48.避けられない命令
夜勤のルーティンは淡々と続く。
壁際にジェーンが立っている。彼女に割り当てられる仕事はなく、バルドの後ろで見張りのふりをしている。単独で動くなと言われている以上、彼女は同伴物としてそこにいる。
「休憩する」
バルドが言うと、ジェーンは小さく頷いた。
仮眠を取るには時間が足りない。だが、取らないよりはマシだ。
休憩室に入った、そのときだった。
通信機からリメンの声がした。
『死霊術士バルド』
「何だ」
『業務連絡です。あなたに出頭命令が出ましたので』
「出頭?」
出頭。いわゆる、外部からの呼び出し。それも、命令の形式で出される呼び出しだ。
「いつ、どこへ?」
『明日の午前中。政府庁舎別館の連絡室へ』
バルドの口が反射で動く。驚きや不快感よりも先に、職能が出る。
「死霊術専門魔術士に対する要請か?」
『はい。ただ、こちらも詳しくは知らされていません。後ほど書面を回しますから、まずは出頭してください』
リメンの声から、一瞬だけ、いつものやわらかさが剥げる。詳しくは知らされていない、というのは本当らしかった。それにリメンが少々不満を抱いていることも、なんとなく察せられた。
「……一体誰の名義でそんなことを」
『グレイヴス課長から伝言があります』
バルドの眉が、ほんの少しだけ動く。
『「私はついて行けない。だが、単独で動くな。随行資産を持っていけ」と』
「は。あいつはいつからぼくの父親になった?」
言ってから、バルドは唇を引き結んだ。
くだらない。言い返しても何も変わらない。
(寝不足だと口が滑る)
言い訳だ。自分の失点を、都合よく処理しようとしている。
通信機の向こうで、リメンが息をつく気配がした。苦笑に近い。いつもなら、それで受け流して終わる。だが、今夜は違った。
『バルド、今日は寝てください。寝不足のときと魔術反動が抜けているときの君は、いつも憎まれ口を叩きますからね』
「余計なお世話だ」
また言い返してしまう。しまった、と思うが、取り返しはつかない。リメンがまた苦笑する気配が、通信機越しにもわかった。
『余計ではないでしょう。私は保全課の管制官ですからね。眠らなくてもいいですから、横になってください』
事務的だがやわらかい言葉が、静かに刺さる。
「……了解」
バルドは短く切って、通信を落とす。休憩室の長椅子にもたれ、そのまま目を閉じた。
いつまでも眠りは来なかった。
*
結局、仮眠は取れなかった。
机に戻ると、そこに置いてあったものが、今夜の続きを告げていた。名刺。封筒。端正な文字列が二つ並ぶ。
その脇に、紙が一枚増えていた。
紙の上部に、太字で印字された見出し。
外部出張手続票
下には、事務的な項目が並ぶ。出頭先と、時間と、担当部署。
『明日の午前中。政府庁舎別館の連絡室へ』
リメンから告げられた言葉が、今夜の残り時間をすべて持っていってしまった。
バルドは視線を横に滑らせた。ジェーンが壁際にいる。
少し心配そうな表情ではあるが、物みたいに微動だにせず、ただそこにいる。
今夜だけは、そのことに妙に救いを感じる。
人間を連れて行けば、きっと理由を問われる。話がこじれる。会話が増えて、余計な感情が引きずり出される。
だが、《資産》なら、ただ物を持っていくだけだ。精巧な人型をしていても、「規程」だからと押し通せる。
「……ジェーン。明日、出張がある。ついてこい」
「もちろん」
何も言わずに頷く。そのことが頼もしい一方で、妙に居心地悪くもあった。
胸のざらつきを押し込めて、バルドは建前を先に置く。仕事のための声を使う。
「規程だ。ぼくは……死霊術士は外出時に単独行動をするなと言われてる」
「うん」
「明日は、ただの随行資産のふりをしろ」
「ただの随行資産?」
「そうだ。その……」
言葉に詰まって、バルドは珍しく言葉を選んだ。
「意志のない、ただの屍体のふりを。ぼくが〈屍体操作〉して動かしている人形のふりをしろ」
ジェーンは目を見開いた。
すぐには頷かない。言葉を飲み込んでから、短く聞き返す。
「なんで?」
「向こうは、随行資産に興味がないからだ」
声色まで業務連絡みたいな言い方だった。
「興味がなければ面倒は増えない。手続きも増えない」
「それだけ?」
「……それだけだ」
言い切った自分の声が硬いのがわかる。硬さを誤魔化すように、バルドは視線を机上へ逃がした。
ジェーンは納得しきれない顔のままだったが、小さく頷いた。
「……わかった」
バルドは、ただ返事を聞いただけで終わらせる。礼も言わない。
「とにかく、明日は喋るな。何を聞いても勝手に動くなよ」
命令の形にして、やっと声が落ち着く。
ジェーンは軽口も、皮肉も言わなかった。ただ、目だけで一度、バルドを見た。「でも、それ、本当にそれだけ?」と訊くみたいな目だった。
その視線が、やけに痛かった。




