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漆黒の闇から  作者: 一宮 沙耶


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15話 誘う

今夜も、私は、オフィスで最後の仕事をしていた。


50以上ある席には、どの席にも透けた人が座り、血眼になって仕事をしている。

そう、このオフィスの人は、もう誰も生きていない。


もう死んだのだから、そんなに自分を押し殺してまで仕事をしなくてもいい。

でも、死んだことに気づいていないように見える。

会社から強い圧力を受け、永遠に仕事を続ける。


周りを労わる気力もなく、ただ目の前の仕事に縛り付けられている。

みんな、恐怖に抗うように仕事に没頭している。

こんな会社が成長するはずはない。すでに没落していたのだと思う。


ところで、どうして私が最後なのかしら。

朱音、親しくしてくれたのに、何もできなかった私を恨んでいるんじゃなかったの?

私は、深夜にオフィスを出て、お詫びをするため、朱音が亡くなった埠頭に来ていた。


その時、私に一人の影が忍び寄る。

黒い影は、どんどん近づいてくるけど、足音しか聞こえない。

一歩一歩確実に、私の背中に向けて近づいてくる気配は分かる。水の滴る音も聞こえる。


たしかに、朱音は相談したいこともあっただろうし、私が、助けられることもあった。

でも、私も、自分のことで精一杯だったの。もう許して。 

恐怖のあまり声がでず、心の中でお願いをした。でも、黒い影の足が止まることはない。


私のすぐ後ろにまで来ている。

黒い影は、私の肩をつかみ、後ろにいる自分に振り向かせた。もう、だめ。

その時、目の前に現れたのは、私が付き合えないって断った斉藤くんだった。


「桜井さん、僕は、君に騙されていた。君は、僕が好意を持っていることにつけ込んで、僕を弄んだね。田澤もそうだ。二人で僕を嘲笑っていたんだ。だから、まず、田澤を殺し、山に埋めておいた。」


え、竜也は斉藤くんに殺されていたの?

だから、突然、連絡が取れなくなったんだ。


「そして、桜井さんも僕が殺して、この海に投げ込んであげる。山にいる田澤と海に放り込まれた桜井さん、一生、会うことができないなんて面白いじゃないか。僕が、どんな気持ちだったのか、やっと気づいてもらえるね。」


