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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第三章 死者蘇生(リザレクション)

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49.紙の首輪 ①

 連絡室は、局の会議室より静かだった。


 バルドは案内の矢印に従い、廊下を折れた。

 背後に、ジェーンの気配がついてくる。

 随行資産のふり。頼んだのは自分だったが、少し心許なさを感じる。


 だが、それでいい。ここから先、誰かに頼ることはできない。


 扉の前で警備が止めた。視線が、バルドの腕章と顔、次にジェーンへ移る。


「同席者は認めていないはずですが」


 バルドが答える前に、警備の視線がジェーンの胸元へ向かう。黒い資産タグ。それを見て、警備は言葉を畳むように頷いた。


「ああ。《随行資産》でしたか。失礼。では、どうぞ」


 扉が開く。


 中は簡素だった。机と椅子。壁には窓があるらしいが、分厚いカーテンで閉じられている。

 机の上には紙とペンが整列している。机の向こう側に、政府財団・渉外窓口担当者――渉外係が一人、座っていた。


「お待ちしておりました」


 声は丁寧だった。丁寧過ぎるくらいだ。

 渉外係の視線が、ジェーンに一度だけ向かう。


「その方は?」


「随行資産」


 バルドは言い切る。渉外係は、「そうですか」とさえ言わない。ただ、書類に視線を戻した。まるで興味がないようだった。


「では、本題に入ります」


 渉外係は書類を一枚、指先で押し出した。


「貴殿に、死霊術専門魔術士(ネクロマンサー)としての出動を要請します」


 要請という言葉が笑顔と一緒に出る。それは「命令」の言い換えだ。

 渉外係は続ける。


「対象は、コンスタンティノス・アルギロス」


「屍体か?」


「ええ。残念ながら、一ヶ月前に。()()()()()()()()()()の出資評議員でしてね」


 バルドが失笑する。


「どうせ《キャンセル・プロジェクト》だろ」


「正式名称は、書面のほうでご確認いただけます」


 回答は、ほとんど肯定だった。そのことに動揺して、バルドは咄嗟に立ち上がってしまう。


 子供じみた反射だ。そもそも、水を向けたのは自分だ。そう言い聞かせるが、身体は頑なに立ったまま、渉外係を睨みつけた。

 感情を表に出したら負けると、頭ではわかっていた。


「断る」


 わかってはいたのに、口から勝手に返事が出てきた。

 早すぎる。自分でも笑いそうになる。今度は笑い飛ばせなかった。


 渉外係は表情を変えない。笑顔のまま、紙を一枚めくった。


「話を聞いてからでも遅くはありませんよ」


 こちらの拒絶を手順の一部に落としている口ぶりだった。


「……私情だけで断っているわけじゃない」


 それはほとんど嘘だったが、バルドは唇を開いて次の拒否を提示した。


「命令系統が違う。そういうのは死後資産管理局から来るべきだろ」


「その点は整理済みです」


 渉外係は穏やかに言い、別の紙を示した。

 そこにあるのは、管理局の印ではない。財団の印と政府の連絡室の印が両方押してある。

 つまり、名義の二重化。片方が止まっても、もう片方の名義で続行できる。


「貴局を経由すると、照会番号が立ちますから。記録に残りますし、関係部署に通知が行く」


「……隠したいのか」


「報告はしますとも。ただ、必要以上に手数を増やしたくないだけです。共同運営ですから」


「責任は分散して、権限は集中させるわけか」


「おや、人聞きの悪い」


 丁寧な言い方で、否定も釈明もしない。ただ、手続きを前へ進めるだけだ。

 バルドは奥歯を噛みしめた。


「馬鹿な話だ。聞くまでもない」


「合同プロジェクトにて確立した秘術を、対象に《施行》します」


「施行ね。……やっぱり〈死者蘇生リザレクション〉か」


 バルドが吐き捨てる。


「ええ。()()()()()()()()()()()()?」


「違う……」


「違いませんよ。あなたが師と仰いだ死霊術士(ネクロマンサー)は、キャンセル・プロジェクトの中枢にいた。〈死者蘇生(リザレクション)〉研究の第一人者でしたね」


「関係ない!」


 バルドは叫んだ。

 感情的になれば相手の思うつぼだとわかっていたが、止められなかった。怒りが向いているのは相手ではなく、言葉そのものだった。


 専門領域という言葉が、禁忌を職能に、冒涜を技術に変えてしまう。それが耐えがたい。


「確かに、関係はないでしょう。しかし、そんなことは重要ではありません。貴殿は〈死者蘇生(リザレクション)〉ができる。そうですね」


 言い返そうとして、言葉が出なかった。


 ――できるか、できないか。


 渉外係の言葉は、すべてを実務にすげ替える。

 反論を、ただの感情論に差し代える。


「貴殿は施行できる。そうですね」


 問いの形をした命令に、身体が先に答えを出しかける。否定する言葉を探している間に、相手のペースがこちらの胸郭へ滑り込む。


「〈死者蘇生(リザレクション)〉がどんな技術か知ってるのか?」


「存じております」


「うそだ」


 バルドは依然として立ったまま、両手をテーブルの上に叩きつける。


「知ってて使おうなんてありえない――あんな技術!」


「ほう。なぜです?」


 短い問い。

 バルドはそこでようやく、ゆっくり椅子に座り直して、肘掛けを握り込んだ。上品な木目の滑らかさが、今はひどく腹立たしい。


「……不完全な技術だからだ。本人性が保証できない。蘇ったのが本当に本人かどうか、未だ検証する手段がない。〈蘇生〉というには致命的だろ」


 事実だった。言えば止まる、と思いたかった。

 渉外係は頷いた。理解ではなく受理するようだった。


「ええ。その点については、もちろん承知しております」


「承知している?」


 渉外係は薄く笑うだけで、その質問への回答とする。そして、口を開いた。


「成功の定義は既に定めています」


「話を聞いてなかったのか? 〈死者蘇生(リザレクション)〉はそもそも、成功しているかどうか判断する手段がないと……」


「記憶があり、対外的な本人確認が成立すれば成功とします」


 バルドは一瞬、硬直した。目の前の人間が何を言っているのかわからなかった。

 いや、わかりたくなかった。


「……本人じゃなくてもいいっていうのか? 見た目がそれっぽくて、記憶と、署名(サイン)の筆跡が同じなら、それで……」


「とんでもない。本人に蘇ってほしいと、切に願っております」


 いけしゃあしゃあと放たれる言葉に、バルドは今度こそ言葉を失った。


 こいつらは、技術の限界から避けられてきた〈禁忌〉を、制度で塗り潰そうとしている。

 本人かどうかは判定できない。だから、「本人確認」のルールを先に作る。

 蘇った〝それ〟を本人として運用するための手続きだけを整える。


 そんなのは、死者の蘇生じゃない。――偽造だ。


 目の前の書類に、署名欄があった。

 名前を書くための空白。清潔さすらある白。


 ペンは、すでに置かれていた。

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