10話 友達の死
窓から朝日が漏れる。最近は、体調も良く、霊を見ることもない。
周りを見渡すと、ぬいぐるみとかが低い本棚のうえに置かれている。
壁は薄いピンク色で、可愛らしい。
クローゼットにはボウタイ付きのトップスとか可愛らしい服をかけている。
フリル付きのミニスカートも多い。ガーリーな服が好き。
明るくなった私は、女性らしい部屋の中で過ごす時間を楽しんでいた。
自分の部屋だけではなく、自分でも驚くほど、開放的な性格に変わっている。
週に3日は出社して、ランチも、オフィスの近くのカフェ等に同僚と一緒に行く。
そして、女性どうしでお昼休み中、話しがつきない。
一人で部屋に閉じこもっていた頃が嘘みたい。
人と一緒にいることが、こんなに安心でき、楽しいことだなんて気づいていなかった。
これは、今はいない琴葉や、同期の友人のおかげで、感謝している。
今朝、出社すると、私の横に知らない人が座っていることに気づく。
その女性が話しかけてきた。
「私、紬っていうんだけど、名前は?」
「澪よ。よろしくね。」
「おしゃれな名前ね。私、先週からこの部署に異動になったの。分からないことばかりだけど、よろしくね。そういえば、あそこに目黒蓮みたいなかっこいい人がいるよね。この職場も楽しみ。」
「あの人、私もかっこいいと思っていた。一緒に頑張っていこうね。」
爽やかで、気さくな感じの人でよかった。この人とは仲良くやってけそう。
また、紬には邪悪な霊は憑いていない。
守護霊が強いのか、清らかな人生を過ごしているように見える。
紬とは、プライベートでも時々一緒に出かける、いい友達となっていた。
半年経った頃、一緒にスカイツリーに行くことにする。
そして、ソラマチでショルダーバックとか、ショッピングを楽しむ。
また、カフェで一緒にベリーショコラを食べて、ずっと職場の男性のことを話していた。
こういう女性どうしの関係は心地よい。利害関係もなく、気兼ねもいらない。
何かの発言が気に触るのではと、顔色を見て、びくびくして話す必要もない。
好かれようと背伸びをすることもない。
最悪、気に入らないことがあれば別れてしまえばいい。
同じ職場だといっても、お互いリモートも多いから、出社日を変えれば会うこともない。
仕事で一緒になることがなかったのが良かった。
そんなことを考え、紬と一緒にいると、辺りは暗くなっていた。
「そろそろ帰ろうか。暗くなってきたし。」
「そうね。ただ、浅草まで歩いてみない。街灯もきれいだし。」
「そうね。」
「じゃあ、行こう。」
川沿いに歩くと、隅田川が見えてくる。
「きれい。川沿いの光が水面に映るのはこんなにきれいなのね。」
「本当にきれい。」
その時だった。紬は、私の口に口を重ねた。
びっくりした私は、凍りつく。
そして、その場を走り出してしまった。とんでもないことを言って。
「きたない女。気持ち悪い。」
人を気持ち悪いという言葉が、過去に、自分をどれだけ傷つけたのかを思い出していた。
たしかに、同性と口を重ねるのは気持ち悪かった。でも、それを言葉に出す必要はない。
とんでもないことを言ってしまった自分を悔やむ。
私は、昔、心を病んでいて、人の言葉にずっと傷つけられてきたのに。
紬をあの暗黒の世界に引き込んでしまうのは分かっていた。
逆に、いじめられていた自分の過去を忘れたかったのかもしれない。
でも、私は、女性に体を預ける関係にはなれない。
翌日、紬と職場で会うと、もう昨日の紬じゃなかった。
私は、裏で紬がレズだという噂を流していたから、みんなから変人と見られたのだと思う。
そんなことしなくてもいいのに。
私のことを大切に考えてくれていた紬を追い詰めるなんて、私ってひどい人。
昔の自分は、自分の殻に閉じこもり、醜い姿と言われることは少なかった。
でも、私のせいで、紬はみんなから醜いと思われている。
