3話 失敗
「芽衣、いつも、みんなを盛り上げてくれてありがとう。乾杯しよう。」
琴葉が、私に向かって梅酒サワーのグラスを突き出す。
今日は、研修があり、終了後、研修で一緒だった琴葉と渋谷で二人で飲んでいた。
琴葉は、自分の意見をはっきりと周りに言うので、時には衝突することもある。
でも、いつも自信に満ち溢れ、女性からみてもかっこいい人だと尊敬している。
「でも、最近、澪は、目に見えるように気持ちが明るくなってきたね。良かった。」
「芽衣も協力してくれたからだよ。」
澪が自殺事件を起こしたと聞いて、心配で、琴葉が澪に声をかけたことから始まる。
澪は、はっきり物事を言うので誤解されやすい性格だとは思う。
でも、長く付き合うと分かるけど、人に対してとても温かい気持ちを持っている。
澪を助けなければと信念を持って、澪に声をかけたのだと思う。
琴葉や、同期の仲間が精力的に澪に声をかけたことで、澪の心は徐々に回復していった。
私も、澪のために、少しは役に立てたことを誇りに思う。
「でも、芽衣って、女性らしいというか、みんなに気を使って、柔らかい雰囲気で対応しているよね。すごい。私にはとても真似できない。羨ましいな。」
「そんなことないわよ。私は、はっきり自分の意見を言える琴葉のこと尊敬しているんだから。」
私は、琴葉のように自分の意見をしっかり持っていない。
自分に自信がないから、人前では適当に笑いでごまかして、その場を取り繕う。
みんなと衝突しないように、自分をごまかして生きている。
琴葉みたく、はっきりと自分の意見を言って相手から嫌われるのが怖い。
そんなことになるぐらいなら、適当に笑って、相手に迎合しておく方が楽。
自分のことを話すのではなくて、相手の話しをうなづいて聞いている方がいい。
それだけだとストレスが溜まるから、時々は、同期の5人組の女子トークで盛り上がる。
この年代の女子トークでは、ほとんどが恋バナの話題。
私は、別にモテないわけでもないと思うけど、彼はいない。
というより、なんとなく誰とも付き合うことなく25歳になってしまった。
どうやったら、素敵な彼氏ができるのかしら。
私も彼氏に優しくしてもらいたいと、最近は、なんとなく思い始めていた。
夜、寝ている時も、男性に抱きしめられる夢を見ることも多くなっている。
「澪のことは、本当に良かった。ところで、琴葉は彼とは上手くやっているの?」
「とっても仲いいわよ。ところで、芽衣は彼は作らないの? 彼に守ってもらうって、とっても安心できるわよ。また、仕事で一番なんて簡単になれないけど、彼の一番にはなれるんだから楽しい。」
「分かっているんだけど、なんか積極的になれなくて。そんなことを考えていたら、いつの間にか、もう25歳になっているし、焦っている自分もいる。この年で処女なんて気持ちが悪いと嫌われるんじゃないかと、前より男性に声をかけるのが怖くなっているの。」
「そんなこと考えていたら、一生、男性と付き合えないじゃない。まずは、前に進んでみなよ。また、処女について、そんなこと考えなくていいと思うよ。男性は、自分の色に女性を染め上げたいということで、経験がない方が嬉しいと思う人も多いらしいから。まあ、私には、そんな男性は無理だけど。」
「琴葉の言うことも分かるけど、そうじゃない男性もいるだろうし。ただ、そんなこと言っていても前に進めないし、少し、頑張ってみようかな。」
「そうそう。そっちの方がいいって。」
ある日、なんとなく飲みたくなって、目の前にある居酒屋に入る。
結構、混んでいる居酒屋。人気なのかもしれない。
店員から声をかけられる。
「お客さん、1人ですか?」
「ええ。」
「すみません。今は満席で、あと30分ぐらい待ってもらえれば空きそうなんですが・・・。」
イケメンが1人で飲んでいる。こんな人と会話をするのも楽しいかもしれない。
「あそこでお一人の男性の席は、まだ座れますよね。相席とかできないかしら。」
「お知合いですか?」
「いえ、そういうわけじゃないけど。」
「もし、お客様がよろしければ、聞いてみますね。」
店員は、少し先の男性に話しかけていた。
そして、男性が振り返り、私の方をみると頷く。
「お客さん、大丈夫だそうです。では、こちらにどうぞ。」
「ありがとう。」
私は、透け感のあるリブニットと、ブラックのパンツ姿。
美しい女性と見られたくて、こんな姿で今日は外を歩く。
ボリュームのあるバストも、周りの人に自慢したい。
「お嬢さん、こんな冴えない男性と一緒でいいんですか?」
「ええ、混んでいて30分も待つと言うし。」
