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漆黒の闇から  作者: 一宮 沙耶


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プロローグ

ごめんなさい。もう生きていく気力がなくなったの。楽になりたい。

3階建てマンションの屋上から見下す道路では、極寒の突風が吹き抜ける。

今、前に踏み出せば、あのコンクリートに頭を打ち付け、一瞬にして死ねるのだと思う。


これまで私が生きてきた時間は、真っ暗な闇の世界に閉じ込められていた。

わずかな光も次々と吸い込まれていき、残るのは暗闇だけ。

もう、どこにも一欠片の希望の光もない。


それは私がみんなから嫌われる存在だから。私が悪いの。

根暗で、才能がなく、いつも、みんなについていけず、小学校でいじめられていた。

みんなは私を気持ち悪いと指をさし、教科書に落書きをされるようなことが増えていく。

でも、そのうち、存在自体が無視されるようになった。


廊下を歩き、おはようと挨拶しても、誰も気づいてくれない。

私は、死んでいて、この世に存在していないのかと思ったこともある。


中学、高校、大学に入って環境が変わると、いじめられなくなると期待した。

でも、そんなことはなかった。


学生時代、ずっと、みんなに虐げられ、その関係から抜け出すことができない。

私は、いつも、下を見て歩き、学校では誰とも話すことがない時間を過ごした。

この世の中では、私は、生きていてはいけない存在なんだと思っていた。


そんな中で、私は心を病んでしまう。

朝から、医師が処方した薬を何錠飲んだのかしら。

そんな私に、この世のものじゃない邪悪なものが渦巻き始める。


ある晩、宅配の配達員が私の家のインターホンを鳴らす。

玄関の方に向かうと、突き刺す威圧感に満ちた黒い霧が私の前を覆っていることに気づく。

この先に霊がいると直感した。恐る恐る玄関を開ける。


目の前にいる笑顔の配達員の肩には、傷だらけの5人の女性の霊がぶら下がっている。

配達員を睨みつける血だらけの顔には、殺気が満ちていた。

女性達の姿は、あまりに悲惨で、思わず目を外してしまう。


一人の女性は、髪の毛が全て抜け落ち、体の至る所は腐ってウジがわく。

もう一人は、目玉がなく、目の穴から小さな無数のムカデが出てきて廊下に落ちていく。

見るに耐えない残虐な姿が目の前に映る。

どこかの山で静かに腐り果て、今も誰にも見つけてもらえずにいるのかもしれない。


あまりの怒りで、この女性達には私は見えていない。

笑顔でサインを受け取る配達員にも、この女性達は全く見えていないのだと思う。

でも、帰り道で交通事故に会い、あの世で、この女性達になぶり殺されるのかもしれない。


女性達の格好は派手だけど、それは、本当の自分を隠すために違いない。

寂しさに押しつぶされないように背伸びしているのだと思う。

自分一人では不安で、どこまでも愛され、安心したい女性のなれの果て。


邪魔になって配達員に殺されたり、相手にされずに自殺したのかもしれない。

それを隠すために、この配達員が山奥に女性達を捨てたのだと思う。

嫌なもの見てしまった。できることは、忘れることだけ。


このことは就職してからも続く。

あれは仕事で上海に出張し、人民公園前のホテルに泊まったときのこと。

蒋介石が結婚式を挙げたと聞いているから、かなり古いホテルなのだと思う。


夜中にホテルに到着し、指定された部屋のドアを開けると、突然、強い攻撃の気を感じる。

この部屋に入るなという殺気で空気が凍りつき、夏なのに鳥肌がたつ。

部屋に入って振り返っても、玄関の方に、出ていけという圧力を感じた。


ただ、夜も遅く、ベッドに入るしかない。いきなり眠気に襲われ、眠りについた。

深夜に電話がなり、エマージェンシーコールが押されたと私に伝える。

寝ているのに、エマージェンシーコールを押すはずがない。


翌日の夜は眠れず、バスタブにお湯を入れて体を温めていた。

そうすると、前夜と同じ時刻に、また電話が鳴る。

エマージェンシーコールがとまた話すので、無視してベッドに入り、眠りに落ちる。


いつの間にか、夢の中で、私は、ホテル前の道路に立っていることに気づいた。

人が轢かれたという叫び声が聞こえる。

そう思った瞬間、カラスの羽根のようなものが私に覆いかぶさり、左肩を掴まれる。


気づくと、半透明で老婆のような霊の顔が、私の顔の前に迫っている。

顔を背けることができず、仰向けでただただ霊の蹂躙を受けるしかなかった。

姿形ははっきりせず、黒く、とてつもない威圧感だけが迫ってくる。


部屋から出ていけと叫び続け、私は金縛りにあって動けず、恐怖の中で過ごしている。

その霊から、すごい力で押さえつけられ、体が破裂してしまうのではとまで覚悟をする。

もがき苦しみ、気づくと、窓から朝日が差し込んでいた。


ホテルは、5年前、この部屋に交通事故で死亡した旅行客が泊まっていたと白状する。

エマージェンシーコールを押した時間が、その事故の時間だとも言っていた。


私は、生きている人にも、死んでいる人にも、誰からも疎まれている。

これまで、親や医師には大丈夫だと言って自分を偽ってきた。

でも、そんな風に自分に嘘をつくことにさえ、疲れてしまった。


こんなに苦悩して、無理にこの世の中で生きていても、誰のためにもならない。

私は、何もない真っ暗な空間に一歩、踏み出した。

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