60.魂の差し換え
バルドは、淡々と整理するように言った。
「触媒化には本人の同意が要る。自主的だろうと差し押さえだろうと、献体である必要がある。必要なら、死者問答を同意に使うこともあるが、こいつらは《出力なし》だ。……全員、生前の同意があるのか。それとも、」
声が、少し低くなる。
「屍体に問われたら困る、何かがあるのか」
それは質問ではなかったが、シャガは少しだけ首を傾げて、口を開いた。
「同意ねえ……。言葉を聞かずに済ませたいんじゃないの?」
「それじゃ、同意とは言えないだろ」
「そうでもないよ」
シャガは作業机の上に、細長いケースをおく。金具の擦れる音と共に蓋を開くと、中の道具が整然と並んでいるのが見えた。手袋を引き、指先を確かめる。
「抜け道はある。喋らせなくても、同意が成立した扱いにできる。……ま、トランスミューター側の理屈だけどさ。拒否するんなら術が弾かれるはず。通ったなら『同意した』ってこと」
バルドが視線だけで促す。目は冷えたままだ。冗談か、本気か。どちらにせよ、聞き捨てならない。
「何を言ってる?」
「何て言えばいいかなぁ……」
シャガは腰のケースから、指輪ほどの薄い金属輪を取り出した。内側に細い刻印がびっしり刻まれている。親指で輪をくるりと回し、刻印の向きを揃える。
「……『誰かを生き返らせたい』から、わざわざネクロマンサーが呼ばれた。ってことは、その人は、死んでから時間が経ってるんだろうね。少なくとも、一週間以上」
「一ヶ月だ」
シャガは笑った。笑いというより、当たりを引いたというような反応だ。
「やっぱり」
バルドは薄い嫌悪を混ぜて眉を寄せた。推理遊びに付き合っているつもりはない。
「はっきり言え。死んで日が浅かったら何だ?」
「一週間以内なら、変成術で充分だったってこと」
「なにが?」
「死んだ人間を蘇らせること」
バルドは絶句した。薬で感情の波は浅いはずなのに、言葉が深く刺さってくる。
シャガはぽつぽつと続ける。言い聞かせる調子ではない。手順を読み上げるような、仕事の一環で説明するような声色だった。
「〈転生〉。変成術の秘術だよ。死んだ対象の《魂》を、別の肉体に移すわけ。制約はきついけど」
変成術。
器と中身を切り分けて、別のものに置き換える専門領域。
有機物から炭素を抜き出してダイヤに。骨の無機成分をシリカに差し換えてオパールに。
それを、人間そのものにも当てはめられるというのか。
(人間の中身も同じだって言うのか。《魂》も、モノとして扱えると?)
バルドの表情が硬くなる。脳裏に、一瞬だけ〝彼女〟がよぎった。――自分の脳を持たないはずなのに、意識を保ち続けている存在。肉体を転々とし続けている異端の存在。
「……ばかばかしい。魂は証明されてない。脳が止まれば意識は終わる。残るのは痕跡だけだ」
「ネクロマンサーくんはそう言うだろうと思った。でもね、トランスミューターにとっては、あるの」
シャガは口角を上げる。目はまったく笑っていなかった。説得する気は最初からない。
「同意があれば成功する。成功するなら魂が存在するって? 結果論だ」
「あたしたちは魂を扱えるからそう呼ぶ。〈転生〉が通る条件を定義して、外したら失敗する。揃えたら通る。――再現性があるなら、単なる結果論じゃない」
「わかるのは、おまえらが成功事例を《魂》と呼んでるってことだけだ」
「それでも、理論体系になった。あんたたちのいう《魂》とは定義が違うってことでしょうねえ。魂はあらゆる《モノ》に宿る。それが変成術の教え」
「あらゆるモノに、ね。――屍体にも?」
「もちろん、屍体にも」
バルドは二の句を告げなかった。
点滴の管が、腕の動きに合わせてわずかに揺れた。
バルドは再び、二体の屍体を見る。
ダイヤモンド化されるには、同意が必要だ。しかし、この二体は、どちらも同意を問えない屍体であるはずだ。
シャガは、「魂はある」と言う。
――じゃあ、どうしてこいつらは黙ったままなんだ。
魂があると言うのならば、どうして?
それなら、その首根っこを掴んで文句を言いたい奴はいくらでもいる。
自分にAATを押し付けて死んだ両親。勝手に自分を守って屍体になった武装班もいた。妻子を残して事故死したあの屍体は今なお《出力なし》のままだ。そして、エレゲイア。
なぜ。
どうして、何も話してくれない?
バルドは、その問いを口にはしなかった。