「別の店もあるじゃないですか。」
男性は、遠慮がちに話す。ガツガツした嫌らしさはなかった。
後で文句を言われても困ると思ったのかもしれない。
少なくとも、和やかに話すというよりは、お互いに接点を少なくして飲むつもりに見える。
「なんとなく、今日は焼き鳥という気分で、目の前に焼鳥屋があったものですから。」
「あまり、話しかけない方がいいですね。お一人での入店でしょうし。」
「そんなことないです。逆に、話しかけていいですか?」
「いいですけど、特に面白い話しはないですよ。」
「そんなことないでしょう。お兄さんのお名前はなんて言うのですか?」
「僕は、湊 健一と言います。お嬢さんは?」
「私は、宮本 芽衣です。お仕事は何をしているんですか?」
私が積極的に話しかけていたので、はたからは私達は恋人のように見えたのかもしれない。
「高校の教師です。つまらない仕事ですよ。」
「そんなことないでしょう。将来を期待される若者を育てているんでしょう。どこの高校ですか?」
「麻布高校です。」
「すごいじゃないですか。とても頭が良くないと入れないんでしょう。」
「まあ、そうなんですけど、高校の先生なんて、空気みたないもんですよ。」
「そうかな?」
高校の教師ということは世間体を気にするはず。
女性が拒否したら、それ以上に手を出したりはしないと思う。
堅実な人として、初対面で話すには安心できる。
「部活のコーチとかはしていないんですか?」
「軟式テニス部の顧問をしています。」
面倒見のいい先生、私に優しくしてくれる姿が目に浮かぶ。
こんな人が彼氏というのはいいかもしれない。
「そうなんですね。じゃあ、学生と一緒に汗を流して充実してるんじゃないですか。」
「そんな感じでもないですよ。私はただ、管理しているだけで、部活は学生に任せてるんです。」
暗い雰囲気の湊さんは、お酒がまわったのか陽気になってくる。
「芽衣さん、美人ですよね。」
いつの間にか、下の名前で呼ばれている。
「彼とかいないんですか? そうか、いれば、こんな居酒屋に1人で入ってこないですね。こんな美人を放っておくなんて、世の中の男性は見る目がない。」
「そんなことないですよ。どこにでもいる女性ですから。そんなこと言うなら、私と付き合ってみますか? 無理ですよね。口ばかりなんだから。」
「そんなことないです。じゃあ、連絡先、交換しましょう。」
男性は酔うと、目の前の女性が綺麗だと思える生き物だと聞いたことがある。
湊さんと付き合うのは、男性と一緒に前に進み出すのにいいチャンスだと思う。
私に与えられた最後のチャンスかもしれない。
「嬉しい。LINEやっているでしょう。このバーコード読み込んで。」
「LINEね。やっているけど、どうやって友達登録するのかな。」
「このボタンを押せばいい。」
「ここね。あ、できた。じゃあ、また連絡しますから。」
「私からも連絡していいですか?」
「いいですよ。じゃあ、そろそろ帰りましょうか。もうだいぶ飲んだし。」
「そうですね。家はどこですか?」
「ここからすぐなんですよ。」
私達はお店を出て、湊さんは、駅まで送ってくれた。
私は、さりげなく腕組みをする。バストもあたるように。
湊さんは、女性経験も少なそうだから、処女だからと言って嫌われない気がする。
でも、当面はそのことは黙っておこう。
そして、駅でうつむきぎみで、手を小さく振って別れる。
最後に、不意に耳元に口を近づけ、また会いたいとつぶやいた。
だいぶ酔っ払ったのか、OK、OKと言いながら湊さんは帰っていく。よろけながら。
それから2回ぐらい、湊さんと飲みに行く。
そして、大阪のUSJに行こうという話しになった。
会ったばかりなのに、すぐに返事していいか迷ったけど、行かないという選択肢はない。
「どう行こうか? 調べてみたんだけど、東京駅八重洲口から20時40分発で開場少し前にUSJに着く夜行バスがあるんだけど、どう? 夜行バスって疲れるかな?」
「そんなのがあるんだ。便利だし、それがいいんじゃない。1晩ぐらいなら疲れないと思う。」
「分かった。じゃあ、予約しておくね。それから、メジャーなアトラクションは並ばなくても入れるというエクスプレスパスにしておくね。」
湊さんは、私のために、いろいろと調べてくれたのだと思う。
やっぱり優しい人。
「そんなのがあるんだ。入場券だけで1万円、すべてのアトラクションが並ばなくては入れるチケットは、入場券に4万円プラスかな、あとはその中間だね。」
