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漆黒の闇から  作者: 一宮 沙耶


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13話 道連れ

夜11時を過ぎ、誰もいなくなったオフィス。

私は、上司から依頼された議事録を書き終え、帰宅しようとしていた。

電気を消しながら出口に向かって歩く。

 

お昼は怒鳴り声が飛び交うオフィス。

でも、誰もいなくなると、私がパンプスで歩く音が部屋全体に響いて不気味な感じが漂う。

最近は霊を見ないけど、このオフィスでは、今にでも何かが私を襲ってきそうな雰囲気。


振り返ると、真っ暗な空間が果てしなく続き、吸い込まれてしまいそう。

誰もいないと、びっくりするぐらい広い空間が静寂に包まれていることに改めて気づく。

真っ暗な職場は、淀んだ空気が重く感じられ、体が前に進まない。

でも、早くオフィスを出て、エレベータに向かわないと。


振り返ると、真っ暗なオフィスの中で、横のビルから漏れる光に照らされている机がある。

先日亡くなった朱音の席だけがぽつんと。

朱音は、こんな激務の中でも、いつも笑顔で私を包みこみ、励ましてくれた記憶が蘇る。


この会社の激務は人の限界を遥かに超えている。

だから職場では怒号が飛び交い、相手の心配なんてする余裕はない。

誰もが、自分のことだけで精一杯。


それに加えて、朱音は、仕事で大きなトラブルを起こす。

会社から毎日のように責められ、心身ともにボロボロになっていた。

そして、会社にほど近い埠頭から海に飛び込んで亡くなる。


そのトラブルは本当に朱音のせいだったのかは分からない。

みんな、自分を守ることで精一杯で、失敗は他人に押し付けるのが普通の会社だから。


信念を持った朱音が、あの事件のせいで自殺してしまうなんて、今でも信じられない。

いつもの朱音なら、最後まで自分の潔白を証明するために行動するはずなのに。

でも、人間は弱いもの。私は、朱音を助けることもできなかった。ごめんなさい。


その時、いきなり朱音の机にあったガラスの花瓶が倒れ、机の上を転がる。

花瓶は、そのまま床に落ちて、粉々になる音が、朱音の悲鳴のように部屋中に響き渡る。


ガラスが割れる乾いた音が、私の頭の中で、何回も繰り返し響く。私を責めるように。

恐怖のあまり、私は動くことができず、風もなく倒れるはずがない花瓶を見つめていた。

後ろで睨んでいる朱音を感じ、怖くなって、私は、その場から走り出す。


なんで助けてくれなかったのと、私を責める朱音が背後にいるような気がした。

でも、恐ろしいことは、それで終わらない。

翌日の夜8時ごろ、私は、あまりの光景に凍りついた。


死んだはずの朱音が、オフィスで、係長の後ろに立ち、係長を刺すように睨みつけている。

朱音はびちょびちょで、体の一部は溶け出し、足元には、砂混じりの水たまりがみえる。

頬には、どす黒い大きな穴があり、とても生きているようには見えない。


ただ、目はしっかりと係長に向き、口元は大きく開けられて怒りが溢れ出ている。

もう女性らしい姿はどこにもなく、顔も憎しみに歪む。

埠頭で落ちた時に怪我をしたのか、爪は剥がれ、両足は血に塗れていた。


指先からは、怒りの気持ちから炎がほとばしる。

それが、横の女性社員の頬にあたり、その頬は充血し、荒れていく。

もう朱音は、怒りに身を任せ、私のことも分からないぐらい荒々しく燃えている。


霊でも、今の朱音には、人間に大きな被害を与える力がある。

誰も気づかないのかしら、床のマットも黒焦げになっていく。

いえ、社員は今を乗り切るのが精一杯で、床に目を向ける余裕はない。


朱音の裂けた口から、地鳴りのような怒りの声が鳴り響いた。

朱音の、嘘に塗れた会社の不条理への抗議がここまでだったのかと後悔の念に襲われる。

気づいてあげられなくて、ごめんなさい、朱音。


その後も、怒りの声なき声が私の頭の中で駆け巡る。

どうして、誰も、この怒りの声が聞こえないの? 誰もが、平然と仕事をし続けている。

頭痛がひどくなり、意味がないことは分かっていても、私は、手で耳を塞いでいた。


そして、水で濡れた髪の毛が係長の肩にかかり、係長の耳に顔を近づけ、何かを囁く。

朱音は、囁いた後に、にやりとして、だんだん透明になって消えていった。

係長は、何も変わらず仕事をし続けている。

幻をみたのかしら。いえ、そんなことはない。


係長は、松本精機さんへの設計書はできたのかと横に座る部下に聞いていた。

部下は、いろいろな言い訳をしている。

よく分からないけど、まだ終わっていないということなのだと思う。


それを聞いた係長は、部下を怒鳴り散らす。

その怒号に萎縮した社員達は、誰もが喋るのをやめた。

そして、職場は、空調の音だけが響く空間に変わる。


係長は立ち上がり、部下の机に書類を投げた。

でも、それでその場を去ったので、周りのみんなにはほっとした雰囲気が流れる。

そして、早く、その仕事を仕上げようと必死にパソコンに設計を書き込む。


私は、係長の行き先に目をやった。

朱音の席の近くに座る年配の男性2人に近寄る。

そして、耳元で、あの朱音と同じように何かを囁いた。

