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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第四章 転生(リーンカーネイト)

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63.伝言

 グレイヴスが出勤すると、照明だけが点いた保全課フロアに、ただ一人だけ男が立っていた。首から《一時来訪者》の札を下げている。

 無言で差し出された封筒に、朱で『親展』『至急』とあるのが見えて、眠気が引っ込んだ。

 封を切る前から、嫌な予感だけが先に立った。

 素早く封を切って、重要なところだけを拾い読みする。


《貴局より出向中の死霊術士(ネクロマンサー)バルドは、施行業務中に発生した術式反動により、心肺停止に準ずる仮死状態となり、直ちに当院の措置を受け、附属療養室へ収容した。》


 文面を最後まで読み切る前に、グレイヴスは言った。


「なら、管理局附属の治癒院に移しておけ」


「それはできかねます。現在、隔離措置がかかっておりまして」


 グレイヴスは鼻を鳴らした。


「仮死したついでに拘束、ってことはないだろうな」


「まさか。拘束命令など出ておりません」


 グレイヴスは発言を聞き流しながら、《心肺停止に準ずる仮死状態》の文字をなぞる。


「蘇生とはいえ、儀式の代償にしては、重すぎだな」


 唐突な話の転換に、来訪者は言い淀んだ。


「まあ……はい。不可解ではあります」


「不可解?」


「もっとも、個人差がありますので」


 グレイヴスの背後に置いてある《備品(ジェーン)》が身じろぎしたような気配がしたが、彼は黙殺した。


 *


 食堂は昼前で空いていた。席は半分以上が空席だ。

 廊下から持ち込まれた消毒液の匂いが、配膳のスープの匂いに混ざってわからなくなる。


 グレイヴスは壁際の端の席に座り、書類を開く。

 そのとき、頭上から声が落ちた。


「隣、座るよ」


 軽い言い方だが、声はかすれている。

 グレイヴスが顔を上げると、女が立っていた。トレーを片手に持っている、もう片方の腕は不自然に動かない。腕には包帯が巻かれていて、首にも白い包帯が一周していた。端がずれて、肌に赤い滲みが見える。


 怪我は新しいが、雑に処置されている。本人が急いで巻いたか、最低限の応急処置だけで現場に戻されたか、どちらかだ。


「よそをあたれ」


 拒否ではなく警告として言ったつもりだったが、女は平然と線引きを無視した。


「あんたがグレイヴスだよね」


 名を呼ぶ声に、確認よりも選別の響きがあった。


「そうだ」


 グレイヴスが短く答えると、女は許可を待たずに座った。


「じゃ、よかった」


「何がだ」


「話が通じる相手に当たったってこと」


 女はスプーンを持ったが、食べない。手がわずかに震えるのを、握力で抑えつけている。


「用件を言え」


 グレイヴスが促すと、女は一瞬だけ笑いかけて、すぐにやめた。笑うと首の傷が痛むのだろう。包帯の下で喉が動いた。


「バルドは生きてる?」


「なぜ死んでると思う?」


「ま、そりゃそう言うよね」


 女はぽつりとつぶやいてから、必要最低限だけ名乗った。


「あたしはシャガ。変成術士(トランスミューター)


「要件は?」


 グレイヴスがもう一度だけ促すと、シャガは周囲を見回した。


「……あんたのとこのネクロマンサーから伝言を頼まれてね。二つも」


 シャガはさらに声を落とす。


「まず一つ目、『《出力なし》は生前の終末保全(エンバーミング)から洗え』ってさ」


 グレイヴスの指が止まった。

 生前の〈終末保全(エンバーミング)〉――生きているうちに屍体処置に近い工程を済ませることだ。これを施すことで、死後に誰も触れなくても状態が保てるようになる。


 つまり、死後の工程が丸ごと省ける。屍体の保全には大いに貢献する。グレイヴス個人としては、管轄内に住む住民全員に施して欲しいくらいだ。


 ――だが、触れなくていい、というのは、誰かに触れさせたくない、ということでもある。


「理由は聞いたか?」


 シャガは肩をすくめた。包帯が擦れて顔が歪む。


「知らないよ。わざわざ『線を洗え』って言うなら、偶然じゃないって言いたいんじゃないの?」


「お前はどこまで知ってる」


「何も。あたしは加工屋。《出力なし》ってのが何の隠語かも知らないね」


 グレイヴスは静かに先を促す。


「二つ目は?」


「『《随行資産》の件は変成術(トランスミュート)から洗え』だってさ。こっちも意味わからないけどね」


 随行資産――ジェーン・ドゥ。あれはいまここにいない。保全課から出さないよう伝えてあるからだ。

 アンデッドというにも規格外の存在。

 そして、《出力なし》の肉体に憑依し続けている。――雑にいろんな場所へ赴いたわりに、ただの一度も、触媒汚染を引き起こさなかった。それどころか、他の《出力なし》の暴走を、一時的にせよ止めてさえみせた。


 グレイヴスは立ち上がった。

 この場でこれ以上話すと、誰かに拾われかねない。


「伝言は受け取った」


「了解。じゃあね、課長さん」


 立ち去るグレイヴスの背中に向かって、シャガは軽く手を挙げる。動きは小さい。首と腕のどちらも痛むのだろう。


 グレイヴスは書類を開き直し、保全課の回線へ短く命令を流した。


「リメンとルツを呼べ」

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