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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第三章 死者蘇生(リザレクション)

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51.業務連絡

 死後資産管理局の応接室は、丁寧に作られている。ソファの革はよく手入れされていて、背の低いテーブル机の角は丸められ、卓上には菓子皿と茶器のトレイが揃っている。


 グレイヴスは席に着き、対面の人物を見た。性別を感じさせない整った身なりの担当官だ。背筋の伸びた姿勢。表情には笑顔どころか感情の気配さえなく、顔というよりは仮面のようだった。


 隣で、リメンが議事録用のメモ用紙を広げた。今日は書記として同席している。ペンを取り、速記文字で表題を記録しはじめる。視線は上げず、ただ指先だけが静かに動く。


 担当官は、名刺を一枚、机の中央に置いた。

 光沢のない白に、黒い文字が捺されている。役職が長い。統括事務局、財団出向——目が滑る。


 グレイヴスは名刺に触れずに言った。


「要件は何だ」


 担当官は手元の文面をそのまま読み上げる。


「所要の対応に関し、専門魔術士(スペシャリスト)として、死後資産管理局所属の死霊術士(ネクロマンサー)バルドに委嘱しました。本人からは内諾(ないだく)を得ております」


 リメンの指が一拍だけ止まった。言葉を選ぶための間。すぐに動き出す。

 グレイヴスは瞬きをしなかった。


「それは知っている。だから問うている」


 担当官は、すぐ答えない。答えを探しているのではなく、順番を選んでいる。


「契約に基づきます。本件対応に際し、貴局は術者提供および所要の補助義務を負います。——条項は、こちらに」


「そういうことを言っているのではない」


 グレイヴスは声を崩さない。


「バルドだけが〈死者蘇生(リザレクション)〉を使えるわけでもあるまい。お前のところにも死霊術士(ネクロマンサー)はいるだろう」


「財団専属の術者はおります」


 即答だった。


「ただし、足りておりません。運用は常に飽和しています」


 担当官は、そこで言葉を一段落とした。配慮の体裁をとるための間合い。グレイヴスは背もたれに悠然ともたれる。


「だから、管理局に押し付けるのか」


 担当官は否定しない。否定が必要な種類の言葉ではないからだ。


「財団側術者は、指定された対象案件以外では運用できません。今回の対象は、その枠外です」


 契約は、最初から抜け道をふさぐ形で書かれている。


「なら、対象をお前らの枠に入れればいい」


 グレイヴスは、さらに一度だけ押した。二回目だ。ここからが本題だと、担当官もわかっている。

 担当官は、理解を示すように頷いた。ただ、表情は動かない。


「ご指摘はもっともですが、それはできかねます。枠を動かす権限は財団にはございません。そして——死霊術士(ネクロマンサー)バルドの専門領域は〈死者蘇生(リザレクション)〉で登録されています。他の術者よりも成功確率が高い。ですので、指名しました」


 グレイヴスは言い返さない。言い返しても、出てくるのは手続きだけだ。


 担当官は、淡々と続ける。


「先ほども申し上げた通り、本人への通知は既に完了しております」


「今はどこにいる」


「お教えできません。本日は、所定の手続きに則り、ご報告に参りました」


 グレイヴスの眉が、わずかに動く。


「私が、バルドの身元引受人だからか?」


「ええ。ただ、誤解があるといけませんので、先に整理します」


 担当官は、配慮の形をした刃を抜いた。声の温度は変えない。


「身元引受人の承認を頂きに来たわけではありません。

 書面上、バルド氏は生物学的年齢に加えて、加齢促進治療(AAT)に基づく《稼働年齢》の登録も行われています。

 ――《稼働年齢》は、ちょうど十六年でした」


「十六のガキには荷が重すぎる任務だと思うがね」


「事実を話しましょう、グレイヴス監理官。死霊術士(ネクロマンサー)バルドは、AATによって肉体年齢と実稼働年齢に差異があります。

 ただ、()()()()()()()成人と呼べる域に達していますね」


 言い切ったあと、担当官は小さく頷いた。相手の尊厳を傷つけない所作のつもりなのだろう。その丁寧さが、余計に腹立たしい。


「……つまり、身元引受人の許可は必要ありません。あなたは登録上の《連絡先》です」


 リメンの視線が一度だけグレイヴスに寄る。すぐ手元へ戻った。書記は顔を出さない。

 グレイヴスは、問いの形を変えた。


「術者が倒れたらどうするつもりだ?」


「仮定する必要はありません。()()です」


 グレイヴスの眉が寄る。


「どういう意味だ」


「術者は()()、一定期間は意識不明になります」


 担当官が淡々と述べる。


「……必ず、倒れると?」


「はい。〈死者蘇生(リザレクション)〉の代償です。数日間の()()()()に入ります。万全を期して挑みますが、そのまま亡くなる例もあります。一定確率、としかお教えできませんが」


 机の上の文書は、備品の故障率のように、丁寧に整形された文章で「死」を書いている。


 グレイヴスは言った。あくまで実務として。


「把握している限りでいい。〈死者蘇生(リザレクション)〉で何人死んだ」


「目下、一名で済んでおります」


 リメンの指が止まった。今度は確かに止まった。

 グレイヴスも一瞬だけ、目を細める。だが、怒りの形は見せない。


死霊術士(ネクロマンサー)は貴重な人材だ。死んだら運用が止まる。局の現場は回らん。穴を埋めるのに時間がかかる」


「問題ありません」


「……何だと」


「代替術者の候補は既に整備しております。局内の交代枠、局外の派遣枠、いずれも。必要な場合、施行を継続できる体制があります」


 まるで在庫表を読み上げるように続ける。言葉はさらに丁寧に、具体的になった。

 担当官は、そこではじめて、薄い笑みを浮かべた。肯定も否定もしない笑みだった。


「——もし、この決定を、あなたの判断で止めたいとおっしゃるのであれば、方法は一つしかありません。

 彼の債務を買ってください。三ヶ月以内に。以後は、第三者による買い取りは受理できなくなります。それ以外の手段は、制度上、存在しません」


 グレイヴスは返事をしなかった。

 代わりに、文書の受領欄へ視線を落とし、短く言う。


「話は聞いた。以上だ」


 リメンが頷き、無言で記録を確定させる。

 担当官は立ち上がり、軽く会釈をした。


「本日はありがとうございました。失礼致します」


 名刺が机に残されたまま、扉が閉まる。

 応接室の中に、沈黙が落ちた。

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