その2人の表情には何も変化はない。何だったんだろう。


翌朝、社内は大騒ぎとなっていた。

あの係長と年配の男性2人は亡くなったという。

昨晩、酔って、朱音が身投げをした海に足を滑らして転落したらしい。


これは単なる事故であるはずがない。

陽の光が暗い雰囲気のオフィスを照らす。そんな光景の中で、私の体は再び凍りつく。

朱音と、先日亡くなった係長、男性達が、目の前で佇む。


朱音は、自殺の原因となったプロジェクトで指導役だった里さんの後ろに立つ。

後ろからかぶさり、肩に両腕を垂らしている。


係長たちは、里さんの横に座っている女性たちを1人づつ囲み、睨んで立っている。

どうして、係長達までいるの。


お昼前なのに、里さんが座る席の島だけ、どんよりと濁って暗く見えた。

なにか黒い煙が漂っている。

その席に座る人たちは、目を充血させながらパソコンにかじりつき、全く気づいていない。


朱音は、この前見たひどい姿で、炎に包まれている。

係長達は、濡れているだけで、この前までと姿はあまり変わらない。

いえ、係長達の顔を見ると、そこには表情はなく、真っ青で生気がない。


腕はだらりと力なく、重力に負けそうな姿。

肩を糸のようなもので釣り上げられているかのように、宙に浮遊している。

そこには自分の意思はなく、いかにも、朱音に操られているように見えた。


係長の霊が、前を通りかかった男性若手社員の足をいきなり蹴る。

男性若手社員は、つまづき、持っていたコーヒーを周りに撒き散らしながら倒れる。


「おまえ、何やっているんだ。本当にクズだな。給料の半分、返納しろ。いや、それでももらいすぎだ。お前、死んだほうがいいじゃないか。その方が、会社のためだぞ。」

「申し訳有りません。そんなつもりじゃなかったんですが、どこかに躓いて。」

「そもそも、お茶くみをこいつにさせてサボっている女はどこだ。ちゃんと、自分の仕事をしろよ。こいつの仕事は、お客様への請求書を作ることだろう。それさえできないというのに、お茶くみとかさせてるんじゃないよ。」

「彼にお願いしたのは私です。申し訳有りません。」


それを聞いて、里さんは、書類をその女性の頭に殴りつける。


「お前か。お前も、本当に仕事ができないな。ここで、裸になれ。それぐらいしか、職場を明るくすることはできないだろう。」


その女性は泣き出してトイレに駆け込んだ。


「俺に感謝しろよ。こんなできない人を退職に追い込んで、苦労しないで過ごせるようにしてやっているんだから。本当は俺だって、こんなこと、言いたくないんだぞ。ただ、会社のためと、お前らのためだと思って言っているんだ。」


この会社の風土は変わらない。


「そういえば、久米も、自殺するなんて本当に迷惑なやつだ。俺の仕事が増えたじゃないか。少しは仕事ができるやつだと思っていたのに。まあ、お客様とトラブルを起こし、その責任をとって自殺したんだから、しかたがないか。さあ、みんな、働け。」


本当に、里さんは聞いていたい以上にひどい人。 

そして、朱音は、里さんの耳元で囁く。今回は、はっきりと聞こえた。

しかも、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと。


「あの時のミスは私のせいじゃない。高野から送られたメールを課長に見せて、高野のせいだと伝えなさい。そして、踏切で飛び込み、電車に轢かれるのよ。」


聞き間違いじゃない。はっきりと聞こえた。


あの時のミスというのは、お客様に大きなご迷惑をかけた件だと思う。

それで、里さんは、朱音を毎日のように怒鳴りつけ、朱音はボロボロになってしまった。


そして、係長たちも、女性達一人ひとりに囁く。


「お前たちは、久米さんを陰でいじめ、鬱に追い込んだだろう。お前たちは、生きるに値しない。屋上から飛び降りろ。また、お客様にも、今回のミスは、高野が行ったものだと伝えておけ。」


里さんは、あの事件は、高野さんのせいだったというメールを全社員に一斉送信した。

そして、表情も一切変えずにランチにと言って、オフィスを出ていく。


また、囁かれた女性社員3人は、お客様にメールを打つ。

今回のトラブルの原因は高野が起こしたことだと。

その後、何もなかったかのように屋上でお昼を食べ始めた。


社内では、メールをみて、朱音が高野さんのせいで鬱になったんだと誰もが話していた。

でも、高野さんは社長の息子で、正面から批判する人は1人もいない。

誰もが権力の下で萎縮する組織だった。


でも、お昼過ぎに、みんなの雰囲気は一変する。

里さんたちが、オフィスからでて、踏切から電車に突進して轢かれたと聞いたから。

また、屋上でお弁当を食べていた女性3人は、柵を飛び越えてビルから飛び降りた。


上から次々と女性たちが落ちていく。

これを目の当たりにした通行人たちは、悲鳴を上げ、地面にしゃがみこんでしまっている。

次は、朱音を助けられなかった私に囁くんじゃないかと、恐怖で怯える。


そう思ったのは私だけじゃない。

朱音の自殺の原因となったプロジェクトメンバーはどんどん死んでいく。

心当たりのある人は大勢いた。

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