本当にひどいことをしている自分を責めた。
女性どうしで付き合わなくても、相手を思いやる関係ではいられたと思う。
分かっているのに、紬を追い詰めることばかりをしてしまった。
私って、心も醜くなってしまったのかもしれない。
自分のことを抑えられない。
紬は職場に来れなくなってしまう。私のせいで。
上司から、仲良かった私に紬の様子を見てきて欲しいと言われる。
私は、紬の家に行くと、ちょうどコンビニの前で紬と会った。
「この前はごめんなさい。でも、私は澪とこれからも友達として一緒にいたい。」
レズだと噂を流したのは私だと分かっているのに、私を責めることをしない。
そんな清らかな紬に、私は冷たい言葉を返してしまう。
「今日は、上司から様子を見てきてと言われて来ただけ。元気そうだから帰る。」
「そんなに嫌わないで。もう、キスなんてしないから。澪は、私に初めてできた友達なの。」
「汚らわしい。もう、気持ち悪くてだめ。私の前にもう来ないで。」
本当に、どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。自分のことを抑えられない。
自分が、昔、心を病み、自殺しようとしたことを知られるのが怖いの?
その時の私の本性は、こんなに醜くなかったのに、今は信じられないくらい汚い。
次の日、職場に行くと、大騒ぎになっていた。
紬が自殺したという。
紬は、私と会った直後に、走ってくるトラックに身を投げたということだった。
何てことしてしまったのだろう。
紬が傷ついていることは分かっていたのに。
紬の気持ちは、自分のこととして理解していたのに。
それから、毎晩、紬が夢にでてくるようになる。
自殺する直前に、すがるように私の顔を見ていた紬の顔。
毎晩、私の横で佇み、私を見下ろす。
その顔は、昔の紬とは全く変わり、顔はアスファルトですり潰されたような跡が残る。
体は、ちょうどトラックのタイヤぐらいの幅でバストの部分がなくなっている。
右手と左足はちぎれ、かろうじて体にぶら下がっている。もう女性らしさはどこにもない。
憎しみが溢れ、ただ、私に復讐するためだけにこの世に残っているように感じた。
そんな柚月が、ずっと私の顔を見つめる。
黒い砂のような、どんよりした渦が紬の体の周りに漂っている。
私の心を読むのはやめて。
私がいじめに苦しんでいた過去に気づかないで。
もし、気づいたら、痛みが分かるあなたが、何であんなことをしたのと怒るでしょう。
毎晩、紬に見られていくうちに、紬の顔は怒りに変わっていくのが見えた。
私の本性に気づいたのだと思う。
私は、その日から転ぶことが多くなり、傷だらけになっていく。
そして、昨日は、駅の階段から転げ落ちてしまった。
誰かから押されたように感じた。紬がやったんだと思う。
今は、病院のベッドの上。レントゲンを撮ると、右腕を骨折していた。
そこでも、毎晩、恨みがいっぱいの紬が私を見下ろす。
私の中の罪悪感が、そう見せていたのかもしれない。
毎晩、私の周囲は凍りつく。真夏なのに。
体を動かせない。これが金縛りなのかしら。
ある日、夜目覚めたら、紬の顔が私の顔の真上にあった。
私に口づけをするように。
その時の紬の顔は優しかった。
私も、その時だけは、嫌がらずに口づけを受け入れる。
そして、紬は私を優しく抱きしめた。
どうしてか、ギブスをしていないみたいに腕が動く。
その腕で紬も私を抱きしめる。
ごめんなさい。私は、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
いつもは寒々しいのに、紬の体はとても温かく、優しさを感じていたから。
その晩から、急に紬が夜に現れることはなくなる。満足して成仏したのかもしれない。
いえ、それは楽観的過ぎる。人間の気持ちはそんなに単純ではない。
紬があきらめたのか、私の罪悪感が尽きたのか。




