9話 ストーカー
澪に助けてもらった恐怖体験から3週間ぐらい経った時だった。
飲んで家に帰ったとき、私は、部屋で凍りつく。
ブラウスをかけているハンガーのフックが、1つだけ、いつもとは逆になっていたから。
いくら、急いで家を出る時があるとしても、私がこんなことをするはずがない。
誰かが、部屋に入ってる。
窓とか、割れているところもなく、入るとしたら玄関のドアからだと思う。
だから、次の朝、急いで鍵屋さんに来てもらって、鍵を交換した。
鍵の交換をするまで、誰かが入ってくるんじゃないかと気が気ではなかった。
だから、鍵屋さんが鍵を交換するまで一睡もできない。
そして、鍵が交換されると、疲れと安堵で、気づいたらベッドで寝ていた。
ベッドから起きると、お昼の2時過ぎになっている。
私は、今晩のご飯を作るために買い物に出かけた。
陽の光のもとで、人が多い繁華街を歩く。
さっきまでの不安は薄れ、ハンガーのフックのことは忘れかけていた。
スーパーの中では、家族や若い男女が笑顔で話しながら買い物をしている。
今晩、一緒に食べる料理は何にしようかと。
本当に平穏なひととき。私も、そんな姿を見て、自然と笑顔に戻っていた。
でも、部屋に戻り、手を洗おうとすると、再び鳥肌が立つ。
いつも左に置いてある石鹸が右にあったから。
朝はこうじゃなかった。鍵を交換したばかりなのに。
そうだ。スペアーキーは管理人さんに渡してあったんだ。
管理人さんが犯人かもしれない。
「管理人さん、今朝、鍵を交換したけど、また、誰かが入った気がするんです。スペアキーは管理人さんに渡したけど、管理人さんが入ったんじゃないですよね。」
「何、言っているんですか。入るはずないじゃないですか。鍵を交換するとか、被害妄想が強いんじゃないですか?」
「そうじゃなくて。」
管理人さんは相手にもしてくれない。でも、間違いなく、誰か入っている。
警察に相談しても、同じように相手にしてくれないかもしれない。
管理人さんと一緒で、気のせいじゃないかって。
2日後にも、再び凍りつくことが起こる。
ハンガーに吊り下げているスカートのファスナーが下がったままだった。
私は、いつもファスナーをあげて吊している。
私は几帳面だから、こんな形でハンガーにかけたりはしない。
明らかに、誰かが触っている。
これは、ストーカーみたいな人が私の部屋に入っているに違いない。
盗聴器の有無を調べる機械を買ってきて調べることにする。
そうすると、案の定、ブザーがなって、盗聴器が見つかる。
翌日、私は、怖い気持ちを抑え、会社からの帰りに、人気が少ない道を歩いていた。
犯人をおびき寄せるためとはいえ、電灯も少ない暗い道を女性1人で歩くのは怖い。
そもそも、私をストーカーするなんて、どんな人なの。
私は、普通にどこにでもいる女性でしょう。むしろ、誰からも好かれていると思う。
ストーカーされるほど、男性の心を惑わせるタイプでもない。
ただ、これまで男性に遠くから見られているとかは感じたことはない。
普通は、郵便物をあさられるとか、なにか兆候ぐらいあるものだけど。
ここ数日、急に攻撃されているような感じがする。
そんなことを考えている時だった、急に、後ろに人の気配を感じる。
しかし、振り返る余裕もなく、男性がナイフで切り付けてきた。
ブラウスは切り裂け、背中は少しだけ血で滲んでいる。
いきなり襲われたことと、鈍く光るナイフの怖さで道路にしゃがみ込んでしまった。
そして、彼は、正面から、私のお腹を蹴ってくる。
私の口からは血が出て、何が起きているかよく分らないまま、顔を上げる。
周りは真っ暗だけど、電灯でぼんやりと照らされた大学生ぐらいの男性の顔が見える。
知らない男性だったけど、物取りとか強姦のようには見えない。
目はつり上がり、すごく恨んだ顔で私を睨みつけている。
しかも、目はつり上がってるけど、口はにやけて笑っていた。
切り付けられるまで、全く気配を感じなかったので、頭の中は真っ白だった。
そして、その男性は話し始めた。
「お前は、顔が可愛いことを餌にして、多くの男を騙してきたんだろう。皮の下は醜い豚だ。俺は、そんなお前に天誅を下すんだ。」
「何のことなの。」
「何、とぼけているんだ。お前のせいで死んだ男もいるって知っているだろう。」
「もしいても、私のせいじゃない。」
「そうやって、自分を正当化するんだな。お前は、本当に醜いな。この世の中から消えてしまえばいいんだ。」
その男性が、お腹を押さえている私の上に乗っかってきた。
そして、顎に手をかけ、顔を上げる。
にたっと笑うと、もう一回ナイフを振り落とそうと、手を上げた。
その時、こんなことが起こるだろうと思い、澪が依頼していたボディーガードが駆け寄る。
男性を押さえつけた。遅いじゃないの。
「なんで、こんな性悪な女を助けるんだ。お前らも騙されているんだ。正気に戻れよ。」
男性は、大騒ぎをしたけど、プロには勝てず、両手を後ろで縛られた。
そして、ボディーガードが呼んだ警察に連行されていく。
後日、私を襲った男について警察から聞かされた。元カレの弟さんだと。
お兄さんがお風呂で自殺したのは私のせいだと思ったのだと。
私の行動を調べて、あの場所で殺そうとしたと警察に語ったらしい。
部屋に盗聴器を仕掛け、周到に調べたと言う。
どのような周期で外出するのか、友人と会ったりしているのか。
部屋では1人だけなのか、防犯グッズとか持っていないのかなど。
鍵のことは、彼の仕事が鍵屋だということで納得した。
鍵を落とした人の依頼で、鍵を開けることも仕事だと言っていた。
家での物の置き方が違うというのは、一旦動かして戻すときに間違えたらしい。
でも、知らない男性が家の中にいたなんて気持ちが悪い。
そして、それを許してしまう家の防犯レベルの限界も感じた。
そもそも、横の部屋を借りて、小さな穴を開ければいろいろなことができてしまう。
壁に耳をすませれば、いろいろなことを聞くことができる。
そんな危うい場所を安心して生きてきたことが間違っていた。
そして、今夜、この暗い道を歩いて帰宅するのが夜8時ぐらいだと分かった。
そこで襲う計画を立てたと警察から聞いた。
私の過去の行動が引き起こした事件だった。




