壁に叩きつけられ、頭から血が少し出てきた。
気づくと、目が吊り上がり、地鳴りのするような声を出す赤ちゃんが目の前にいる。
見た目は赤ちゃんだけど、その霊力はあまりに強い。
赤ちゃんが手を右に振ると私は右の壁に叩きつけられ、左に降ると左に飛ばされる。
ただ、私に対する攻撃の意思は感じられず、ただ、出ていけという気持ちが溢れる。
でも、先輩の恐怖を考えると、放置しておくわけにもいかない。
時間が経つにしたがって、赤ちゃんの霊力は高まっている気がする。
部屋の空気も重くなり、立っているのも辛くなっている。
早く対処しないと。
「力、強いんだね。強引なことはしたくなかったけど、今回は、こうしないと無理。」
赤ちゃんの薄らとした腕を握り、壁に押さえつける。
霊気は強くても、所詮、赤ちゃんに過ぎない。
首を抑えると、赤ちゃんは脱力し、姿が透明になっていく。
「ひどいよ。僕は死にたくない。お母さんは、お父さんと別れて、今の人と結婚する話しが進んでいた。その中で、お母さんは、子供がいると結婚に支障があるって、僕を堕ろしたんだ。でも、僕は恨んでいない。そうしないと、お母さんが困るんだもんね。僕は、お母さんを困らせたいわけじゃないんだ。ただ、お母さんのお腹の中に戻りたくて、何回も、お腹に向けて走ったんだ。でも、これで終わりだね。お母さんには、会いたかったと言っておい・・・・・。」
消えてしまった。
今回の依頼主は、子供を堕したことを言いづらかったのだと思う。
でも、名も無い赤ちゃん、お母さんに言っても困るだけだと思うよ。静かにお眠りなさい。
それから1週間後、私は柚月の先輩のご自宅を訪問する。
「その後は、何もありませんか?」
「怖いことは全くなくなりました。しかも、体がとても軽くなった気がします。本当にありがとうございます。ところで、何だったんですか?」
「道で拾ってきた、暴力男っていう感じですかね。これから何もないと思います。」
「本当にありがとうございました。」
「先輩、旦那さんの高級フレンチでのディナー、よろしくお願いしますね。」
「分かっているわよ。澪さん、本当にありがとうございました。」
なんとなく、堕ろした赤ちゃんかもって思っていたかもしれない。
また、言わずに済んだって、舌を出しているのかもしれない。
そんな、したたかそうな女性に見える。
でも、それでいい。
女性が生きていくためには必要な嘘もある。
別に、私は、本当のことを明らかにしたいわけじゃない。
明るくなった先輩は雑談をしてきた。
「そうそう、昨日、ホテルのパーティーに参加して、その時にトイレに行ったら、横から、ジャーという大きな音がしてきたの。女性じゃ、あんな大きな音はしないから、多分あれは、女性の服を着た男性のトランスジェンダーね。実際にいるんだって、びっくり。でも、気持ち悪いわよね。どうどう?」
そうなんですねと、興味のない話しに相槌を打っておいた。
こんな馬鹿な女性の子供でなくて良かったと思う。
まあ、あの子は、いいお母さんの記憶しかないんだろうけど。
他人の気持ちを、どうのこうのって言う立場じゃない。
今晩は、芽衣達との飲み会があり、先輩の家から直接、柚月と一緒に会場に向かった。
到着すると、芽衣も朱音もすでに到着している。
芽衣達を見ると、誰も霊を背負っておらず、ひとまず安心をする。
この年代の女性が集まると、だいたいは恋バナ。
「澪、そろそろ彼氏できた?」
「それがね、まだなの。どんな男性が好みかまだぴーんとこないし、なんとなく時間だけが経ってしまうのよ。」
「だめじゃない。やっぱり、婚活サイトでしょう。」
「出会い系の前に婚活なの?」
「だって、もう20代後半に入ったでしょう。女性の旬は短いのよ。いえ、旬はもう終わってるかも。だって、出会ってから結婚するまでに1年以上はかかると思うし。」
「本当に、年を取るのは嫌ね。」
笑顔で聞いているけど、いじめのことを思い出し、まだ男性に近寄るのは怖い。
でも、数年前までは一人で部屋に閉じこもっていたから、こんなに変わった自分は不思議。
「だから婚活サイト。結婚できそうにない人なら断ればいいんだから。」
「でも、知らない人と会うんでしょう。怖いかな。」
「そんなこと言ってるから彼氏ができないのよ。私の職場にいる彩香なんて、婚活サイトで出会った男性3人と付き合っているのよ。それぐらいしないと。」
「3人ってどうやって付き合うの?」
「職場恋愛じゃないから、結婚に適しているかを確認してるだけ。恋愛しているわけじゃないからね。それで、今週は、水曜日はAさん、金曜日はBさん、日曜日はCさんという感じで、毎週、順番を変えていくって感じかな。」
「罪悪感とかないの?」
「ないない、どこのメイク道具が合うかななんて感じで、合うか合わないかを確認しているだけだもの。それが婚活なの。」
「勉強になる。」
飲み会も終わり、お店をみんなで出た時だった。
救急車とパトカーが近くのネットカフェの前に集まっている。
周りの人たちが、若い女性が男性に刺されたと話しているのが聞こえた。
お腹から血を出している女性が救急車の中に運ばれていった。
担架から手がぶらりと垂れ下がり、とても生きているようには見えない。
手錠をかけられた男性がパトカーに乗せられる。
救急車の上で、女性の霊が唖然とその女性が運ばれる様子を見つめている。
アイドルのような顔の女性は、ロングスカートにニットのタートルネックを纏う。
お腹は血だらけだけど、まだ普通に生きているようにしか見えない。
ただ、普通と違うのは、宙に浮き、体が透けているところだけ。
私が、その霊に目を向けると、その女性は私に気づき、近寄ってくる。
「私が見えるのね。私、明日は重要なドラマのオーディションがあって、帰らなければいけないの。どうにか、あの体に戻してもらいたい。お願いだから。」
「私は見えるだけ。そんなことはできないの。ごめんなさい。」
朱音が怖そうに私に話しかける。
「また、何か見えるのね。何が見えるの。」
「そうだけど、話さない方がいい。朱音に取り憑いても困るでしょう。」
朱音はうなづき、下を向く。
女性の霊は悲鳴をあげ、私の肩を掴んでくる。
半狂乱で、お腹から血が大量に流れ出て、黒い煙に包まれていく。
「お願い。なんとかして。」
「ごめんなさい。私は何もできないのよ。」
その霊は地面にゆっくり落ちていき、黒い霧のようになって消えていった。
せっかく楽しい気持ちだったのに、また気分が暗くなる。
どうして、こんな能力を持ってしまったのかと悔やみ、家路に着いた。