斉藤くんの背後には、私にはとても敵わない力を持った霊がいて、斉藤くんを操っている。

見上げても見切れない高さの炎の渦が立ち上り、無数の爪のようなトゲがこちらを向く。

炎の渦が、二手に別れ、私に向かって進んでくる。


とてつもない怒りの突風が斉藤くんを私に向けて押している。これでは私に勝ち目はない。

数々の霊を取り払ったことが、邪悪なものに、私を敵だと思わせたのかもしれない。

私達を恨む斉藤くんの気持ちを利用したに違いない。


斉藤くんは突進してきて、私のお腹をナイフでえぐる。

そうだった。私は、ここで殺されていたんだ。

もう霊になっていて誰にも見えていなかった。だから、誰も私に話しかけなかった。


思い返すと、高野さんが廊下を歩いていたときに、横を通る私は見えていなかった。

高野さんの家では、目線が私の背から考えると高かった。オフィスでもそうだった。

おそらく宙を浮いていたのだと思う。


斉藤くんは倒れた私を蹴り上げて、埠頭の岸壁まで移動させる。

顔がコンクリートの粒を擦り、痛い。

最後の一蹴りで、私は海に突き落とされた。


体が冷えて、辺りの海水は赤く染まっていく。助けてと斉藤くんに手を伸ばす。

もうお腹の感覚はなく、氷の世界に引きずり下ろされた感覚しかない。

斉藤くんは去って行き、今は、誰も上には見えない。


私は泳げないし、刺されて痛く、体を思うように動かせない。

埠頭のコンクリートの壁に爪を立てて登ろうとするけど、自分の体が重くて登れない。

お腹から血は大量に流れ出し、気が遠のいていく。


あと2mくらい上の角に手をかけられれば助かるのに、手が届かない。

焦りもあり、激しく動いたせいか、もう体力もない。

顔が水面より下がって息ができなくなってきた。


もう限界。だめ、私はこれまで。そう思っているうちに、体は沈んでいった。


それから、どのぐらい時間が経ったのかしら。

私は、埠頭に座って夜空を眺めていた。

あれ、どうしてここにいるんだろう。


朝になり、漁業をしている人かしら、私の周りを通り過ぎる人たちも出てきた。

でも、誰も私に気づいてくれない。


そして、オフィスとか、知り合いの横とか、行けるところが限られている自分に気づいた。

でも、行っても誰も気づいてくれない。


心を病んでいた私を助けてくれた同期の仲間達がいて、私は楽しく暮らせていた。

でも今は、私が話しかけても、答えてくれる人は誰もいない。

昔は精神的安全性を保つために一人で暮らしていたけど、今は、一人は寂しすぎる。


私は、一人だけでいるのが寂しくて、心が弱った朱音を呼んだ。

そう、私がこの世を去ったのは、朱音が自殺する前のこと。

朱音は、私に引き寄せられ、海に飛び込んでしまう。


これまでのことは、私がきっかけで始まった悲劇。

ごめんなさい。朱音の命を奪ったのは私だった。

でも、朱音の心を追い込んだのは会社。私は、最後に、背中を押しただけ。


だから、朱音の怒りは私に向いていない。

でも、頬に穴が空き、魚に食い尽くされた朱音の姿を見るのは心が痛む。

私が悪いことは分かっている。


私は、気づくと、いつも海に戻ってきてしまう。

そして、私の体は、腐って破裂しそうに膨れ上がってしまった。

自分の体をみるのもつらい。


そして、朱音は、もうここにはいない。朱音の遺体は警察が運んで行った。

私だけが、海底に残って海水に揺られ、1人で寂しい。


私がいた会社は倒産し、その後、2社が入居した。

でも、私が社員を海に連れ込み、いずれも短期間で移転してしまった。縁起が悪いと。

その後、その建物は取り壊される。ただ、私は今でもこの土地にだけは来ることができた。


更地になった土地には、30階建てのマンション2棟が建つ。

有楽町から10分以内のウォーターフロントとして、600世帯がすぐに入居する。

私の目の前で、多くの家族達が楽しそうな笑顔で優雅な時間を過ごす。


ある日、まだ子供がいない若い夫婦の奥様が気になる。

どこかで見たことがあるような気がするけど、分からない。

お母様のように見える人が、今日は、その女性の部屋を訪問していた。


「美香、お父さんは一人っ子だし、私たちの子供は美香と香澄の2人しかいないし、清水家はもう途絶えちゃうのが悲しいのよ。でも、今更、どうしようもないし。」

「もう、家とか言っている時代じゃないでしょう。そもそも、お母さんは清水家の出じゃないんだし。」

「そうなんだけど。」


たわいもないことを話している。

でも、旧姓が清水ということは、昔は清水 美香という人だと気づいた瞬間、思い出す。

この人は中学で私をいじめ始めた人だ。この人のせいで、私の中学時代は暗黒だった。

決して許せない。私は、怒りに任せ、美香に黒い熱風を吹きかけ、耳元で自殺すると囁く。


「暑いわね。窓を開けてくるわ。」


美香は窓を開け、ベランダに進み、手すりを乗り越え、15階から飛び降りる。

お母様の悲鳴が部屋中に響き渡る。

下に目をやると、車のボンネットの上に手足が曲がった美香の姿が見える。

その体から出た血で、白い車が真っ赤に染まっていく。


それから、私は、海に帰らずに、そのマンションにずっといる。

最近は、記憶が飛ぶ。断片的なシーンしか思い浮かべることができない。

暗闇の中で気づくと、ベッドに横たわる知らない男性の上に覆い被さっていたり。


喧嘩をする夫婦を天井から見つめ、ねっとりとした液体を夫婦に撒き散らしたり。

いきなり眩しい陽の光が目に入り、子供をベランダに誘き寄せたり。

自分が何をしたいのか、もうよく分からない。

ただ、寂しいという気持ちで心臓が破裂しそう。


そういえば、私は、琴葉、芽衣、柚月、朱音と一緒に楽しい時間を過ごしていた。

琴葉は亡くなり、朱音は私がこの邪悪な世界に招き入れてしまった。

芽衣と柚月とはあれから会っていないけど、どうしているのかしら。


そういえば、芽衣、柚月とも一緒にいたくて、自殺させてしまった記憶が蘇る。

でも、結局、一緒にいられない。私はなんてことをしてしまったのかしら。

もう、一瞬の衝動で、人々を死の世界に招き入れてしまう。


体を失い、精神だけが宙に漂う。もう、自分の顔がどうだったかも思い出せない。

かろうじて、女性だったことだけは覚えているけど、男性や女性への特別の感情はない。

ただ、寂しいという感情だけが私を包み込む。


どうしてか、時々、私の耳元では死神という言葉が囁かれる。私のことかしら。

美香の事件はすぐに忘れ去られ、マンションの住人はいずれも笑い声に包まれるている。

私だけが一人。昔はずっと一人だったのに、人の温もりを知ってからは、一人だと寂しい。


私は、こんなに寂しいのに、どうして、この人達は楽しそうに過ごすことができるの?

こんな不公平は許せない。私だって、幸せになりたかった。

男性と結婚して、子供を産み、暖かい陽の光の下で子供と遊びたかったことを思い出す。


でも次の瞬間に、何を考えていたのか忘れてしまう。ただ、ただ、寂しい。

このままだと、今、目の前にいる人を黄泉の世界に誘いこんでしまいそう。

そう、今、部屋で夕食を取り、一家団欒で暖かい時間を過ごす、あなた達を。

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