「5万円は高いかな。こんなに種類があるんだ。4つのアトラクションが並ばないでいい1万円ぐらいでいいんじゃない。そうすると合計で2万円なのね。じゃあ、それにしよう。」
「でも、ユニバーサルパスって面白いね。地獄の沙汰も金次第というか、大坂らしいじゃん。」
東京駅の近くの居酒屋で夕食。
酔っぱらったのか、バスの中ではぐっすりと眠れる。
USJに着いたというアナウンスとともに目覚めた。
わくわくするUSJでのアトラクション。
ハリーポッターのお城も素晴らしかった。
また、ナイトパレードも素敵だった。
本当に楽しかった。1日があっという間に過ぎる。
「そろそろ時間ね。帰ろうか。帰りはまた夜行バス?」
「いや、一緒に泊まろうと思ってホテルを予約しているんだ。」
「え、一緒に泊まるのはまだ早いような・・・。」
「昨日だって、バスに一緒に泊まったようなものじゃないか。いいだろう。」
もう断れなかった。私自身が、湊さんに抱かれたい気持ちを抑えられない。
湊さんが予約した大阪市内のホテルに向かい、その前のフレンチで夕食を取る。
恥ずかしくて何も話せずに、笑っているしかなかった。
そして、ホテルの部屋に入り、私からお風呂に入る。
匂いがするなんて言われないように、石鹸で念入りに洗う。
さすがにすっぴんはどうかと思い、ファンデーションでナチュラルカバーした。
薄手のリップもつけて。
ブラとか、お泊りだったら、もっと考えたのに。
でも、今日のインナーはそれほど悪くもない。
私が髪の毛を乾かしている間に、湊さんはお風呂に入っていった。
そして、すぐに上がってくると、私を後ろから抱きしめ一言いう。
「素敵だね。」
「すっぴんだから、そんなにじろじろ見ないで。」
「すっぴんでも、宮本さんは美しいよ。」
「そんなこと・・・。」
私は恥ずかしくて下を向くことしかできなかった。
そして、湊さんは、私を抱きかかえてベッドに促した。
「まだ早い。」
「大丈夫。僕に任せて。」
それからは本当に幸せなひと時だった。
子供の頃から見てきた夢が今日、叶った。湊さんの腕に包まれている私がいる。
湊さんの子供を産んで、湊さんと幸せになる。
私は、湊さんが眠った後も、湊さんと、その子供の3人で公園で過ごす姿を想像していた。
湊さんとの子供ができたら、本当にかわいらしいと思う。
私が作ったお弁当を、ありがとうと言って笑顔で食べる湊さんがいる。
そして、いつの間にか私も眠りに落ちていた。
朝日が窓から差し込む。
「あら、起きていたのね。おはよう。昨日は素敵な1日だった。これからも湊さんとずっと一緒にいられると思うと幸せ。」
「湊さんって、他人みたいだね。健一でいいよ。僕も、芽衣と呼んでいいだろう。」
「そう呼んでくれると嬉しい。」
「ところで、はっきりしておきたいことがある。」
「何?」
「僕は、3か月後に結婚するんだ。」
「え?」
何を話しているのか分からない。
「芽衣だって、セフレとして付き合っていたんだろう。だって、居酒屋で飲んでから、すぐにここまできたし、僕のことなんてほとんど知らないじゃないか。僕のことで知っていることといえば、高校の教師ということだけだろう。それ以上、聞かれたこともないし。それでも、こういう関係になれるんだから、エッチをしたいと考えているんだろうなって。今どきじゃないか。これからも、割り切った関係を続けていこう。」
私は何が起こったのか分からなかった。
そして、どうすればいいのか分からないまま、その場で立ちつくすことしかできなかった。
次の日、私は、湊さんにLINEで別れるとメッセージを送り、アカウントを削除する。
私は、浮かれすぎていた。
女性なら、男性は誰もが大切にしてくれるはずだと思い上がっていた。
そんなはずもないのに。
しかも、彼が言っていることは間違っていない。
私が、あまりに性急に近づきすぎた。早く仲良くなりたかったのは私の方。
彼に誤解を与えてしまったのは、私のせい。
何かあった時に、失う物は女性の方があまりに大きい。
だから、迂闊な行動は避けなければならなかった。
しかも、彼に任せっきりで、彼は私に中出しをした。
子供ができやすい時期だったのに。
むしろ、そんな時期だから、私の体が彼の精子を欲しがったのかもしれない。
でも、それは、彼と子供を育てられることが前提。
シングルマザーなんて、今の会社で生きていけるはずがない。
育休は現実的には取れない会社だし、休むなら辞めろと圧力がかかる。
出社すれば、過労で倒れるに違いない。
私は、あまりに軽率な行動をとってしまったことを後悔した。
それから1月半後、私は妊娠したことを知り、堕すこととなる。




