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王城でのパーティーの翌日から
マルーのまわりは慌ただしくなった。
あのあとすぐに、セルジュはマルーの両親に
婚約者としてマルーを連れて行きたいと伝えた。
突然のことに両親は言葉を失っていたが、
意外にも兄は冷静に
「………マルー、いいのか?」と聞いてきた。
「………いいの。
セルジュ様の婚約者になれば
世界中を旅できるのよ?
お兄様たちになかなか会えなくなるのは寂しいけど
嫁げばみんなそうなるものだから。」
「……セルジュとお前は
それほど頻繁に会ったりしてなかっただろう?
それがなんで急に………。」
「何言ってるの?お兄様。
まわりの子達だって同じでしょ?
親が決めた見たこともない男の人と
手紙のやり取りだけで婚約を決める子もいるのよ?
お兄様だって、今婚約者候補に上がってる方は
もとはお父様が持ってきた話なんでしょ?
これからお互いを知り合っていけばいいって、
それならわたしも同じよ。」
そう、
わたしもセルジュのことを知らなければいけない。
まれに婚約を破棄する場合もあるが
だいたいはそのまま結婚するのが流れだ。
あの様子では、セルジュは婚約破棄などしないだろう。
まぁ万が一、わたしではない誰かを好きになれば
向こうから言ってくるかもしれないが。
それならそれでいい。
どうしてもセルジュじゃなきゃダメだと思うほどの感情を、わたしはまだ持ってはいない。
ならば彼のことを知っていけば、
もしかしたら少しは彼を好意的に思えるようになるかもしれない。
「だから大丈夫よ、お兄様。
少なくともわたしは
セルジュ様と会ったことも話したこともある。
なにより、夢を叶えてくれる方だから。」
…….それに
マルーにはもう一つ、やりたいことがあった。
どうしても忘れられない、気になること。
………‥あの薔薇のあざだ。
突然消えてしまったあのあざのことが
どうしても忘れる事ができずにいる。
なんとかして似たような症状を調べる事ができないかと、
いろいろな医学の本を読んでみたりしたが、
納得できるような答えを探しだせずにいた。
もしかしたら、
他の国にはあるかもしれない。
同じような出来事を記した本や、
同じような体験をした人の話を聞くことができるかもしれない。
そう思うようになったのだ。
調べてみよう。
せっかく各国をまわるチャンスを手に入れたのだ。
………思いもよらない方法で。
「次の出航は10日後ですから
それまでにマルーの準備をお願いします。
……マルーも
それまでにやりたいことはやっておいてね。」
両親との話にひと段落ついたセルジュが
マルーを見ながらそう伝える。
婚約を迫ってきた時のあの妖艶な瞳ではなく
いつものほんわかとした瞳で。
はい、と返事をすれば
にっこりと笑顔を返される。
今ここで爽やかに微笑んでいる人は、
ほんとうにあの時と同じ人なのかしら?
あの妖艶な笑みが、大人の男性が見せる魅力なのだろうか?
ジュリエッタや友人たちが話していた恋話に
大人の男性が見せる魅力や余裕は、
同じ年頃の男子にはないものだときゃっきゃっしていた。
………あれが魅力?
それともこちらをからかう余裕?
あんなとろけるような笑みを見せられたら
こちらの余裕がなくなるに決まっている。
出来ることならあまり見せないで欲しい。
この先の生活に一抹の不安を覚えながら、
マルーは旅支度を始めなければと考えていた。




