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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第四章 転生(リーンカーネイト)

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65.検分室にて ②

 ただ一つ、腑に落ちないことがあった。

 検分室の隅で黙っていたジェーンは、思わず口を挟んでしまう。


「その……加工で《出力》を潰したのはわかるけど。それで、どうして屍体が《触媒汚染》になって、暴走するの?」


「あ~。それ、すごくいい質問じゃないの、サウィン?」


 右から左へ投げられた視線を受けて、サウィンは小さく息をついた。壁際から一歩だけ前へ出る。


「まず、〈死者問答(ダイアログ)〉が何をしてるか知ってるのか」


 ジェーンはバルドの言っていた言葉を思い出す。


 ――これは《回答候補》の一つだ。屍体に残っている情報をかき集めて、生前の癖をほぼ完璧に再現している。


「……屍体の情報を引き出す?」


「それでいい。《痕跡》は死んだ身体に残る信号だ。――つまり、まだ動く」


「まだ動く? どういうこと?」


「中身が動くって話じゃない。《痕跡》は記録というより信号だ。死んでもすぐゼロにはならない。生前の癖で組まれた回路の名残りが、残響みたいに揺れている。そのばらけた信号を揃えるために、触媒を使っている」


 指先で空をなぞって、一本の線を引く。


「通常は、痕跡が外へ抜ける《出力経路》が開いている。喉と気管支のあたりにある。いわゆる排気口だな。不用意な触媒反応は、そこから逃げていく。〈死者蘇生(ダイアログ)〉は、その逃げる流れを拾っている。それが《出力》だ。

 だがこの刻印は、その《出力経路》を塞いでいる。反応は外へ抜けない。だから拾えない」


「読み取り不可ってやつね~」と、シュラウドが軽く口を挟む。


「読み取れないだけならいい。問題はそのあとだ」


 サウィンの視線が刻印に落ちる。


「触媒は、魔術反応を誘発するという点で、着火剤のようなものだ。正確には、痕跡を増幅するスイッチに近い。普通の屍体なら、うっかり〝火〟がついても燃え広がらない。反応は外へ抜けて、そこで終わるからな」


「出口が塞がれてたらどうなっちゃうの?」と、シュラウドがわざと素朴に聞く。


「逃げない。溜まり続ける。内部に熾火(おきび)――残り火が居座る。

 そうやって『次の着火で一気に燃え広がる状態』に固定されたものを、《触媒汚染》と呼ぶ」


 ジェーンは唇を噛む。


「じゃあ、《出力なし》は、『静かな屍体』じゃなくて……」


「不発弾」


 シュラウドがにやりと笑う。


「性質としては『怒れる屍体』だよねえ。周りを巻き込むんだから」


「……そうだな」サウィンが淡々と肯定する。

「喉だけなら、黙るだけで済むんだが。だが呼吸の通り道まで封じてたら、何も逃がせやしない。内圧が上がる。そしたら破裂する」


「破裂?」


 ジェーンが聞き返すと、シュラウドは指を弾くみたいに手をパッと開いた。破裂のジェスチャー。


「ホラ、人体って落下したら《頭》が開いて飛び散っちゃうでしょ? あれ」


 でしょ? と言われても困る――だが話の筋だけは追えて、ジェーンはつい曖昧に頷いてしまう。


「そういうの、街中だと『野次馬が増えるから嫌だ』ってバルドがぼやいてたよねえ。回収も面倒だって」


 バルドがいかにも言いそうな言葉に、ジェーンは思わず笑ってしまった。


 ――でも、前は。


 汚染した屍体にジェーンが触れた瞬間、暴走が鎮まった。

 理屈はわからない。確かに止まった。手を離すと、また反応が再開した。


(わたしが触っている間だけ、止まる。……どうして?)


 ジェーンは指先を握り込み、ちらりとグレイヴスを見る。

 この場で口にしていいのか。


 沈黙を破ったのはルツだった。


「ま、要は、何らかの目的があってやってそうってことよね」


 グレイヴスは、ゆっくりと息を吐いた。


「触媒汚染事故に見えるように設計してる可能性はある」


 状況証拠に過ぎない。刻印の位置も、素材も、反応の出方も、まだ「偶然」で片づけられる余地はある。だが、仮説のままにしておくには、点同士を繋げられる線が太すぎる。

 別々のはずの点が、ひとつの意図に向かって噛み合いすぎていた。


 グレイヴスはふと、バルドの顔を思い浮かべた。

 バルドは《出力なし》の承認確認を何度も通してきた。だからこそ、違和感に気づいたのかもしれない。


 ルツが軽くうなずき、検分票に追記する。


 《声帯及び主気管支に刻印。銀反応あり。出力経路封鎖の意図が疑われる。》


「現時点では断定できないけどね。刻印の細部を複数の屍体と比較して、絞り込んだほうがいいわね。バラバラなら、工作じゃない可能性もあるわけで」


 シュラウドが受け取るように口を挟んだ。


「比較対象として、《出力なし》屍体を一体回してくれる? 印が出なければ、今回の線が異常だって確定するからね」


 グレイヴスは即座に頷いた。 


「ルツ、お前は使われた薬剤の配合を記録しろ。シュラウドとサウィンは《死霊術士(ネクロマンサー)の見解》を報告にまとめろ。シュラウドは印について、サウィンは死者問答(ダイアログ)についてだ」


「了解~。保全課長さんにも読める文章にしてお届けしますよ」


「不要だ。余計な言葉は削れ」


「いやあ、それを削れないのが俺の専門性なんでねえ」


 シュラウドは軽く笑いながら、もう作業に入っていた。

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