㉖
意識がもどってから、
マルーは徐々に元気になりつつある。
脇腹のあざが消えたことを母に伝えると、
倒れたこととなにか関係があるかもしれないと心配し、
医者にもその部分を診てもらったが、
特に異常はないとのことだった。
あれはほんとうに、ただのあざだったのかもしれない。
自分が薔薇のようなかたちに見えただけで、本当は気づいていないだけで、どこかにぶつけてしまっていたのかもしれない。
よくよく思い返せば、書庫に行ったあの日
抱えていた本を無意識に押し当てていたのかも?
それで出来てしまったあざを、薔薇のかたちに似ていると思い込んでいただけかもしれない。
そして自分が意識を失っている間に
あざは薄くなり、消えたのかもしれない。
「そうよ……きっとそうだ。」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
もともと、マルーはくよくよ悩むタイプではない。
悩んでいても仕方ない、次にどうするべきかを考えるほうが大事だと思うタイプなのだ。
でもあの日のことは、忘れてはいけない。
セルジュと食事をしたあの日
体中を何かが這うような、巻き付くような感覚。
あれだけはいつものいたずらを忘れるように、
簡単に忘れてはいけない感覚だと思った。
怖かった、気持ちが悪かった。
何かに囚われるような、あの感覚。
思い出してぶるぶるっと身震いをする。
大丈夫、大丈夫。
…………だってセルジュは、もう近くにはいない。
お兄様が教えてくれた。
セルジュは毎日お見舞いに来てくれたこと。
両親の仕事の関係で、マルーが調子を崩している間に
また異国に旅立って行ったこと。
また、会える日を楽しみにしていると伝えて欲しいと。
「………きっと、すぐには帰ってこない。」
ならばあの気持ち悪い感覚を、もう味わうことはないかもしれない。
セルジュがいなければ、きっと。
「………………………。」
けれど
マルーの不安は消えなかった。
このままセルジュに一生会わないでいられるとは
どうしても思えなかった。
月日が流れ、マルーが少し大人になった頃、
セルジュはきっと、自分の前に姿をあらわすだろう。
そのとき自分は、どうなってしまうのか。
まだ誰も知らない未来のことを
マルーは想像して少し、憂鬱になった。
また会える日を楽しみにしてる。
………‥セルジュはそう言い残したのだから。




