57.照会を通す ①
グレイヴスは、是正対象一覧に理由書を四通添えた。
形式は整っている。手続きとしては正しい。だが本心では、この照会がどれほど波風を立てるかわかっていた。
理由書の文面は、極力薄くした。
具体的すぎれば突っ込まれる。主張が強すぎれば牽制と取られる。
淡白であればあるほど、相手は手続きを止めにくくなる。
だが、通るということは、照会をしたという事実が回る。それは、こちらの動きを筒抜けにすることを意味する。
「行くぞ」
グレイヴスが声をかけると、リメンが無言で頷いた。ジェーンも黙ってあとに続く。
保全記録庫の受付にいた当直は一人だった。夜間の交代勤務らしく、相変わらず眠そうな顔をしている。それはむしろ好都合だった。彼の仕事は記録を動かすことだけだ。変に正義感を抱えた人間に見当違いの疑念を向けられるよりはずっとましだ。
「保全課より、照会状を提出する」
用件を淡々と伝える。
この場で押すようなことをすれば、相手は防御に入る。そうなれば一気に手続きが滞る。
「はい。署名をお願いします」
当直は記録簿を差し出してきた。
ここに名前を書いた瞬間、この動きは監査局の知るところになる。
グレイヴスは署名を済ませ、理由書を添えた。書面が受付台の上を滑る。当直がカーボン紙のズレを丁寧に直し、朱肉で受領印を押す。
形式は、すべて整った。
「第一保管庫の封緘分が混じっていますね」
そう言って、受付は一通――コンスタンティノス・アルギロスの案件を指差す。
「本件については、こちらの窓口では開披できません。また、閲覧には決裁と立会いが必要で、最短でも明朝になります」
要は「ここでは何も見せられない」という意味だ。
そして、明朝——つまり、最低でも一晩あく。
その間に、相手が動ける。こちらの動きにいち早く気づいた者が、逆に何かを仕掛けてくる可能性がある。
グレイヴスは、そういった全体のリスクを頭の中で即座に計算したうえで、短く返した。
「それでいい」
ここで同意しておくのは大切だ。要求を押し通しに来た人間ではなく、規定を守る人間に見せなければならない。それが、この先の交渉を進める前提になる。
当直が台帳に必要な記録を書き加える。監査局、政府連絡室——照会文書の控えが、正式なルートに乗った。
*
第一保管庫は別棟にある。
連絡通路を渡ると、空間の密度が増す感覚がある。警備の体制が明らかに濃くなる。扉が増え、増えた扉の数だけ鍵がつき、守衛の視線がついて回る。
正面には守衛が一人。制服の男は直立し、目だけを動かした。
グレイヴスが照会状を提示すると、守衛は一瞥し、内容を確認する。
「開披には、監査局の立会いが必要です」
想定通り。保全課だけで中身を見ることは、ここでは許されない。
グレイヴスは頷く。
「もちろんだ。その前提で動いている」
「もうすぐいらっしゃると連絡がありました」
「助かる」
グレイヴスは、あえて柔らかく返す。さっさと制度上の合意を形成してしまう。
守衛は反応を返さなかった。仕事人間とはそういうものだ。仕事がやりやすくていい。「助かる」というのは、感情で仕事を投げ出さない優秀な人間に対する本心でもある。
「かしこまりました。では、先にこちらをどうぞ」
クリップで束ねられた索引票が差し出された。是正照会の件数分だ。
グレイブスは本命のほうを何気なくめくる。票には、複数の角印が重なっていた。短期間に繰り返し処理されたことを示している。
そこに記された番号に、目を落とす。
形式が違う。
死後資産管理局で使われる標準の管理番号とは異なる並び方をしていた。数字は、日付とも所属コードとも断定しにくい。
リメンが小さく呟いた。
「これが、政府連絡室の独自番号ですね」
「そうだ」
その時、足音が聞こえた。はっきりとした、迷いのない足取り。
タリエンが現れる。外套の襟を立て、目元を帽子の影に沈めていた。
彼が所属する監査局が持つのは、「拒否権」に近い力だ。
無理強いはしない。だが、通さないと決めれば絶対に通さない。彼らが持っているのは分類であり、正しさを問う手続きの盾だ。
「是正照会が上がった。第一保管庫が絡んでいるな」
タリエンの声は低く、平坦だった。感情の揺れがない。彼の声色は、常に判断を保留している。
グレイヴスは取り繕わなかった。端的に述べる。
「台帳不整合の是正だ。それと、保管責任を明確にしておきたい。事故防止措置の一環だ」
照会理由書に書いた文言をそのまま口にする。虚偽はない。そう書いて通る最低限の表現にすぎない。
タリエンは否定しなかった。つまり、こちらの動きを手続きとしては認める姿勢を取った。
「了解した。是正として受理する。念のために伝えておくが、入室だけでなく、閲覧も立会いが必要だ」
「もちろん、正式な形で開ける」
その言葉は本音だった。
必要なのは、何が出てくるかではなく、それを正しい手続きで確認することだ。
そうしなければ、証拠にならない。
タリエンは索引票に目を落とし、番号欄で一瞬だけ止まった。
彼もまた、それが何を意味する番号かを理解した。
「……管理局の付番ではないな」
次の言葉が、重く落ちる。
「何があったかは知らないが、ここまで踏み込めば、向こうも動くぞ」
グレイヴスは肩をすくめた。
「だが、そうしなければ、閲覧できないだろう」
「そこまでする価値があるのか?」
その問いは、追及というよりも確認だった。
「知らん。価値があるかは、中身を見てから決める。台帳に不備がある。その是正は、こちらの責任でもあるからな」
言い切る。グレイヴスの中にはっきりとした覚悟が立っていた。
タリエンは静かに頷いた。




