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アンダーグラウンドへようこそ  作者: 遠野 文弓
第三章 死者蘇生(リザレクション)

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48.避けられない命令

 夜勤のルーティンは淡々と続く。

 壁際にジェーンが立っている。彼女に割り当てられる仕事はなく、バルドの後ろで見張りのふりをしている。単独で動くなと言われている以上、彼女は同伴物としてそこにいる。


「休憩する」


 バルドが言うと、ジェーンは小さく頷いた。

 仮眠を取るには時間が足りない。だが、取らないよりはマシだ。

 休憩室に入った、そのときだった。


 通信機からリメンの声がした。


死霊術士(ネクロマンサー)バルド』


「何だ」


『業務連絡です。あなたに出頭命令が出ましたので』


「出頭?」


 出頭。いわゆる、外部からの呼び出し。それも、命令の形式で出される呼び出しだ。


「いつ、どこへ?」


『明日の午前中。政府庁舎別館の連絡室へ』


 バルドの口が反射で動く。驚きや不快感よりも先に、職能が出る。


「死霊術専門魔術士に対する要請か?」


『はい。ただ、こちらも詳しくは知らされていません。後ほど書面を回しますから、まずは出頭してください』


 リメンの声から、一瞬だけ、いつものやわらかさが剥げる。詳しくは知らされていない、というのは本当らしかった。それにリメンが少々不満を抱いていることも、なんとなく察せられた。


「……一体誰の名義でそんなことを」


『グレイヴス課長から()()があります』


 バルドの眉が、ほんの少しだけ動く。


『「私はついて行けない。だが、単独で動くな。随行資産を持っていけ」と』


「は。あいつはいつからぼくの父親になった?」


 言ってから、バルドは唇を引き結んだ。

 くだらない。言い返しても何も変わらない。


(寝不足だと口が滑る)


 言い訳だ。自分の失点を、都合よく処理しようとしている。

 通信機の向こうで、リメンが息をつく気配がした。苦笑に近い。いつもなら、それで受け流して終わる。だが、今夜は違った。


『バルド、今日は寝てください。寝不足のときと魔術反動(リコイル)が抜けているときの君は、いつも憎まれ口を叩きますからね』


「余計なお世話だ」


 また言い返してしまう。しまった、と思うが、取り返しはつかない。リメンがまた苦笑する気配が、通信機越しにもわかった。


『余計ではないでしょう。私は保全課の管制官ですからね。眠らなくてもいいですから、横になってください』


 事務的だがやわらかい言葉が、静かに刺さる。


「……了解」


 バルドは短く切って、通信を落とす。休憩室の長椅子にもたれ、そのまま目を閉じた。

 いつまでも眠りは来なかった。


 *


 結局、仮眠は取れなかった。

 机に戻ると、そこに置いてあったものが、今夜の続きを告げていた。名刺。封筒。端正な文字列が二つ並ぶ。

 その脇に、紙が一枚増えていた。

 紙の上部に、太字で印字された見出し。


 外部出張手続票


 下には、事務的な項目が並ぶ。出頭先と、時間と、担当部署。


『明日の午前中。政府庁舎別館の連絡室へ』


 リメンから告げられた言葉が、今夜の残り時間をすべて持っていってしまった。


 バルドは視線を横に滑らせた。ジェーンが壁際にいる。

 少し心配そうな表情ではあるが、物みたいに微動だにせず、ただそこにいる。


 今夜だけは、そのことに妙に救いを感じる。

 人間を連れて行けば、きっと理由を問われる。話がこじれる。会話が増えて、余計な感情が引きずり出される。

 だが、《資産》なら、ただ物を持っていくだけだ。精巧な人型をしていても、「規程」だからと押し通せる。


「……ジェーン。明日、出張がある。ついてこい」


「もちろん」


 何も言わずに頷く。そのことが頼もしい一方で、妙に居心地悪くもあった。

 胸のざらつきを押し込めて、バルドは建前を先に置く。仕事のための声を使う。


「規程だ。ぼくは……死霊術士(ネクロマンサー)は外出時に単独行動をするなと言われてる」


「うん」


「明日は、ただの随行資産のふりをしろ」


()()()随行資産?」


「そうだ。その……」


 言葉に詰まって、バルドは珍しく言葉を選んだ。


「意志のない、ただの屍体のふりを。ぼくが〈屍体操作(アニメイト・デッド)〉して動かしている人形のふりをしろ」


 ジェーンは目を見開いた。

 すぐには頷かない。言葉を飲み込んでから、短く聞き返す。


「なんで?」


「向こうは、随行資産に興味がないからだ」


 声色まで業務連絡みたいな言い方だった。


「興味がなければ面倒は増えない。手続きも増えない」


「それだけ?」


「……それだけだ」


 言い切った自分の声が硬いのがわかる。硬さを誤魔化すように、バルドは視線を机上へ逃がした。

 ジェーンは納得しきれない顔のままだったが、小さく頷いた。


「……わかった」


 バルドは、ただ返事を聞いただけで終わらせる。礼も言わない。


「とにかく、明日は喋るな。何を聞いても勝手に動くなよ」


 命令の形にして、やっと声が落ち着く。

 ジェーンは軽口も、皮肉も言わなかった。ただ、目だけで一度、バルドを見た。「でも、それ、本当にそれだけ?」と訊くみたいな目だった。


 その視線が、やけに痛かった。

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