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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第三章 死者蘇生(リザレクション)

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55.記録を洗え

 照明は落ちていた。完全な闇ではない。光が消えたぶん、置かれているものの輪郭だけが浮き上がる。遠くで、医療器具が金属を擦る音がする。


 ジェーンは台車に横たえられていた。壁際。通行の邪魔にならない隅。床には太い搬入ラインがテープで引かれ、等間隔の番号が振られている。人のための場所ではなかった。荷物の定位置だ。


 シャッという音と共に、カーテンが開く。


 制服姿の職員がふたり、通路へ現れた。どちらも、ジェーンに視線を一度だけ落とす。胸元の黒タグを確認して、それきり目を逸らす。


 次に、足音が響く。

 急いだようすではない。どこで立ち止まるべきかを知っている、訓練された歩き方だった。


 来たのはリメンだった。


 彼は表情を整えていた。管制官としての仮面を被っていた。無言のまま台車の横に立ち、差し出された書類を受け取る。


 引き渡しは、荷物の受領そのものだった。


 職員が紙の控えを渡し、リメンが署名する。ペンの先が紙を擦る音がして、控えを返した。

 それで終わりだ。リメンが名前を書くだけで、ジェーンの所在は死後資産管理局へ移った。


 ジェーンはただ置かれている。


 リメンは書類を手早くまとめると、台車の持ち手に手をかけた。ジェーンの顔は見ない。代わりに、タグから目を離さなかった。


 台車が動き出す。キャスターが軋み、床のラインが後ろに流れていく。


 *


 保全課の課長室は、決断のために設計された空間だ。無駄な装飾はなく、扉一枚を隔てただけで外の喧騒が遠ざかる。


 グレイヴスは机の前に立っていた。腕を組み、無言で待っている。

 扉が閉まった。


 グレイヴスは一度だけ、ジェーンに目を向けた。彼の管轄下に帰属する〝物〟を確認する目つきだった。

 その声もまた、歓迎というよりは受領の響きだった。


「返されたか」


 ジェーンの喉に、言葉がせり上がってくる。バルドがいまどこにいて、何をされ、どんな表情をしていたか伝えたい。できれば、(まく)し立てたかった。


 だが、声は出なかった。


 衝動を抑える癖が、まだ抜けない。物のふりを続ける。それがバルドと別れる直前に託された〝頼み〟だったから。


 リメンが報告を始める。事実だけを簡潔に述べる。グレイヴスも感情を挟まず、黙って聞いていた。

 報告を聞き終えたグレイヴスは、ジェーンを見た。


「ジェーン・ドゥ。向こうは何をしてきた?」


 ジェーンは意を決して口を開く。


「……バルドに、〈死者蘇生リザレクション〉をやれって言ったの。蘇生対象は、コンスタンティノス・アルギロス。キャンセル・プロジェクトの出資評議員なんだって」


「道理でな。――あいつはすぐ承諾したのか」


「ううん。すごく渋ってたよ。でも、断るなら借金を一括で払えって脅された」


「だろうな。それから?」


「身体検査されて、点滴を打たれたの。精神安定剤って言ってたかな。あと、随行資産のリンクを切れって」


「意識は?」


「あったよ。歩けてた。でも反応が鈍くて……ぼんやりしてたわ。命の代償が大きいって言われて、遺言を書かされて。それで、バルドはすぐに書いた。

 ……遺言だよ? 迷いなく書けるなんて、普通じゃない」


「あいつは遺言に()()()()()からな」


 ジェーンは眉をひそめた。


「慣れている、って」


「お前も見ていると思うがね。遺言を残す前にくたばった屍体を喋らせて、遺言書の代筆をしていただろう。死んだ後の要望くらい、とっくに固めていたはずだ」


 そこでグレイヴスは、遠くに視線をやった。何かを思い出すように虚無の一点を見つめる。


「……だから、あいつは無駄に外へ出ない。運転もしない。怪我と縁が近い遊びや人付き合いも避けている」


「それでも、遺書を他人に急かされるなんて、絶対に嫌でしょ。いつものバルドなら、小言くらい言うのに」


「違いない」


 グレイヴスが短く答えた。皮肉とも納得ともつかない口調だった。


「遺言の内容は?」


「死後資産の最終移送先は、タフィオ市区連合教会。受領者はアシェルさん」


 グレイヴスの目が細まる。表情は変わらない。


「他にはあるか」


「バルドの先生が死んだんだって」


 グレイヴスの眉が、わずかに動いた。その名が持つ意味が、状況を変える。


「死んだ? 死霊術士(ネクロマンサー)エレゲイアが?」


「うん。仮死期間中に。バルドも知らなかったって言ってた」


 グレイヴスはゆっくりとうなずいた。


「了解した。――ジェーン・ドゥ。よく戻った。バルドが戻るまでは私の管理下に置く」


「……うん」


「保全課の中では自由に動いていい。だが、外へは出るな」


 それは自由ではない。役割だ。

 だが、動ける。声を上げられる。次の一手を打てる。


 話が一区切りしたのを見計らって、リメンが補足する。


「対象はコンスタンティノス・アルギロス。死亡から一ヶ月経過。財団術者の動員は不可。バルドの任命理由は、登録上の専門領域が〈死者蘇生(リザレクション)〉であるため」


 グレイヴスは端的に、最大の論点を抜き出した。


「財団術者を動かせない。それなのに、蘇生を望まれている。――奇妙なことだ。そんなに死んでほしくないなら、とっくに〝枠内〟に入れているはずだろう」


 空気が変わる。


「リメン。コンスタンティノス・アルギロスの受理番号と担当を突き合わせろ」


「了解」


 リメンが素早く返答し、踵を返した。

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