表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第三章 死者蘇生(リザレクション)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/72

58.照会を通す ②

 第一保管庫の朝は静かだ。

 音が反響しないように設計されている。足音も、声も、柔らかい絨毯に吸われる。静かな環境では、異変はすぐにわかる。ここで問題が起きれば、必ず発覚する。


 グレイヴスが扉の前に立つと、守衛が敬礼をした。


「写しの持ち出しは禁止です。抜粋は監査用紙に限ります」


 読み上げる声に感情はない。

 グレイヴスは横に立つタリエンを見た。


「立会いを頼む」


 タリエンはうなずくだけだった。


 そこへ、署名簿が差し出される。守衛が該当ページを開き、朱肉の蓋を外した。


「閲覧者名の記載をお願いいたします」


 グレイヴスが先に署名した。

 次にリメンが署名する。文字がやや硬い。緊張しているのがわかる。

 ジェーンにはペンが渡されない。随行資産は閲覧権限を持たない。制度は、人を排除するときほど静かである。


 守衛が一歩、ジェーンの前へ出た。視線が胸元の黒タグに落ちる。確認は一瞬で終わった。


「随行資産はこちらに置いてください」


 ジェーンは黙って壁際へ退き、背筋を伸ばして立った。腰掛けが二つあったが、彼女はどちらにも座らなかった。


 最後にタリエンが署名する。

 その一行が加わった瞬間、『監査局が関与した』という証明が刻まれる。


 守衛が受領印を押す。

 朱印は許可だが、同時に拘束でもある。ここから先は、誰も自由には動けない。


「では」


 守衛が外扉を開け、内側の鉄格子を外す。さらにもう一枚、内扉を開ける。

 保管庫の内部は、整然としていた。どこまでも記録のために作られた秩序だった。


 守衛が一つの箱を引き出し、作業台に置く。

 大ぶりな封筒が取り出された。口には死後資産管理局の封蝋が押されている。

 薄い封筒だが、中身が軽いとは限らない。


 守衛がその封緘(ふうかん)を丁寧に切ると、内側にもう一枚、封筒が現れた。糊付けはされておらず、口に角印だけが()されている。

 政府連絡室の印だった。


 グレイヴスは急かさない。


 先に動いたのは、タリエンだった。指先で制止する。


「待て。そのまま広げるな。まず表紙と目次だけだ」


 守衛は封筒から書類を引き出しかけたまま止まる。

 グレイヴスは紙面を覗き込み、整理するように言った。


「やはり、管理局の番号ではないな。うちの台帳を経由していない」


 タリエンが補足する。


「政府連絡室の案件の形式だ。この番号があるだけで、管理局の施行管理を外れていることはわかる。それ自体は、問題ではないがな」


 問題ないと言い張るための番号だ。

 グレイヴスはその言葉を言わない。言葉を呑み込むのは慣れていた。守衛や監査局の前で、余計な名を口にする理由はない。

 考えを切り替えるため、口角をわずかに引き締める。


 書類の一枚目、注意欄に短い文言がある。

 グレイヴスが無感情に読み上げた。


「『本件は管理局《施行台帳》への登録を要しない』」


 《施行台帳》――局内でも最重量の施行を束ねる台帳だ。当然、〈死者蘇生(リザレクション)〉も含まれるが、それだけではない。ここに載るのは、随行資産化――〈屍体操作(アニメイト・デッド)〉や〈死者問答(ダイアログ)〉のような、記録から落ちれば、事故が起きたとき影響範囲が跳ね上がる類の施行である。


 監査局の人間がその場で、この注意文が「どの施行」を免除する扱いなのかまで推測するのは困難だろう。


 リメンが何気ないようすで返す。


「登録がなければ、管理局内からは参照できません。これでは、手順の不備も拾いにくいですね」


 グレイヴスは頷いた。


「照会の突合(とつごう)すらできん。『記録がなければ、問題もない』という運用になりかねない」


 見えなければ存在しない。そんなものは不正の温床だ。それはタリエンも知っているはずだった。タリエンはそれを持ち上げて、ゆっくりと言う。


「――添付書類は二枚あるが、別保管だ。別保管については、是正の照会では開示できない」


 グレイヴスは、ゆっくりと言葉を吐き出した。


「台帳に載せない。添付もない。――この二つをやられると、こちらとしては()()な。これでは不備の確認もできん。再発防止策も講じられない」


 あえて感情語を混ぜる。タリエンは視線を上げた。


「そうだな。だが、《是正》の範囲で踏み込めるのはここまでだ。調査範囲を拡大する場合は、照会理由の格上げが必要になる」


「まだその必要はない」


 グレイヴスは即答した。攻撃のにおいを出す必要はまだない。


「まずは、台帳側の整合と保管責任だけを詰める。規定の範囲でな。それでいい」


 言葉を残して、グレイヴスは扉の外へ出る。

 ジェーンは立ったまま、微動だにせず待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