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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第四章 転生(リーンカーネイト)

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75.ゲートをつくる

 サウィンは身体を引きずるように歩きながら、ジェーンに話しかけた。


「……今のバルドの状態が管理局に知られたら、術は止められる。だが、それは『切断』だ。回路を強引に焼き切って、無理やり術を終わらせる」


「それだと、どうなるの?」


「反動が出る」


 サウィンの踵が、深夜の静まり返ったフロアに硬い音を立てる。自らの退路を一つずつ踏み潰していくような、ひどく重い音だった。


「最悪、高濃度の触媒汚染を撒き散らす異形の屍体になりかねない。バルドか、アルギロスか、それとも両方か……そこまでは、わからないが」


 無理やり術を止めれば、溜まった圧は行き場を失う。それは高圧の蒸気パイプを斧で叩き切るようなものだ。そうなれば、隠蔽が難しい規模の事故になる。監査が入り、「死のキャンセル」という奇跡のメッキは剥がれ落ちるだろう。


 ――それが、バルドの狙いなのかもしれない。


「君は本来、《出力なし》から圧を抜く……つまり、閉じ込められた痕跡を引きずり出せる存在だ。アルギロスからバルドを引き剥がせる可能性もあった」


 ジェーンは、バルドに触れた瞬間の、自分の中心部が裏返されるような感覚を思い出して、小さく身震いした。


「わたし、逆に吸い込まれちゃった」


「いまのバルドは閉じ込められているんじゃない。アルギロスを動かすために、自分を燃料として汲み出している。君の《穴》はただの入口にされる。何も引き上げられない。むしろ、君が通路にされて、向こうへ引きずり込まれる」


「引きずり込まれたら、どうなるの?」


「通路になり続けたら、向こうが君を使って吸い上げ量を増やすだろう。——暴走の引き金になりかねない。……前は、すぐ手を離したから問題なかったが」


 ジェーンは自分の手のひらを見た。バルドの右手の冷たさが、今も手のひらに残っている。それは、この世界を道連れにしようとする鎖のようだった


 サウィンは、コート掛けから上着を取り上げて、腕に掛ける。その指先は、まだインクで汚れたままだ。

 

「……君の挙動を、固定するのがいいと思う」


 そのままフロアのドアを押し開けて、廊下へと進む。


「弁をつくるんだ。通り抜けを拒絶するように刻印を打つ」


 ジェーンもまたドアを潜り、サウィンの言葉に目を瞬かせる。


「そんなことできるの?」


「君を縫い止める(アンカー)を打てばいい。……シュラウドの領分だが」


「でも、シュラウドは、知らないでしょ。バルドが目を覚さないことも……」


「知らせる必要はない」


 サウィンはジェーンを振り返らなかった。


 *


 サウィンが重たい鉄の扉を押し開けると、にこにこ笑うシュラウドがすでに待っていた。地下作業場の空気は、地上よりも数度低い。古い薬品のにおいが肺に重く入り込んでくる。


「珍しいね~、サウィンから呼び出してくれるなんてさ」


 サウィンは少し気だるげに視線をやる。


「いきなり呼び出してすまない、シュラウド。刻印を頼みたい」


「いいけど。どこに? まさか……」


 シュラウドは、隣に立つジェーンをちらりと見た。


「ジェーン・ドゥに」


「え〜。バルドに聞かなくて大丈夫なの?」


 サウィンが難しい顔になる。


「……今は、僕が借りている」


「君ってば隠し事が多いよねぇ、サウィン」


 シュラウドはけらけらと笑った。サウィンは小さく続ける。


「……ジェーン・ドゥが《出力なし》による触媒汚染を止めに入ったが、逆に吸い込まれそうになった」


「ふーん? ただの《出力なし》じゃないんだ」


「ああ。改造されている。吸い上げた分だけ、別の場所へ吐き出す——出口付きの回路だな」


「あー。なるほどね。不発弾(ゼロ)じゃなくて、地雷(マイナス)ってわけか。戦時中に使われたっていうブービートラップと同じだ。屍体を弔おうとした人間の魔力や痕跡を根こそぎ持ってくやつ」


 あ、前例があるんだ、とジェーンはひっそりと眉をひそめる。バルドがやったのは、もはや禁忌ではなかった。死霊術という技術体系の中に、戦争の遺物を仕込み、己を兵器へと転換させてしまった。


「ただの人間であれば、長期間触れていない限り死にはしないだろう。だが、ジェーン・ドゥという《穴》が触れると、入口を増やして、むしろ吸い上げを手伝ってしまう」


「流量が増えたら、圧に耐えきれなくなって爆発しそうだよね。触媒汚染が広がりかねない」


「そうだ。せめて、彼女が汚染を加速させないよう、彼女に《刻印》を打っておきたい。――君の専門だろう」


「ま、いいよ。そんなものは放置できないからね。一応、挙動を見ておこうか?」


 シュラウドが踵を返していなくなったかと思うと、ほどなく大きなトランクを引きずってきた。そこから取り出された上腕骨は、古い蝋のように黄ばんでいる。紐が解かれた瞬間、金属が軋むような高音が神経を逆なでする。


 ジェーンが触れると、音が吸われたようにすっと止まった。


「前と挙動は変わってないね~」


 次にシュラウドは金属箱を開け、真鍮の導線と、刻印が刻まれた小さな黒陶の壺を取り出した。


「じゃあ、汲み出し口を作ってみるか」


 壺に刻まれた刻印が薄く光る。促されるまま、ジェーンは骨に触れた。


「……っ」


 ジェーンの体が、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように前傾する。身体の奥が引っ張られる。吸った分だけ、さらに引かれる。

 それを見ていたシュラウドの目が、鋭く細められた。


「確かに、サウィンの言う通りだね。これは制御が要るよ。さて、どこにしようか……」


 そう言いながら、シュラウドはトランクの底から、古びた革のロールを取り出した。広げられた布の中には、数本の銀の長針が並んでいる。その一本一本の表面には、肉眼では捉えきれないほど微細な幾何学模様が彫り込まれていた。


「痛覚はないんだよね? ま、あっても関係ないけどね」


 シュラウドは笑いながら、アルコールランプの青い炎で針先を炙り始めた。 銀色の針が熱を帯び、朱色に染まっていく。作業場の冷え切った空気が、針の周囲だけ陽炎のように歪んだ。


「動かないでね。一画でもズレたらどうなるかわかんないから」


 シュラウドがジェーンの肩を固定する。熱せられた針をジェーンの左鎖骨のすぐ下へ当てた瞬間、ジ、と肉が焼ける短い音がした。同時に、皮膚からじわりと焦げた匂いが立ち上る。


 サウィンは、その焦げた匂いから逃げるようにわずかに目を逸らす。だが、すぐに視線を引き戻した。


 シュラウドの指先が、流れるような手際で針を走らせていく。

 焦げた匂いが作業場の埃っぽい空気と混ざり合い、ジェーンの鼻腔にこびりつく。


「はい、おしまい。これでどうかな?」


 もう一度、ジェーンが上腕骨に触れる。吸い寄せられる感覚こそあったが、今度は引きずり込まれることはなかった。


「……よし」


 そう漏らしたサウィンの声は、ひどく掠れていた。その言葉は、爆弾の安全装置をようやく一つ確保したという、実務家の疲弊した吐息だった。


「これで、最悪は避けられる……」

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