76.葬儀
エレゲイアの葬儀が執り行われる日は、快晴だった。
大聖堂は、生きている時の彼女が最も嫌ったであろう仰々しい静謐さに包まれていた。日に晒された空気は温かく、何百本もの白百合と高価な香の匂いがいっそう強く感じられる。喉の内側に絡みつくようだ。
「――故人は、奇跡の礎となりました」
演壇で述べられる弔辞を、アルギロスは――その内側に潜むバルドは、無機質な瞳で聞き流していた。
(……嘘つきども)
アルギロスの感覚は、バルドのそれよりもずっと生の鮮烈さを捉えた。遺影のエレゲイアが不機嫌そうなのが、生前にそっくりで笑えてくる。今にも皮肉を言い出しそうにさえ見えた。
参列する高官たちのコートはどれも真っ黒で、制服のようだ。上質な生地ばかりが見本市のように揃っている。ここにいるのは、キャンセル・プロジェクトに関係ある人間ばかりだ。
慣れない肉体の中で、バルドの意識が軋む。
(アルギロスと共に死ぬなら、公の場だ。多くの目に触れる場所。だが……)
大々的に執り行われているエレゲイアの葬儀は、公に死ぬにはうってつけの舞台だろう。
だが、儀式の最中は駄目だ。弔いを、復讐の道具にしてはならない。
どんな大義名分も、死者の名を借りる理由にはならない。
――これはぼくだけの怒りだ。
(ここで死ぬわけにはいかない)
――焦るな。焦りは汚い。
関係者だけの葬儀は、午前中で終わった。鐘の余韻が消えるころ、参列者は一度引いた。午後からは一般からの弔問を受け入れるため、大聖堂の扉が開かれる。献花台が残され、祈りの列が伸び始める。
静まり返った身廊で、一人の男がアルギロスへと歩み寄ってきた。銀の刺繍が入った白いローブを纏い、胸元には麦と天秤の印章が輝いている 。葬儀の間、葬儀説教を務めた信仰者――アシェルだった。
彼はアルギロスの傍らに立ち、穏やかだが有無を言わせぬ視線を投げた。
「……アルギロス卿。お疲れではありませんか。無理をなさらず、別室で休まれても構いませんよ」
(出たな、お節介焼きめ)
アシェルの声は柔らかい。バルドにとって、その声は赦しを象徴する苛立たしいものだった。
「案じてもらうほどではないよ、アシェル」
アルギロスが放った言葉の端に、隠しきれない苛立ちが混じる。アシェルの視線がアルギロスの器を射抜いた 。
だが、アシェルはそれ以上は踏み込まず、ただ微笑んで演壇へと向かった。
一般向けの追悼ミサで、アシェルが再び葬儀説教を始める。
「……私たちはいま、悲しみの中に立っています。しかし、彼女が残したものは、成果だけではありません。沈黙のうちに支えてきた、その背中を私たちは知っています」
アルギロスの身体は、考えるより先に指を組んだ。膝が勝手に落ちる。
躾の残骸だ。ばかばかしい。
「死は、誰の手にもありません。終わりに見えても、意のままに覆せない。命は与えられ、やがて《定め》に引き戻される。その道の途中で、私たちは互いに手を添え合うことが許されています……」
その《定め》という言い回しが、八年前、かつての自分に向けられたものと同じだと気づいた瞬間、バルドの意識が跳ねる。
(……そうだ。本来は終わる《定め》だった命だ。延命がなければ)
「あなたは生きている。それが定めなのでしょう」とアシェルは言った 。だが、バルドにとって定めとは、命の担保にすぎなかった。生きるとは、返済を続けることだった。
バルドの精神鑑定はいつも『異常なし』だった。自殺願望がない、という意味で。
当たり前だ。死にたいわけじゃない。ただ、一秒ごとに利子を請求してくるような日常に、ほとほと愛想が尽きていただけだ。
「定めに引き戻される瞬間まで――彼女がそうしたように、あなたたちの手で持ちこたえなさい。私たちはここに共に祈りを合わせます。エレゲイアの魂の上に、そして遺された方々の上に、深い慰めがありますように」
まだ、回路は繋がっている。
燃料と化した自分が、記憶から磨り減っていく。
エレゲイアは、どんな声をしていたか。どんなふうに笑ったか。知識や技術の他にも、何かを与えてもらったはずだった。死霊術士は強い香を纏うはずだ。彼女のは――?
剥がれる。言葉にならなかったものから、順に消えていく。
自分が何のために怒っていたのか。一番大切なものから蒸発していく。
バルドは、虚ろなアルギロスの瞳で献花台を見つめていた。
百合の匂いが、あまりに酷い。




